シャルル・ペロー 「赤ずきんちゃん」 Charles Perrault « Le Petit chaperon rouge » 子ども用の昔話 3/3

ペローは17世紀のフランスを生きた作家だけに、超自然なことが起こる物語を語るにしても、合理的で、理路整然としている。

狼が森の中で赤ずきんを食べなかったのは、木こりがいたから。
狼は、赤ずきんがおばあさんの家に入ろうとした時、おばあさんの声をマネするが、いつもと違っているので、風邪をひいているのだと言い訳をする。
赤ずきんを食べる時にも、そうした合理的精神が貫かれている。

Le Loup, la voyant entrer, lui dit en se cachant dans le lit, sous la couverture :
« Mets la galette et le petit pot de beurre sur la huche, et viens te coucher avec moi. »
Le petit chaperon rouge se déshabille, et va se mettre dans le lit, où elle fut bien étonnée de voir comment sa mère-grand était faite en son déshabillé.

狼は、赤ずきんちゃんが入るのを見て、ベットの中に隠れ、掛け布団の下から、こう言った。
「ガレットとバターの小さな壺を長持ちの上に置いて、こっっちにおいで。私と一緒に寝るんです。」
あかずきんちゃんは服を脱ぎ、ベットに入る。とても驚いた。おばあさんがどんな体のつくりをしているのか見えたのだ。薄い部屋着を着ていたから。

合理的精神は次のような箇所でも発揮される。
1.狼が入ってきた赤ずきんをいきなり食べてしまうのではなく、ベットの中に隠れて、彼女から見えないようにする。
2.ベッドに入る時、赤ずきんが服を脱ぐ。
3.ベッドの中に入った赤ずきんが狼の体を見るのは、狼が薄い部屋着(deshabillé)を着ていたからだと、説明的な描写が行われているところ。

薄い部屋着(deshabillé)に関しては、赤ずきんが服を脱ぐ(se déshabiller)際にも同じ系統の動詞が使われ、言葉遊びがなされている。

語り手としてのペローの巧みさは、過去時制で語られる物語でありながら、赤ずきんが服を脱ぎ(se déshabille)、ベッドに入る(va se mettre dans le lit)ときには現在形を使っているところにある。
現在形を使うことで、その行為が読者あるいは聞いている人間の目の前で行われているような印象を与える。

物語のクライマックスは、赤ずきんと狼の会話で構成される。

Elle lui dit :
« Ma mère-grand, que vous avez de grands bras !
— C’est pour mieux t’embrasser, ma fille !
— Ma mère-grand, que vous avez de grandes jambes !
— C’est pour mieux courir, mon enfant !
— Ma mère-grand, que vous avez de grandes oreilles !
— C’est pour mieux écouter, mon enfant !
— Ma mère-grand, que vous avez de grands yeux !
— C’est pour mieux voir, mon enfant !
— Ma mère-grand, que vous avez de grandes dents !
— C’est pour te manger ! »
Et, en disant ces mots, ce méchant Loup se jeta sur le petit chaperon rouge, et la mangea.

赤ずきんちゃんが言う。
「おばあちゃん、なんて大きな腕なの!」
「お前をしっかり抱きしめるためだよ!」
「おばあちゃん、なんて大きな足なの!」
「しっかり走るためだよ!」
「おばあちゃん、なんて大きな耳なの!」
「お前の声をしっかり聞くためだよ!」
「おばあちゃん、なんて大きな目なの!」
「お前をしっかり見るためだよ。!」
「おばあちゃん、なんて大きな歯なの!」
「お前を食べるためさ!」
こう言って、悪い狼は赤ずきんちゃんの上に飛びかかり、食べてしまった。

あかずきんと狼の会話はほぼ同じ言葉で繰り返され、体の部位が腕、足、耳、目と続いた後で、最後に歯になる。
ここで盛り上げられるサスペンスは素晴らしい効果を上げている。

そして、「お前を食べるため」という言葉と同時に、狼は少女に飛びかかり、食べてしまう。
そして、物語が唐突に終わることで、読者あるいは聞き手に強い余韻が残ることになる。

この効果的なエンディングの後ろに、教訓が付けられる。

       MORALITÉ

On voit ici que de jeunes enfants,
Surtout de jeunes filles,
Belles, bien faites et gentilles,
Font très mal d’écouter toute sorte de gens,
Et que ce n’est pas chose étrange
S’il en est tant que le loup mange.
Je dis le loup, car tous les loups
Ne sont pas de la même sorte :
Il en est d’une humeur accorte,
Sans bruit, sans fiel et sans courroux,
Qui, privés, complaisants et doux,
Suivent les jeunes demoiselles
Jusque dans les maisons, jusque dans les ruelles ;
Mais, hélas ! qui ne sait que ces Loups doucereux,
de tous les Loups sont les plus dangereux.

         教訓

ここでわかること。小さな子供、
とりわけ若い娘、
美しく、姿形がよく、親切な娘が、
どんな人にも耳を傾けるのは、とても悪いこと。
不思議なことではありません、
たくさんの娘たちを、あの狼が食べるとしても。
私の話しているのはあの狼のこと。なぜなら、全ての狼が
同じ種類ではないからです。
気持ちのいい気質を持った狼もいます。
うるさくなく、気難しくもなく、怒ることもなく、
親しげで、愛想がよく、穏やかで、
若いお嬢様についてきます、
家の中まで、ベッドのある部屋まで。
でも、がっかり! 知らない人はいません、こうした大人しい狼たちが、
全ての狼の中で、一番危険だということを。

この教訓は、狼が物腰の柔らかな男たちであり、赤ずきんは貴族の若い娘達だと、種明かししている。
ペローは、パリのサロンやヴェルサイユ宮殿に集う若い貴族の娘達に、振る舞いが穏やかに見える男たちこそ最も危険な存在だと、忠告している。
外見に騙されてはいけない、と。

「外見の文化」の中では、常に「考え(penser)」、目に見えることを通して、本当の姿を読み取らないといけない。

ペローは、あえて素朴な文を用い、貴族の洗練された文藝とは対極にある物語の雰囲気を生み出しているのだが、とりわけ最後の会話に見られるように、鮮やかな効果を生み出す工夫を凝らしている。
ペローの物語も、ラ・フォンテーヌの寓話に劣らず、精巧に作られた作品なのだということが、そうした点からも理解することができる。

Abraham Bosse

もう一度、朗読に耳を傾けてみよう。

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