日本の美 平安時代 その1 

現代の日本人が美しいと感じる美意識の原型は、平安時代に成立したのではないかと考えられる。

日本は、古墳時代からすでに中国大陸の影響下にあったが、6世紀(538年頃)に仏教が伝来して以来、圧倒的な大陸文化の影響下に入った。
奈良時代、法隆寺、薬師寺などの仏教建築、『古事記』『日本書紀』『万葉集』等の文字による文化的表現も、確かにある程度日本的な受容の形を示している。しかし、次の時代の美意識とは断絶があると考えられている。

平安時代、とりわけ9世紀末(894年)に遣唐使が廃止されて以降、大陸との交流が限定的となり、大陸文化の和様式化が大きく進展した。
そうした中で、現在の私たちがごく自然に感じる四季の移り変わりに対する繊細な感受性、もののあわれに美を感じる心持ち、穏やかで調和の取れた美の嗜好等が生み出されていった。
京都の貴族たちが、寝殿造りの建物の中で、『古今和歌集』『枕草子』『源氏物語』を楽しんだ時代。平等院鳳凰堂は地上に出現した浄土(極楽)ともみなされる。

こうした状況は、12世紀の終わりに源頼朝が鎌倉幕府を開いた時代に、次の段階を迎える。
平安時代の末期に始まった宋との貿易の再開、禅宗の定着等により、新しい時代の美意識が誕生し始める。象徴的に言えば、寝殿の自然を模した庭園が枯山水へと変化する。

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ラ・フォンテーヌ 影のために獲物を逃す犬 La Fontaine « Le Chien qui lâche sa proie pour l’ombre » 想像力について

17世紀のフランスにおいて、想像力(imagination)は、人を欺く悪いものだと考えられていた。
例えば、ブレーズ・パスカルは『パンセ(Pensées)』の中で、「人間の中にあり、人を欺く部分。間違いと偽りを生み出す。(C’est cette partie décevante dans l’homme, cette maîtresse d’erreur et de fausseté […]. B82)」とまで書いている。

ラ・フォンテーヌは、わかりやすい寓話の形で、その理由を教えてくれる。
その寓話とは「影のために獲物を逃す犬(Le Chien qui lâche sa proie pour l’ombre)」。
獲物(proie)が実体(être)、影(ombre)が実体の映像=イメージ(image)と考えると、イメージを作り出す力である想像力(imagination)が、人を実体から遠ざけるものと考えられていた理由を理解できる。

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ラ・フォンテーヌ 「女に姿を変えた雌猫」 La Fontaine « La Chatte métamorphosée en femme » 自然なままで

猫は人間にとってとても近い動物なので、様々な文学作品に出てくる。
ラ・フォンテーヌの寓話の中にも、「女に姿を変えた雌猫(La Chatte métamorphosée en femme)」がある。

この寓話は、イソップの「猫とヴィーナス」が下敷きになっている。

  猫が若い素敵な男性に恋をした。そこで、ヴィーナスに自分を人間の女に変えてくれるようにとお願いした。ヴィーナスはその願いを承知すると、彼女を美しい娘に変えてやった。
  こうして若者は、娘に一目惚れすると、彼女を家に連れ帰ってお嫁さんにした。ヴィーナスは姿を変えたネコが、性質も変わったかどうか知ろうとして、二人が寝室で横になっているところにネズミを放した。今の自分をすっかり忘れてしまったネコは、ネズミを食べようと寝椅子から跳ね起きネズミを追い掛けた。ヴィーナスはこの様子に大変失望して、ネコをもとの姿に戻した。
  悲しいことだが、生まれ持ったものは変えられない。

この話をラ・フォンテーヌはどのように変形し、17世紀のサロンや宮廷のエスプリに溢れたものにしたのだろうか。

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ターナーとコンスタブル イギリスで最も人気のある2枚の絵画 「戦艦テメレール号(The Fighting Téméraire)」 「乾草車(The Hay Wain)」 

イギリスで最も人気のある絵画は、ターナーの「解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号(The Fighting Téméraire tugged to her last Berth to be broken)」。2番目はコンスタブルの「乾草車(The Hay Wain)」だという。

The National Galleryの提供している解説を聞くと、コンスタブルやターナーが、ドラクロワから印象派へと続くフランス絵画にも影響を与えていることの意味がわかってくる。

猫の詩人 シャルル・ボードレール Charles Baudelaire, poète des chats その4 散文詩「時計」 « L’Horloge »

散文詩集『パリの憂鬱』に収められている「時計(L’Horloge)」は、猫の目を見つめて時間を知るというエピソードから、愛する女性の瞳の中で発見される不思議な時間へと展開する詩。
最後に詩人自身によって、それが恋愛詩であると告げられる。

詩人が愛する猫(女性)の中に見つける時間がどのようなもので、その詩がなぜ愛の告白になるのだろうか。

        L’HORLOGE

  Les Chinois voient l’heure dans l’œil des chats.
  Un jour un missionnaire, se promenant dans la banlieue de Nankin, s’aperçut qu’il avait oublié sa montre, et demanda à un petit garçon quelle heure il était.
  Le gamin du céleste Empire hésita d’abord ; puis, se ravisant, il répondit : « Je vais vous le dire ». Peu d’instants après, il reparut, tenant dans ses bras un fort gros chat, et le regardant, comme on dit, dans le blanc des yeux, il affirma sans hésiter : « Il n’est pas encore tout à fait midi. » Ce qui était vrai.

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ジェラール・ド・ネルヴァル 「10月の夜」ユーモアと皮肉 Gérard de Nerval « Les Nuits d’Octobre » humour et ironie 5/5

『イリュストラシオン』誌1852年11月11日に発表された「10月の夜」の連載5回目の記事。(最終回)

モーでメリノの髪の女性の出し物を見、その影響で変な夢を見た後、語り手は再びその出し物について語る。
その過程で、彼が語ることが実際にあったのか、それともなかったのかといったこと等、言葉と現実の関係について考察しながら、面白可笑しく体験談を綴っていく。

ネルヴァルの想定していた読者は、同じ話題を共有し、ツーカーで話が通じる人々。そのために、21世紀の日本の読者には馴染みのないことも多く出てくる。従って、たくさんの注をつける必要が出てくるが、ネルヴァルの語りの面白さ(ユーモアと皮肉)を感じるためには、知らないことは知らないこととして、彼の語りについていくのが一番。

イタリアの芸人の言葉に対するチェックは、音に対するネルヴァルの繊細さを示す。
監獄の牢番と彼の妻、モーからクレピ・アン・ヴァロワへ向かう時に彼を連行する警官たち、クレピの市長。彼等と語り手の言葉のやり取りは、エスプリに飛んでいる。
最後に、レアリズムに関する批判的な言葉が付け加えられる。

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猫の詩人 シャルル・ボードレール Charles Baudelaire, poète des chats その3 「猫たち」 Les Chats

Eugène Delacroix, Tête de chat

『悪の華(Les Fleurs du mal)』の中に収録された猫を歌った3つの詩の中で、「猫たち(Les Chats)」だけが複数形の題名になっている。
その理由を考えることは、この詩の原理を理解することにつながる。

この詩は、1847年に、『猫のトロ(Le Chat Trott)』というシャンフルリーの小説の中で引用された。
その作品の中で、ボードレールは、とても猫好きな男として描かれている。道にいる猫を手に取ったり、猫が店番している店の中に入っていったり、猫を撫でたり、じっと見つめたりする。
この詩「猫たち」をシャンフルリーがトロに聞かせると、トロは飼い主の女性のところを離れ、ボードレールの膝の上に飛び乗り、詩人を褒めた。そんなエピソードが綴られている。

猫のトロを喜ばせる詩とは、どんな詩だろう。

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ウイングスーツで空を飛ぶ! Les Soul Flyers 

2020年5月31日のTF1の20hニュースでは、自宅待機から解除された人たちが徐々に自由を取り戻すニュースの一つとして、Les Soul Flyersを紹介していた。彼等は、人間が羽根を付けて空を飛ぶ夢を叶えたウイングスーツを自由に操って空を滑空する。見ているだけで楽しい。(Youtube限定公開ビデオ)

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猫の詩人 シャルル・ボードレール  Charles Baudelaire, poète des chats その2 「猫」 Le Chat

『悪の華(Les Fleurs du mal)』の51番目に置かれた「猫(Le Chat)」は、愛人だったマリー・ドブランのご機嫌をとるため、ボードレールが彼女の猫を歌った詩だと考えられている。

全体は2つの部分からなり、第1部は6つの四行詩、第2部は4つの四行詩で構成される。
全ての詩句は8音節で、韻は、抱擁韻(ABBA)。非常に軽快で、心地良い詩句が続く。

ボードレールはこの詩の中で、猫の魅力を最大限に歌う。

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