現代アート 最初の一歩 Premier pas vers l’art du 20e siècle その5 なぜ便器が芸術なのか?

Marchel Duchamp Fontaine

19世紀後半から始まった芸術観の革命は、20世紀に至り、全く新たな局面を迎える。
芸術がそれまでの芸術の枠組みを外れ、絵画であれば画布から自由になり、どこにでもある建物の壁に描かれたりもするようになる。

そうした芸術の第一歩になった作品が、マルセル・デュシャンの「泉」。

この作品は、2005年に、500人の有名なアーティストや美術史家によって「20世紀美術で最も影響を与えた作品」として選ばれた。

なぜ、こんなうす汚ない便器が芸術なのか?

容易に想像がつくことは、それ以前の芸術の概念を変えようとする試みに違いないということ。

すでにでき上がり(レディ・メイド)、誰もが目にしているけれど、美術作品とは考えらないないものを「選択」する。そのことで、これまでの芸術に対するコンセプトとは違うコンセプトを提示する。
つまり、便器を取り上げることで、有用であり、美しくないと思われるものを美術作品として提示し、物体に対する新しい思考を創り出している。

ここで問題になるのは、以下のような点。
1)芸術作品は芸術家が作り上げるという固定観念を壊す。=あるものを選択するだけの作品。
2)日用品と芸術作品の区別を無くし、芸術に対する新たな視点を導入する。
3)美しいと思われているものと美しいと思われていないものの固定観念からの解放。

こうした考え方は、本物とコピーの関係を問い直した19世紀後半の芸術観の転換に端を発している。

20世紀に入り、ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンは、写真や映画といった複製芸術の価値を積極的に評価する芸術論を展開した。
オリジナルは、「今、ここ」にしかない。その一回性が、オリジナルの発するオーラを生み出していた。
コピーは、そうした特権的な時空間を持たない。そのことは、オリジナルのオーラを崇拝する芸術的価値から、より多くの鑑賞者による芸術の受容が可能になることを意味する。

ジャン・ボードリヤールは、「シミュラークル」理論を展開し、ポストモダン・アートの理論的支柱となった。
シュミュラールというのは「似ているもの=複製」であるが、近代において、複製はオリジナルのコピーではなく、それ自体が次々に複製を生み出す原理となる。
コピーはオリジナルの表象(representation)ではなく、全てが表象作用の一部として機能する。
例えば、ディズニーランドも「シミュラークル」だと考えられる。
ディズニーランドは「おとぎの国」として構想された架空の世界。しかし、海賊やシンデレラなどの装置は、観客の中に、現実の恐怖や歓喜、感動を引き起こす。
そこでは、ディズニーランドが現実世界か空想世界かという区別は意味をなさない。

マルセル・デュシャンの試みは、こうしたオリジナル vs コピーに関する概念の変更を視覚的に表面化し、美術館の鑑賞者に芸術とは何かという問いかけを行うものだったといえるだろう。

伝統的な芸術観に変更を促すため、これまであったものに別の物を加えるとしたら、ターゲットとして最も相応しく、この効果が衝撃的なのは、「モナリザ」だろう。デュシャンの「L.H.O.O.Q. 」。

Marcel Duchamp, L.H.O.O.Q. 

マルセル・デュシャンから始まる芸術刷新の動きから、コンセプチュアル・アートやポスト・モダン・アートが生まれた。

日常的に目にするものの場所をずらす(家の中から美術館へ等)ことで出来上がる作品が、パリのポンピドー・センターには展示されている。。
例えば、マルセル・デュシャンの「自転車の車輪」とジョセフ・コスースの「One and Three Chairs」。

Marchel Duchamp, Roue de bicyclette
Joseph Kosuth, One and Three Chairs

場所をずらすことがさらに進むと、絵画が額縁だけではなく、美術館を超えて、街の中に出ていく。
その代表的な例が、バンクシー。

Banksy, Anarchist rat
Banksy, Près de Qalandia

現実にはあり得ない物の出会いの衝撃が、画布の内部の出来事だったマグリット。バンクシーは、マグリットからさえ遠く離れていることがよくわかる。

René Magritte, The Large Family

ロンドンのテイト・モダン美術館には、次の作品がコンセプチュアル・アートとして展示されている。

Art & Language, Untitled Painting

ここまで来れば、次には、ルーブル美術館で「モナリザ」をバックに撮影したあなた自身のセルフィーも、アートとして認定されることになるだろう。

こうした芸術を好むかどうかは個人の感性による。
他方、コンセプトに関しては、19世紀後半の芸術観の大転換から続いていることを確認することができる。

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