現代アート 最初の一歩 Premier pas vers l’art du 20e siècle その1 

現代アートという用語がどのような美術作品をカバーしているのか、厳密に定義することは難しい。
ここでは、19世紀後半に起こった芸術に関するコンセプトの変化以降、20世紀に新たな潮流となった様々な美術作品を指すものとする。

現代アートは難しい、としばしば言われる。
実際、何を描いているのかわからないし、それ以前の絵画の基準では、美醜の区別もつかない。
もしピカソだと言われずにピカソの作品を見たら、素直に素晴らしいと思えるだろうか。

では、現代アートを楽しむための基本的な知識とは、どのようなものだろうか。

絵画の歴史 ー 時代による変化

どのような事柄でも同じだが、全てのことには歴史がある。
従って、一つのことを理解するためには、それ以前にどのような変遷を経てその時点に至ったのか知ることが、大切な基礎知識となる。

ここでは、フランス絵画の歴史を簡単に辿ってみよう。

フランス的な絵画の最初の段階と言われているのは、16世紀のフォンテーヌブロー派。
イタリア・ルネサンス絵画の影響の下、フォンテーヌブロー城に集う画家達を中心に、調和が取れ、優美な絵画が数多く描かれた。

anonyme, Vénus à sa toilette

17世紀の初めには、バロック絵画が全盛となる。バロックの特色は、一言で言えば、躍動感。

Charles Le Brun, Hercule et les juments de Diomède

17世紀フランスでは、均整が取れ、静止し、静謐さを特色とする古典主義絵画が主流になる。理性の時代を象徴する絵画。

Nicolas Poussin, La Sainte Famille à l’escalier

18世紀はロココ絵画の時代。
理性と同時に繊細な感覚が重視され、感覚の喜びを感じさせてくれる芸術が主流を占めた。

François Boucher, Diane sortant du bain

18世紀の後半になると、均整が取れ構図が整った古典主義的絵画が復活した。そうした絵画は、新古典主義と呼ばる。

Jacques Louis David, Le Serment des Horaces

19世紀前半、古典主義に反対する運動として、ロマン主義が誕生した。
ドラクロワを代表とし、色彩が躍動し、激しい感情の動きが表現される絵画。

Eugène Delacroix, La Mort de Sardanapale

19世紀の半ば、レアリスム絵画が、クールベを中心にして生まれる。
レアリスムは、ロマン主義の写実的な部分を推し進めた結果とも考えられる。

Gustave Courbet, Un enterrement à Ornans

16世紀から19世紀半ばまでの絵画では、3次元の現実世界を2次元の画布の上に再現する意識が強い。
私たちは、一枚の絵を見て、思わず、「現実にそっくり! すごい!」と言うことがある。その際には、無意識的に、再現芸術のコンセプトに基づいていることになる。

しかし、19世紀後半からは、現実をモデルにしているようでありながら、現実から自立した絵画が描かれ始める。
その最初が印象派。

Claude Monet, Impression soleil levant

印象派より少し遅れて、象徴主義の絵画が盛んになる。

Gustave Moreau, L’Apparition

20世紀になると、現実からより自立した、フォヴィスムと呼ばれる絵画も描かれるようになる。

Henri Rousseau, La Bohémienne endormie

さらに先にいけば、ピカソまで進むことになる。

Pablo Picasso, Guitariste, La mandoliniste

ここまで来ると、絵画が現実のモデルを画布の上に描くのではなく、絵は絵として自立していることが分かってくるだろう。

Piet Mondrian, composition 2 rouge, bleu, jaune

このように、絵画が変遷した流れを辿ってみると、現代アートを理解できるところまではいかないかもしれないが、どのような考え方に基づいて創作活動が行われているのかを知ることはできる。

絵画を鑑賞するときには、好きとか嫌いという個人的な感性を働かせることがベースになる。
それと同時に、知識に基づいた観賞をすることも大切。
感性と知性は対立するものではない。お互いに作用し合うことで、感性をより豊かにし、知的好奇心を高めることにつながる。

絵画を絵画として見る目

19世紀後半、芸術観の革命が起こった。

それまでは、現実にあるものを再現することが芸術の基本だった。
ミメーシス、自然を模倣すること(imiter la nature)が、古代ギリシアのアリストテレスによって提示されたクリエーションのコンセプトであり、16世紀以来、モデルを再現することが芸術創造の根本とされた。

その芸術観が崩れ去り、何かを再現するのではない芸術観が19世紀の半ばを過ぎてから誕生しつつあった。
それが現代アートの第一歩に他ならない。

再現しない芸術観とはどのようなものなのか。
そのことを、モーリス・ドニがとても巧みに表現している。

一枚の絵画が軍馬や裸婦や何かの逸話を描き出しているとしても、それは絵画の本質的な役割ではない。
本質的なのは、それが平らな表面であり、その表面を覆っている色彩がある秩序によって寄せ集められていることである。

ここで注意したいのは、ドニの時点では、まだ絵画は何かを描き出してもいたということ。
倉敷の大原美術館に所蔵されているモーリス・ドニの「波」を見てみよう。

モーリス・ドニ、波

ここでは、海辺の岩場、その上の女性、波間で泳ぐ女性等、何が描かれているのかがわかる。
しかし、ドニによれば、この絵画の本質は、画布の表現にある色彩であり、その秩序だということになる。

同じく大原美術館にあるセザンヌの「水浴」。
ロココ絵画と比べれば、再現性が低く、エチュードにしか思われないが、しかし、裸の女性たち、木々、水の様子は見てとることができる。

セザンヌ、水浴

有名なセザンヌのリンゴ。題名にもリンゴと記されている。

Paul Cézanne, Nature morte aux pommes

この絵を見れば、誰でも、リンゴが描かれていると自然に思う。
しかし、セザンヌの目的は、リンゴを描くことではないと、ドニの言葉は教えてくれる。
描かれているものがリンゴに見えるのは二次的なこと。第一義的には、絵の具がある秩序に従って配置されていること。

パウル・クレーの次の絵は、何が描かれているのかわかるギリギリのラインだろう。

Paul Klee, View of Saint Germain

もっと先に進むと、絵の具がある秩序に従って配置されているということがよくわかる。

Paul Klee, Rhythmisches strenger und freier

この絵を見て、リンゴとか裸体とか言う人はいないだろう。
美術館で、こうした絵の前に立ち、何を描いているのか首をかしげても、答えは出て来ない。
大切なのは、色と形、その組み合わせ。
絵画が現実から自立し、絵画そのものとして成立している例の一つがここにある。

現代アートを観賞する第一歩は、こうした芸術のコンセプトを理解することにある。

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