酒とバラの日々 Days of wine and roses 村上春樹の感性

「酒とバラの日々(Days of wine and roses)」は、1962年に公開された映画の題名。
酒に溺れて人生を転落していく夫婦をジャック・レモンとリー・レミックがとてもリアルに演じ、胸が締め付けられる映画だ。
主題歌は、ヘンリー・マンシーニ作曲。歌詞はジョニー・マーサー。
多くのジャズマンが取り上げ、ジャズのスタンダード曲になった。

酒を通して男と女が出会い、結婚する。その後二人はアルコール中毒になり、家庭が崩壊する。
そうした悲劇的な映画の物語の雰囲気を感じさせながら、しかし何度でも聞きたくなる美しい歌に仕上げているのは、ジュリー・ロンドン。

The days of wine and roses laugh and run away like a child at play
Through a meadow land toward a closing door
A door marked “nevermore” that wasn’t there before

The lonely night discloses just a passing breeze filled with memories
Of the golden smile that introduced me to
The days of wine and roses and you

https://genius.com/Julie-london-the-days-of-wine-and-roses-lyrics

ジャズの面白さは、こんなにしっとりとした曲も、演奏者の感性に従って、まったく違う曲想にして演奏すること。

ソニー・クリスはアップテンポで、アルト・サクソフォンを明るく軽快に響かせる。

ガレスピーのトランペットも、映画の暗さをどこにも感じさせず、オーケストレーションの楽しさを導きだしている。

オスカー・ピーターソンのピアノ・トリオのものは、哀愁を含みながら、でも何度でも聞きたくなる美しい演奏。

ウエス・モンゴメリーのギターを中心にした演奏は、映画が上演された直後のものだけあって、映画の雰囲気を残している。
その中で、原曲から遠く離れて自由に生み出されるギターのインプロヴィゼーションは、ジャズの楽しさを満喫させてくれる。

原曲のメロディーに従いながら少しづつ変形を加え、途中から完全に自分のメロディーを生み出していくデスクター・ゴードン。
いかにもジャズっぽい。

ピアノ・トリオの演奏としては、1963年のマッコイ・タイナーのトリオのもの。
原曲のメロディーとインプロヴィゼーションの部分が行ったり来たりして、その自由さが楽しい。

ビル・エヴァンスが死の直前に演奏した「酒とバラの日々」。

歌物に戻ると、エラ・フィッツジェラルドとギターのジョー・パスのデュオ。
エラは貫禄たっぷりで、いつ聞いてもいいなあと思う。

サラ・ヴォーンは、声の魅力をたっぷりと響かせる。

カッサンドラ・ウイルソンも悪くない。
中間部はJoshua Redmanのテナー・サックス演奏。

「酒とバラの日々」に関して、村上春樹がとても美しい文章を書いている。
後悔に満ちた過去を思い返し、微笑みはもう戻ってこないという歌詞の中で、« A door marked “nevermore” that wasn’t there before »(その見覚えのない扉には/「もう終わった」と記されている。)という表現を取り上げ、彼はこう書く。

  この歌詞を、今の僕の年齢になって読むと、それなりの実感はある。歳を重ねるにつれて、若いときには開いていたいくつもの扉が閉じられていくし、その多くには「もう終わった」と記されている。それらの扉が開くことはおそらく二度とあるまい。それはもちろんある意味では悲しく切ないことだ。しかし不思議なことなのだが、この歌詞を読んで十七歳の頃に心の内で感じた悲しみや切なさの方が、僕がこうして現実に感じている哀しみや切なさよりも、より深く切実であったように思う。どうしてだろう? 歳をとって、ぼくの感受性が衰えたからだろうか?
  いや、そうではあるまい。たしかに僕はいろいろなものを失ってきたけれど、失ってきたものの記憶が、今となっては逆に僕という人間を底から温めてくれているからだと思う。若い時にはそんなことが起こるなんて、想像もしていなかったのだが。優れた音楽はいろんなことを音楽的に考えさせてくれる。(『村上ソングズ』)

映画「酒とバラの日々」を見るのは、結末を知っていると辛い。
しかし、この村上の文を読むと、やはりもう一度見たいと思う。いい映画は、何度見てもいい映画だから。

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