
モリエールは「人間嫌い(Le Misantrope)」の中で、主人公アルセストと彼の友人フィラントの前を前にして、オロントが自作の詩を読み、率直に批評して欲しいという場面を設定している。
フィラントは、中庸を守り、人と合わせることが礼儀正しいとされる17世紀フランスの宮廷社会的規範を、忠実に実践している人物。
それに対して、アルセストは、自分の心に忠実に生き、内心の思いを率直に伝えることを信条としている。
その二人の前で、オロントは「希望(L’Espoir)」という題名のソネットを読む。その時、言葉の上では率直に批評して欲しいと言うが、心の底では賞賛されることを期待している。
ところで、フランス語を勉強し、フランス文学に親しんだ人間であれば、パリに行った時、演劇の殿堂であるコメディー・フランセーズに、一度は足を踏み入れてみたいと思うに違いない。
そのコメディー・フランセーズで上演された「人間嫌い」の中から、ソネットの場面を見てみよう。(フランス語がわかるわからないではなく、パリで芝居を見る喜びを感じながら。)
オロントは自作のソネット「希望(L’Espoir)」をなかなか読み始めず、大した詩句ではないとか、時間をかけて言葉を選んでいないとか、色々な言い訳をする。
Oronte
Sonnet. C’est un sonnet… L’Espoir… C’est une dame
Qui de quelque espérance avait flatté ma flamme.
L’Espoir… Ce ne sont point de ces grands vers pompeux,
Mais de petits vers doux, tendres, et langoureux.
(À toutes ces interruptions il regarde Alceste.)
Alceste
Nous verrons bien.
Oronte
L’Espoir… Je ne sais si le style
Pourra vous en paraître assez net et facile,
Et si du choix des mots vous vous contenterez.
Alceste
Nous allons voir, Monsieur.
Oronte
Au reste, vous saurez
Que je n’ai demeuré qu’un quart d’heure à le faire.
Alceste
Voyons, monsieur ; le temps ne fait rien à l’affaire.
オロント
ソネット。そう、ソネットです・・・。「希望」。ある女性が、
なにがしかの期待を、私の恋の炎に持たせたことがあったのです。
「希望」・・・。それほど豪華で大それた詩句ではありません。
ちょっとした、穏やかで、甘く、物憂い詩句です。
(言葉を止める度に、アルセストの方に目をやる。)
アルセスト
しっかりと拝聴します。
オロント
「希望」・・・。自分ではわからないのです。文体が、
あなた方ににとって、明解で、理解しやすいように見えるかどうか。
言葉の選択が、あなた方にご満足いただけるかどうか。
アルセスト
見てみましょう。
オロント
それに、おわかりになると思いますが、
この詩を書くのに、15分くらいしかかけなかったのです。
アルセスト
そうおっしゃらず。かけた時間は関係ありません。
オロントは、最初に、ある女性が彼の「恋の炎(ma flamme)」に「希望を持たせた(flatter)」体験が、詩のテーマであることを明かす。
その上で、いかにも謙遜するように、「詩句(vers)」はそれほど立派なものではなく、「穏やかで、甘く、物憂い(doux, tendres, et langoureux)」ものだと、予め聞く人の印象を誘導する。
その後では、詩句の文体や言葉の選択について満足してもらえるかどうか、心配する風を見せる。
これらの言葉は、オロントの謙虚さの表れのようでもある。しかし、彼の本心では、自分で自信を持っているところなのだろう。あるいは、誉められたい点かもしれない。
こうした前提を経て、オロントは詩の朗読を始める。
Oronte
L’espoir, il est vrai, nous soulage,
Et nous berce un temps, notre ennui ;
Mais, Philis, le triste avantage,
Lorsque rien ne marche après lui !
Philinte
Je suis déjà charmé de ce petit morceau.
Alceste, bas, à Philinte.
Quoi ! vous avez le front de trouver cela beau ?
オロント
希望は、本当に、私たちを慰安し、
少しの間、私たちの倦怠を和らげる。
しかし、フィリスよ、悲しい利益しかない、
何も希望の後に続かなければ!
フィラント
この短い部分だけで、もう私はうっとりしています。
アルセスト 小声でフィラントに向かって
何だって! こんなのをいいと思うなんて、恥ずかしくないのか?
オロントのソネットは、一行10音節の詩句で綴られ、この最初の4行詩の韻は、ABABという交差韻。
どこかに破綻があるわけでもなく、とりわけ優れているわけでもない詩句と言われている。
それに対して、フィラントは、これだけで素晴らしく、うっとりすると、オロントの期待する反応を示す。
これはまさに、人の気分を害さず、「人に合わせ(convenance)」、「人の気にいられる(plaire)」という、宮廷社会における「礼儀正しさ(bienséance)」に基づいた行動だといえる。
アルセストは、そうしたフィラントに憤慨し、こんな詩句をいいと思うのは恥知らずだ(avoir le front de)と、こっそり伝える。
その後、オロントがソネットを読み、フィラントがおだて、アルセストがフィラントを咎めるといったやり取りが繰り返される。
Oronte
Vous eûtes de la complaisance ;
Mais vous en deviez moins avoir,
Et ne vous pas mettre en dépense
Pour ne me donner que l’espoir.
Philinte
Ah ! qu’en termes galants ces choses-là sont mises !
Alceste, bas, à Philinte.
Hé quoi ! vil complaisant, vous louez des sottises?
Oronte
S’il faut qu’une attente éternelle
Pousse à bout l’ardeur de mon zèle,
Le trépas sera mon recours.
Vos soins ne m’en peuvent distraire :
Belle Philis, on désespère,
Alors qu’on espère toujours.
Philinte
La chute en est jolie, amoureuse, admirable.
Alceste, bas, à part.
La peste de ta chute, empoisonneur, au diable,
En eusses-tu fait une à te casser le nez !
Philinte
Je n’ai jamais ouï de vers si bien tournés.
Alceste, bas, à part.
Morbleu !
Oronte
Vous me flattez, et vous croyez peut-être…
Philinte
Non, je ne flatte point.
Alceste, bas, à part.
Et que fais-tu donc, traître ?
オロント
あなたは、ご親切でした。
しかし、そんなにご親切ではなくでよかったのです。
心を砕いてくださらなくてもよかったのです。
私に下さるのが、希望だけならば。
フィラント
ああ! なんて艶っぽいお言葉で綴られていることでしょう!
アルセスト (小声で)
死んじまえ! 賤しいおべっか遣いめ。君はこんな馬鹿げたものを誉めるのか?
オロント
もしも、永遠の待機が、
私の熱意の激しさを、限界まで押していくなら、
死が私の救いです。
あなたのお心遣いも、私の気を逸らすことはできません。
美しいフィリスよ、人は絶望します、
常に希望する時にこそ。
フィラント
その詩の最後、愛らしく、恋心に満ち、賞賛すべきものです。
アルセスト (小声で)
ひどい最後だ! 悪魔みたいな毒殺者め、
君も、これほどひどい失敗作の最後を作ったことがあるのか!
フィラント
これほど素晴らしく表現された詩句を聴いたことがありません。
アルセスト
死んじまえ!・・・
オロント
お世辞で喜ばせてくださいますが、心でお思いのことは・・・。
フィラント
とんでもありません。お世辞なんて申し上げていません。
アルセスト 小声で
裏切り者め、何してるんだ?
フィラントは、ただ誉めるだけではなく、的確にオロントの望みを読み取っている。
「艶っぽい(galant)」言葉で表現されているという部分は、言葉の選択に関わっている。
「詩の最後(chute)」が「愛らしく、恋心に満ち、賞賛すべきもの(jolie, amoureuse, admirable)」という部分は、テーマが恋愛であり、一人の女性に向けられたものだというオロントの説明に対応する。
そして、誉めて欲しいと思う詩人の気持ちを受けて、「上手に表現されている詩句(vers si bien tournés)」だと誉め、しかも「お世辞はない(je ne flatte point)」と強調する。
フィラントはまさに、相手に「気に入られる」行為を実践しているのである。

そんな様子を前にして、アルセストは口をきわめて罵る。
「死んじまえ(morbleau)」は、「神の死(mort de Dieu)」から来た罵りの言葉。
フィラントは、「げすなおべっか野郎(vil complaisant)」、「悪魔みたいな毒殺者(empoisonneur au diable)」、「裏切り者(traître)」。
オロントの詩句は、「馬鹿げたもの(sottises)」で、詩の最後は「ペストみたいにひどい(peste)」。
これがアルセストの本心だとすると、オロントに感想を聞かれる時、どのように答えるだろう。
そのまま伝えるのか? フィラントのように心にもないことを言うのか?
さすがのアルセストも、ストレートに詩がひどいとは言わず、何とか言葉を和らげようとする。
以下、その様子を見ていこう。
Oronte
Mais pour vous, vous savez quel est notre traité.
Parlez-moi, je vous prie, avec sincérité.
Alceste
Monsieur, cette matière est toujours délicate,
Et sur le bel esprit nous aimons qu’on nous flatte.
Mais un jour, à quelqu’un dont je tairai le nom,
Je disais, en voyant des vers de sa façon,
Qu’il faut qu’un galant homme ait toujours grand empire
Sur les démangeaisons qui nous prennent d’écrire ;
Qu’il doit tenir la bride aux grands empressements
Qu’on a de faire éclat de tels amusements ;
Et que, par la chaleur de montrer ses ouvrages,
On s’expose à jouer de mauvais personnages.
Oronte
Est-ce que vous voulez me déclarer par là
Que j’ai tort de vouloir…
Alceste
Je ne dis pas cela.
Mais je lui disais, moi, qu’un froid écrit assomme,
Qu’il ne faut que ce faible à décrier un homme,
Et qu’eût-on, d’autre part, cent belles qualités,
On regarde les gens par leurs méchants côtés.
オロント
アルセストさん、あなたは、私たちの取り決めがどういうものかご存知です。
おっしゃって下さい、お願いします、率直にです。
アルセスト
オロントさん、この題材はどんな時でも微妙なものです。
よき精神に基づいて、私たちは好きなのです、お世辞を言われることが。
しかし、私は、ここで名前は出しませんが、ある時、ある人に向かい、
彼の作った詩を読みながら、こう言ったことがあります。
立派な紳士たるもの、つねに大きな抑制力を持つ必要があります、
私たちを捉える書きたいという欲求に対して。
手綱を締めて、息せき切って
そうした楽しみを爆発させたいという気持ちを、抑えるのです。
自分の作品を見せたいという熱意によって、
つまらない人物を演じるという危険に身をさらすことになります。
オロント
あなたは、そう言うことで、私にこう宣言しているのでしょうか、
(書くことを)望むことが間違っていると・・・。
アルセスト
そうは言っていません。
でも、彼にこう言ったのです。熱気の無い書き物は人を打ちのめす、と。
そうした弱点だけで、人は批判される、と。
他方で、人は、何百もの美点を持っていたとしても、
悪い方の側面から見られるものなのです。
オロントはどうしてもアルセストからも誉められたいために、「取り決め(traité)」という言葉を使い、彼の意見を引き出そうとする。
その際には、traitéと韻を踏むsincérité(率直)という言葉を使い、真摯な意見を求めているように見せる。
しかし、彼が求めているのは、誉められることであり、誠実な批評ではない。
それに対して、アルセストの方は、オロントの期待していることに関してではなく、宮廷社会の習慣に関して、率直な意見を伝える。
そこでは、「よき精神に則れば(sur le bel esprit)」、お世辞を言い、人を喜ばせることが求められるている。
この言葉から、アルセストがオロントの本心を知り、宮廷社会での習慣も知っていることがわかる。
他方、率直な意見をオロントに伝えれば、彼の気持ちを害することも理解している。
そこで、オロントの詩のついて直接話すのを避け、過去に別の人に言った言葉として、彼の見解を伝える。
1)「紳士(honnête homme)」であれば、書きたいという欲求を抑制すること。
2)「楽しみを爆発させる(éclat de tels amusements)」気持ちに、「手綱を掛ける(tenir la bride)」こと。
3)自分の作品を見せることは、自分を「晒し(s’exposer)」て、「つまらない人間(mauvais hommes)」だと見せることになる。
オロントは、そうした言葉が、全て彼に当てはまることを理解している。そして、私に書くなと言うのかと、アルセストを問い詰める。
それに対して、アルセストは、「そうは言っていません(Je ne dis pas cela)」と言い、言い逃れをしようとする。
その上で、アルセストは次のように付け加える。
熱気のない「冷たい作品(froid écrit)」は、人を「うんざりさせる(assommner)」。
「つまらない作品(faible)」があると、それだけで書いた人間が判断されてしまう。
いいものを持っている人がいても、悪いものがあると、悪いように見なされるものなのだ。
こうした言葉は、アルセストからしたら、オロントを思いやる精一杯の言葉かもしれない。つまり、作品を書きさえしなければ、オロントは悪い人間でないので、詩を書くという気持ちを抑制した方がいいというアドヴァイスになる。
しかし、オロントが求めるのは、詩を通して作者である自分が賞賛されること。
そこで、詩にこだわり、問いかけが続く。
Oronte
Est-ce qu’à mon sonnet vous trouvez à redire ?
Alceste
Je ne dis pas cela. Mais, pour ne point écrire,
Je lui mettais aux yeux comme, dans notre temps,
Cette soif a gâté de fort honnêtes gens.
Oronte
Est-ce que j’écris mal, et leur ressemblerais-je ?
Alceste
Je ne dis pas cela. Mais enfin, lui disais-je,
Quel besoin si pressant avez-vous de rimer ?
Et qui diantre vous pousse à vous faire imprimer ?
Si l’on peut pardonner l’essor d’un mauvais livre,
Ce n’est qu’aux malheureux qui composent pour vivre.
Croyez-moi, résistez à vos tentations,
Dérobez au public ces occupations ;
Et n’allez point quitter, de quoi que l’on vous somme,
Le nom que dans la cour vous avez d’honnête homme,
Pour prendre, de la main d’un avide imprimeur,
Celui de ridicule et misérable auteur.
C’est ce que je tâchai de lui faire comprendre.
オロント
私のソネットに関して、何か言いたいことがあるのですか?
アルセスト
そうは言っていません。とにかく、書かないようにするために、
私は、彼の目に見えるようにしました、どのようにして、今日、
書くことへの飢餓感が、大変に素晴らしい方々を駄目にしてしまったのか。
オロント
私の文章は下手で、私がそうした人々に似ているかもしれないというのでしょうか?
アルセスト
そうは言っていません。でも、結局のところ、彼にこう言ったのです。
どんな緊急の必要性があって、あなたは詩を書くのですか、と。
一体誰があなたに、書いたものを印刷するように薦めるのですか、と。
つまらない本が勢いよく現れるのを許すとしたら、
それは、生活のために書いている、不幸な人々に対してだけです。
信じて下さい。誘惑に抵抗してください。
人々の目から、こうしたお仕事を隠してください。
人々があなたにどんなことを要求しようと、手放さないで下さい、
宮廷の中であなたが立派な紳士として通っているお名前を。
貪欲な印刷業者の手から、取り上げてください、
滑稽で、哀れな著者という名前を。
そうしたことこそ、私が懸命になって彼に理解させようとしたことです。
オロントは、アルセストの評価がどのようなものか分かっていて、自分の詩に「何か言いたいことがあるのか(à redire)」とか、「文章が下手(j’écris mal)」だと思っているのかとか、ストレートに尋ねる。
その度に、アルセストは「そうは言っていません」と応え、何とか切り抜けようとする。
しかし、その言葉に続けて、すぐに、かつて意見を伝えた人を引き合いに出し、内心の声を付け加えることも忘れない。
「生活のために物書きをしている(composer pour vivre)」のであれば仕方がないが、そうでなければ「書きたいという誘惑に抵抗する(résister à vos tentations)」のが自分のためだ。
でないと、結局は、「滑稽で哀れな(ridicule et misérable)」名前を持つ人間だと思われてしまう。
そして最後、アルセストは、オロントのソネットを直接的に貶してしまう。
Oronte
Voilà qui va fort bien, et je crois vous entendre.
Mais ne puis-je savoir ce que dans mon sonnet…
Alceste
Franchement, il est bon à mettre au cabinet.
Vous vous êtres réglé sur de méchants modèles,
Et vos expressions ne sont pas naturelles.
オロント
そのことはそれでいいでしょう。あなたのご意見はよくわかったと思います。
でも、知ることはできないのでしょうか、私のソネットの中で・・・。
アルセスト
率直に言えば、それは机の中に入れた方がいいものです。
あなたは、つまらない手本に倣っていたのです。
表現が自然ではありません。
「率直に言えば(franchement)」という言葉が示すように、アルセストはとうとう思っていることをオロントに言ってしまう。
とりわけ、17世紀の後半は、「自然さ(naturel)」が重視された時代。そこで、ソネットの「表現(expression)」が自然でないという批評は、最も強い非難になる。
二人のやり取りの結果は見えている。
オロントは、お世辞を言われ、誉められたくて、詩を朗読した。
アルセストは、彼の気持ちも、宮廷社会での礼儀もわかっているが、しかし自分の信条に従い、詩を誉めず、最後は正直に批判の言葉を伝えてしまった。
その批評はオロントの気持ちを逆なですることになり、二人は険悪な雰囲気の中、喧嘩別れする結果になる。

17世紀の観客たちが笑いの対象にしたのは、オラントとアルセストだった。
二人とも、当時の社会的な規範からすると、振る舞いが行きすぎていて、奇妙であり、滑稽だと感じられた。
他方、フィラントは、本心がどうあろうと、相手を賞賛しているように「見える」行動を取り、礼儀を心得ていると見なされた。「外見の文化」の中では、それがあるべき振る舞いと見なされたのだろう。
では、21世紀を生きる私たちにとってはどうだろう。
オラントのような人に対する感情は、17世紀と変わらないかもしれない。
その一方で、アルセストとフィラントのどちらの行動を好ましく感じるのか、意見は分かれるだろう。アルセストは正直なのか、やり過ぎなのか。フィラントは礼儀正しいのか、偽善者なのか。
「人間喜劇」を上演する場合、演出家は、自分なりの解釈に従い、役者たちの演技を決めることになる。同じ芝居でも演技は変わってくる。
2つの舞台を見ると、演出の違いが実感できるし、芝居における演技の重要性もわかってくる。
観客は、演出家や役者の解釈を通してモリエールの芝居を見ている。そして、その違いにより、アルセストとフィラントのどちらの行動が時代精神に合致し、どちらが滑稽か、感じられ方が違ってくるだろう。
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