ヴォルテール 想像力の二つの側面 Voltaire imagination passive et imagination active

啓蒙の世紀(siècle des Lumières)と呼ばれる18世紀において、理性の光で無知を照らす道具の一つが、ディドロが中心となって編集された『百科全書(l’Encyclopoédie)』だった。
その中で、想像力(imagination)の項目を担当したのが、ヴォルテール(Voltaire, 1694-1778)。

17世紀にデカルトやパスカルによって誤謬の源とされた想像力に関して、ヴォルテールは二つの側面を区別する。一つは、受動的想像力。もう一つは、能動的想像力。

Il y a deux sortes d’imagination : l’une, qui consiste à retenir une simple impression des objets ; l’autre, qui arrange ces images reçues et les combine en mille manières. La première a été appelée imagination passive ; la seconde, active. 

二種類の想像力がある。一つは、対象に関する単純な印象を留めるもの。他方は、受け取った映像をアレンジし、様々な風に結び付ける。最初のものは、受動的想像力と呼ばれ、二つ目は能動的想像力と呼ばれた。

現代の日本では、想像力は、新しいものを生み出す肯定的な能力だと考えられることが多い。
それに対して、古代ギリシアのプラトン以来、想像力の最初の働きは、知覚した印象を留める心の動きと考えられてきた。その意味では、記憶(mémoire)と関係するものだった。
次に、記憶されたイメージを様々に組み合わせて、実際には存在しないものを作り出す精神の力とも考えられた。

ヴォールテールは、その伝統に基づき、記憶と結びついた想像力を「受動的」と呼び、組み合わせて変形する想像力を「能動的」と呼んだ。

受動的想像力については、このように論じる。

Cette imagination passive n’a certainement besoin du secours de notre volonté, ni dans le sommeil, ni dans la veille : elle se peint malgré nous ce que nos yeux ont vu, elle entend ce que nous avons entendu, et touche ce que nous avons touché ; elle y ajoute, elle en diminue. C’est un sens intérieur qui agit nécessairement : aussi rien n’est-il plus commun que d’entendre dire : « On n’est pas le maître de son imagination. »

受動的想像力は、夢の中でも、目覚めている時にも、意志の助けを必要としない。私たちの思いとは関係なしに、目で見たものを心の中に描き、耳にした音を聞き、触れたものに触れる。その際、付け足したり、減らしたりする。それは、内的な感覚であり、外からの働きかけなしに必然的なものとして活動する。従って、次のように言うのを聞いたとしても、それ以上に当たり前のことはない。「人は想像力の主人ではない。」

ヴォルテールによれば、受動的想像力は、私たちの意志(volonté)とは無関係に働く。それが、必然的に活動する(agir nécessairement)ということであり、この一節の結論である、「人は想像力の主人ではない(On n’est pas le maître de son imagination)」につながる。

その想像力は、五感で捉えたものを留める働きを持ち、記憶力と同じだとも考えられる。ただし、五感が外部の世界とつながる外的な感覚だとすると、受動的想像力は内的な感覚(sens intérieur)ということになる。

もう一つ注意したいのは、受動的想像力は、五感が捉えたものを留めると同時に、それを減らしたり(diminuer)、増やしたり(ajouter)する。つまり、正確な記憶ではなく、受け取った映像をそのまま保存しているわけではない。
その意味では、偽りを含むともいえる。

Cette faculté passive, indépendante de la réflexion, est la source de nos passions et de nos erreurs ; loin de dépendre de la volonté, elle la détermine, elle nous pousse vers les objets qu’elle peint, ou nous en détourne, selon la manière dont elle les représente.

この受動的な能力は、省察から独立し、私たちが抱く情念や過ちの源である。意志に依存するどころではなく、意志を決定づける。また、受動的想像力が描く事物の方に、事物を再現するやり方に従って、私たちを押しやったり、そこから引き離したりする。

省察(réflexion)は私たちが理性を用いて、能動的に行う行為。
受動的想像力はその反対に、私たちを勝手気ままに動かす。それが映像を描き出すやり方(manière dont l’imagination passive les représente)に従って、意志(volonté)の力が左右され、私たちは情念(passions)を抱いたり、過ち(erreurs)を犯したりする。

結局、受動的想像力とは、理性と対立し、人間を受動的な存在にしてしまう、内的な能力だと考えることができる。

こうした悪しき想像力に対して、肯定的な想像力も想定される。それが能動的想像力である。

L’imagination active est celle qui joint la réflexion, la combinaison à la mémoire. Elle rapproche plusieurs objets distants ; elle sépare ceux qui se mêlent, les compose et les change ; elle semble créer quand elle ne fait qu’arranger : car il n’est pas donné à l’homme de se faire des idées ; il ne peut que les modifier.

能動的想像力は、省察や結合を記憶と結び付ける。それは、離れている複数の事物を近づける。混ざっているものを引き離し、それらを構成し、変化させる。アレンジしているだけの時でも、創造しているように見える。人間には、自分の力で観念を作ることは認められていない。人間は、それらを変形することしかできない。

能動的想像力の最も基本的な働きは、アレンジすること。
記憶に留めた映像を整理し、結び付けたり(rapprocher)、引き離したり(séparer)、構成したり(composer)、変化させたりする(changer)。

その際、想像力が勝手に働くのではなく、省察(réflexion)や結合(combinaison)という人間の主体的な行為と関係する。そのことが、受動的想像力と能動的想像力の決定的な違いである。

能動的な想像力は、受動的想像力によって留められた映像をアレンジする働きをするのだが、それこそが創造すること(créer)だと言う。
人間は全く何もないところから新しいものを生み出すことはできない。創造(création)とは、これまであったものに手を加えて、新しい様相のものを作り出すことなのだ。

こうして能動的想像力は創造作用を行うとした後、その想像力の二つの側面を想定する。
一つは、発明の想像力(imagination d’invention)。もう一つは細部の想像力(imagination de détail)。

まず「発明の想像力(imagination d’invention)」から。

Cette imagination active est donc au fond une faculté aussi indépendante de nous que l’imagination passive ; et une preuve qu’elle ne dépend pas de nous, c’est que, si vous proposez à cent personnes également ignorantes d’imaginer telle machine nouvelle, il y en aura quatre-vingt-dix-neuf qui n’imagineront rien, malgré leurs efforts. Si le centième imagine quelque chose, n’est-il pas évident que c’est un don particulier qu’il a reçu ? C’est ce don que l’on appelle génie ; c’est ici qu’on a reconnu quelque chose d’inspiré et de divin.

能動的想像力は、結局のところ、受動的想像力と同様に、私たちからは独立した機能である。それが私たちに依存しない一つの証拠がある。もし100人の無知な人間に何か新しい機械を想像するように提案したとする。99人は、どんなに努力しても、何も想像できないだろう。100人の中の一人が何か想像するとしたら、明らかに、その人は、特別な才能を受け取った人だといえる。その才能は天才と呼ばれる。そうした場合、何かしらインスピレーションを受け、神的なものを認めたことになる。

ここで注目したいことは、能動的想像力も人間の意志で自由に働かせることができないと、ヴォルテールが考えていることである。
それは人間を超えた神から(divin)のインスピレーション(inspiré)に類するもので、ほとんどの人間は持ち合わせない。
持っている人は、天才(génie)ということになる。
天才だけが、無から新しい何かを作りだす想像力を持つ。

Ce don de la nature est imagination d’invention dans les arts, dans l’ordonnance d’un tableau, dans celle d’un poème. Elle ne peut exister sans la mémoire ; mais elle s’en sert comme d’un instrument avec lequel elle fait tous ses ouvrages. […]
Ce n’est pas cette sorte d’imagination que le vulgaire appelle, ainsi que la mémoire, l’ennemie du jugement. Au contraire, elle ne peut agir qu’avec un jugement profond ; elle combine sans cesse ses tableaux, elle corrige ses erreurs, elle élève tous ses édifices avec ordre.

自然からのそうした贈り物は、芸術や、絵画の配置、詩の配置において、発明の想像力である。それは、記憶なしには存在しえない。記憶を道具として使い、全ての作品を作り出す。(中略)
そうした想像力は、記憶と同様、一般の人が判断力の敵と呼ぶものではない。反対に、考え深い判断力と共に活動する。たえず映像を結び付け、過ちを正し、全ての建物を秩序正しく建造する。

発明の想像力は、芸術、絵画、詩に関して最も有効に働く。

最初に前提となるのは、能動的想像力も人間に従属しないということ。そうであれば、作り出された作品は非理性的で、混沌としたものに思われるかもしれない。
しかし、ヴォルテールは、想像力は記憶(mémoire)とともに働き、記憶が留める映像を変形する役割を持つという、基本的な認識を変えることはない。

その上で、発明の想像力は、人間からは独立しているが、正しい判断力(jugement)と共にあるため、秩序正しい配列(odronnance, avec ordre)をした作品を作り上げる力を持つ。それが、発明の想像力(imagination d’invention)だという。

二番目の能動的想像力は、「細部の想像力(imagination de détail)」。

La seconde partie de l’imagination active est celle de détail ; et c’est elle qu’on appelle communément imagination dans le monde. C’est elle qui fait le charme de la conversation ; car elle présente sans cesse à l’esprit ce que les hommes aiment le mieux, des objets nouveaux.

能動的想像力の第二のパートは、細部の想像力であある。それは、一般的には、社交界で想像力と呼ばれるもので、会話を魅力的にする。たえず精神に対して、人々が大変に好むもの、つまり、新しい事物を提供する。

宮廷社会における会話の重要性は言うまでもないが、能動的想像力は、常に何か新しいものを提供し、その場を活気づける要素をもたらす。

細部の想像力は、社交界だけではなく、詩や絵画においても役割を果たす。

C’est surtout dans la poésie que cette imagination de détail et d’expression doit régner. Elle est ailleurs agréable, mais là elle est nécessaire. Presque tout est image dans Homère, dans Virgile, dans Horace, sans même qu’on s’en aperçoive. […]
Certains traits d’imagination ont ajouté, dit-on, de grandes beautés à la peinture. […] comme Rubens a eu l’art de peindre dans les regards et dans l’attitude de Marie de Médicis la douleur de l’enfantement, la joie d’avoir un fils, et la complaisance dont elle envisage cet enfant. 

とりわけ詩において、細部と表現の想像力は支配的であるべきだ。詩以外のところでは、快適さをもたらすにすぎないが、詩においては、必要不可欠である。ホメロス、ウェルギリウス、ホラティウスにおいて、ほとんど全ては映像である。ただし、それに気づくことは少ないが。(中略)
想像力のいくつかの特色が、大変な美を絵画に付け加えたと言われている。(中略)例えば、ルーベンスは、マリー・ド・メディシスの眼差しや身のこなしの中に、出産の苦痛、一人の息子を持つ喜び、その子のことを思い描くときの満足感を描き出す技術を持っていた。

Rubens, La Naissance du dauphin à Fontainebleau

細部の想像力が生み出すものとして、詩においては、映像表現(image)がある。映像が古代の大詩人たちの作品のほぼ全てだと、ヴォルテールは言う。
そうしたイメージは詩には不可欠な(nécessaire)要素であり、それ以外の場所でも、心地よさ(agréable)を生み出す。

絵画においては、全体の構成ではなく、細かな部分の表現を付加する。
例えば、ルーベンスによる、アンリ4世とマリー・ド・メディシスの婚礼を描いた連作の中で、マリーの様々な表情は、細部の想像力によって描き出された。

以上のように、想像力を受動的と能動的に分け、能動的想像力の働きに関しても発明と細部とに分けた後、受動と能動の役割の違いに再び言及する。

Quand elle est trop ardente, trop tumultueuse, elle peut dégénérer en démence ; mais on a remarqué que cette maladie des organes du cerveau est bien plus souvent le partage de ces imaginations passives, bornées à recevoir la profonde empreinte des objets, que de ces imaginations actives et laborieuses qui assemblent et combinent des idées ; car cette imagination active a toujours besoin du jugement, l’autre en est indépendante.

想像力があまりに激しく、あまりに動揺する時には、狂気へと成り下がる可能性がある。しかし、すでに指摘したように、脳組織のこの病は、事物の印象を深く受け取ることだけに限定される、受動的想像力に属していることが多い。能動的で勤勉な想像力の方は、思考を集め、組み合わせる働きをする。なぜなら、能動的想像力は判断力を常に必要とするが、受動的想像力は判断力から独立しているからである。

最終的に想像力の価値を決めるのは、判断力(jugement)ということになる。
受動的であろうと、能動的であろうと、想像力は人間の意志で自由にできるものではない。
違いはどこにあるのか。
受動的想像力は、記憶された映像(image)をある誤差を持って再現する。
能動的想像力は、記憶された映像を様々に組み替え、それまでになかった新しい映像を生み出す。

ヴォルテールによれば、新しい発明は、社交会では心地よさをもたらし、詩や絵画においては必要不可欠な要素となる。その理由は、判断力に従っているから。言い換えれば、理性的な秩序を保っているからだということになる。

ヴォルテールのこうした想像力論は、17世紀に誤りの源泉と見なされた想像力を肯定的に捉えるために、大きな役割を果たしたのではないかと考えらえる。

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