
赤ずきんちゃんは狼と話をするのが危険だとは知らず、素直な受け答えをする。
La pauvre enfant, qui ne savait pas qu’il était dangereux de s’arrêter à écouter un Loup, lui dit :
« Je vais voir ma mère-grand, et lui porter une galette avec un petit pot de beurre, que ma mère lui envoie.
可哀想な子供は、足を止めて狼の言葉に耳を傾けるのが危険だと知らなかったので、こう答えた。
「おばあちゃんに会いに行くの。ガレットをバターの小さな壺と一緒に届けるの。母さんが持っていけって。」
ペローはここで、ガレット(galette)と小さなバターの壺(petit pot de beurre)と赤ずきんの口から言わせることで、物語に言葉あそび歌的な雰囲気を与えている。
— Demeure-t-elle bien loin ? lui dit le Loup.
— Oh oui, dit le petit chaperon rouge : c’est par-delà le moulin que vous voyez tout là-bas, à la première maison du village.
— Et bien ! dit le Loup, je veux l’aller voir aussi ; je m’y en vais par ce chemin ici, et toi par ce chemin-là ; et nous verrons qui plus tôt y sera. »
「おばあちゃん、遠くに住んでるのかい。」と狼が言う。
「そうよ。」と赤ずきんちゃん。「水車の向こうの方。見えてるでしょ。あっちの村の一番最初のお家。」
「そうかい!」と狼。「おじさんもおばあちゃんに会いたいなあ。おじさんはこっちの道から行くから、おじょうちゃんはあっちの道から行くことにしよう。どっちが早く着くか見てみよう。」
赤ずきんと狼の会話はとても自然で、日常で使われる単純な言葉で語られている。
イソップ寓話を翻案したラ・フォンテーヌのような文学性に優れた韻文ではなく、ごく日常的な言葉が使われることで、物語が親しみ易いものになっていることがよくわかる。

その上で、あえて、17世紀にもすでに古いと感じられる表現も使われている。
ce chemin ici
現代であれば、ce chemin-ciと書かれるが、17世紀でもce chemin-ciという表記が普通だった。
ce chemin iciは、mère-grandと同じように、古い時代を感じさせるためにあえて使われた表現である。
こうしたことからも、ペローは非常に工夫して、彼の物語を古い時代のフランスを感じさせるものにしようとしたことが理解できる。
ただし、現代のフランス語と多少代名詞の語順が違うところがある。
Je vais l’aller voir.
laはla mère-grandを指し、現代のフランス語では、je vais aller la voirと、voirの前に置かれる。
nous verrons qui plus tôt y sera.
現代であれば、qui y sera plus tôt.が普通。
Le Loup se mit à courir de toute sa force par le chemin qui était le plus court, et la petite fille s’en alla par le chemin le plus long, s’amusant à cueillir des noisettes, à courir après des papillons, et à faire des bouquets des petites fleurs qu’elle rencontrait.
狼は全速力で走り始めた。通ったのは一番近い道。小さな女の子は一番遠い道を通った。その間、遊びながら、はしばみの実を摘んだり、ちょうちょを追いかけたり、目に入った小さな花を花束にしたりしていた。
ペローは、おばあさんの家までの二つの道の長さを、比較級ではなく、最上級(一番長い、一番短い)で表現することで、狼の悪知恵を強調する。
次に、赤ずきんの様子を描く時に、「小さいこと」を強調する。
小さな(petit)という形容詞を、女の子(petite fille)や花(petites fleurs)につけるだけではない。
noisettesのette、papillonsのillonも、小さなものを連想させる小辞。
あかずきんちゃん(petit chaperon rouge)という名前でも、petitだけではなく、chaperonのronもchapeauを小さくしたものであり、彼女に属するものは全て小さいという印象を与える。
そのようにすることで、大きな狼との対比がよりはっきりしたものになる。
狼の大きさは、物語の最後に最大限の効果を上げるように仕組まれている。
Le Loup ne fut pas longtemps à arriver à la maison de la mère-grand. Il heurte : Toc, toc.
« Qui est là ?
— C’est votre fille, le petit chaperon rouge (dit le Loup en contrefaisant sa voix), qui vous apporte une galette et un petit pot de beurre, que ma Mère vous envoie. »
狼は時間をかけず、おばあさんの家に着いた。そして扉を叩く。トントン。
「そこにいるのは誰だい。」
「孫の赤ずきんよ。(と狼が彼女の声をまねて言った。)ガレットとバターの小さな壺を持って来たの。母さんが持っていけって。」

ここでも、言葉遊び歌的な表現が使われる。
Toc, toc. — Qui est là ?
トントン。ーー そこにいるのは誰?
ガレット(galette)とバターの小さな壺(petit pot de beurre)も再び使われる。
狼の言葉は赤ずきんちゃんの声を真似ていたとカッコに入れて付け加えられているが、語り手の存在を示すという意味で大変に興味深い。大人が子供にこの話を読んであげるときの指示と考えると、芝居のト書きと同じ役割と考えることもできる。
La bonne mère-grand, qui était dans son lit, à cause qu’elle se trouvait un peu mal, lui cria :
« Tire la chevillette, la bobinette cherra. »
Le Loup tira la chevillette, et la porte s’ouvrit.
人のいいおばあさんは、ベットの中にいた。少し具合が悪かったのだ。そこで、こう叫んだ。
「取っ手を引きなさい。桟(さん)がはずれるから。」
狼が取っ手を引くと、扉が開いた。
ここでも、歌うような、口調のいい表現が使われる。
Tire la chevillette, la bobinette cherra.
取っ手を引きなさい。桟(さん)がはずれるから。
chevilletteの語尾も、bobinetteの語尾を、前に来る名詞を小さく感じさせる効果を持っている。
意味的には、「開けゴマ」と同じ。
実際、狼が取っ手を引くと、家の扉が開く。
そして・・・。
Il se jeta sur la bonne femme, et la dévora en moins de rien, car il y avait plus de trois jours qu’il n’avait mangé. Ensuite il ferma la porte, et s’alla coucher dans le lit de la mère-grand, en attendant le petit Chaperon rouge, qui, quelque temps après, vint heurter à la porte : Toc, toc.
« Qui est là ? »
狼はおばあさんに飛びかかり、すぐにガツガツと食べてしまった。三日間、何も食べていなかったのだ。次に扉を閉め、おばあさんのベッドに横たわった。そして、赤ずきんちゃんを待つ。少しすると、赤ずきんちゃんがやってきて、扉を叩く。トントン。
「そこにいるのは誰だい。」
Toc, toc. — Qui est là ?
狼とおばあさんのやり取りが、赤ずきんと狼のやり取りでもそのまま反復され、サスペンス感が高まる。
言葉の選択で興味深いのは、狼がおばあさんをガツガツ食べた(dévora)という動詞。
dévorerは、歯でかみ砕いて食べるという意味で、おばあさんはバラバラになってしまう。
グリム兄弟の童話では、この時、「呑み込む」という動詞が使われていて、おばあさんの体は狼のお腹の中でそのままの形で保たれている。従って、狩人による救出が可能になる。
ペローでは、かみ砕かれて食べられたのだから、最後の救出劇は不可能になる。
グリム童話とペローの物語の結末の違いが、食べるを意味する動詞の違いによって予告されるのは、作家による言葉の選択の巧みさを示している。
Le petit chaperon rouge, qui entendit la grosse voix du Loup, eut peur d’abord, mais, croyant que sa mère-grand était enrhumée, répondit ;
« C’est votre fille, le petit chaperon rouge, qui vous apporte une galette et un petit pot de beurre, que ma mère vous envoie. »
Le Loup lui cria, en adoucissant un peu sa voix : « Tire la chevillette, la bobinette cherra »
Le petit chaperon rouge tira la chevillette, et la porte s’ouvrit.
赤ずきんちゃんは、狼の太い声を聞き、最初、怖かった。しかし、おばあさんが風邪を引いているのだと思い、こう言った。
「孫の赤ずきんよ。ガレットとバターの小さな壺を持って来たの。母さんが持っていけって。」
狼は、少し声を和らげて、大きな声で言った。「取っ手を引きなさい。桟(さん)がはずれるから。」
赤ずきんが取っ手を引くと、扉が開いた。
高尚な文芸の世界では、一つの作品の中で同じ表現や単語を反復することはできるかぎり避ける傾向にある。
ペローはその原則を踏まえた上で、あえて同じ表現や単語を使い、狼vsおばあさんの状況と、赤ずきんvs狼の状況を重ね合わせる。
そのことで、赤ずきんの運命の予告をすることになるのと同時に、物語が民衆に伝わる素朴なものだという印象を与えることになる。
実際、ここでの赤ずきんちゃんの言葉は、先ほどの狼の言葉をそのまま反復している。
「孫の赤ずきんよ。ガレットとバターの小さな壺を持って来たの。母さんが持ってけって。」
「取っ手を引きなさい。桟(さん)がはずれるから。」
ここでの面白さは、二つの状況が鏡に映った一つの場面のように見えながら、正反対の結果をもたらすこと。
一方では狼が取っ手を引き、扉が開き(Le Loup tira la chevillette, et la porte s’ouvrit.)、おばあさんを食べてしまう。
次の場面では、赤ずきんが取っ手を引き、扉が開く(Le petit chaperon rouge tira la chevillette, et la porte s’ouvrit.)。
次にどうなるのだろう。(続く)