サン=テグジュペリ 『星の王子さま』  Antoine de Saint-Exupéry Le Petit Prince キツネの教える秘密 — apprivoiser — 詩的物語 

『星の王子さま(Le Petit Prince)』の伝えるメッセージの中心は、小さな王子さまが出会うキツネによって伝えられる。

キツネは王子さまにapprivoiserしてくれと言い、王子はapprivoiserとはどういうことか問いかける。
そして、その対話の最後は、「大切なことは目に見えない。(L’essentiel est invisible pour les yeux)」という言葉へと続いていく。

これらの会話を通してとりわけ注目したいのは、『星の王子さま』が普通に言われる意味での「小説」ではなく、子供用の読み物でもなく、詩的な散文で綴られていること。
こう言ってよければ、散文詩的な物語。普通に誰もが使う日常の言葉が使われ、ごく普通の構文に基づきながら、詩情を感じさせる。
フランス語で小さな王子さまとキツネの会話を読むと、Le Petit Princeのしっとりとした詩情(ポエジー)を感じることができ、翻訳で読むのとは違う喜びを味わうことができる。

『星の王子さま』の詩情は、翻訳を通しては伝わり難い。
散文は、意味を伝えることが中心的な役割であり、言葉は意味を伝達するための道具と考えられる。
詩においては、意味と同時に、言葉の表現が重要な役割を果たす。単語の選択、構文、音の繋がりなどといった表現も、詩の価値を決める大きな要素となる。

小さな王子さまとキツネの会話をフランス語で読むと、内容と同時に、文そのものが精巧に組み立てられていることがわかる。

地上で出会ったキツネに、王子さまは、「”apprivoiser”ってどういう意味(Qu’est-ce que signifie “apprivoiser” ?)」と問いかける。その問いに対する、キツネの答えを読んでみよう。

– C’est une chose trop oubliée, dit le renard. Ça signifie “créer des liens…”
– Créer des liens ?
– Bien sûr, dit le renard. Tu n’es encore pour moi qu’un petit garçon tout semblable à cent mille petits garçons. Et je n’ai pas besoin de toi. Et tu n’as pas besoin de moi non plus. Je ne suis pour toi qu’un renard semblable à cent mille renards. Mais, si tu m’apprivoises, nous aurons besoin l’un de l’autre. Tu seras pour moi unique au monde. Je serai pour toi unique au monde…
– Je commence à comprendre, dit le petit prince. Il y a une fleur… je crois qu’elle m’a apprivoisé…

「それって、すっかり忘れられてることなんだ。」とキツネが言った。「”繋がりを作る”って意味だよ。」
「繋がりを作る?」
「もちろんさ。」とキツネが言った。「君はぼくにとって、まだ一人の小さな男の子にすぎない。他の沢山の男の子たちとよく似ている子にすぎない。ぼくは君のことを必要としていない。君もぼくのことが必要じゃない。ぼくは君にとって、一匹のキツネにすぎない。他の多くのキツネと似ているキツネにすぎない。でも、君がぼくをapprivoiserすれば、ぼくたちはお互いに必要になる。君はぼくにとって世界でただ一つの存在になる。ぼくは君にとってただ一つの存在になる・・・。」
「わかりはじめてきた。」と小さな王子さまが言った。「一本の花があってね。その花がぼくをapprivoiserしたと思うんだ。」

まず、内容から検討してみよう。

apprivoiserという動詞は、「飼い慣らす、手なずける、仲良しになる、なじみになる、なつく、なつかせる」等々、様々な日本語に訳されてきた。
本来の意味は、野生の動物を飼育して、獰猛な状態を和らげ、飼い慣らすということ。そこから、例えば、難しいことを何とか自分でコントロールできるようにするとか、未知のものを親しみのあるものにするという意味でも使われる。
そうした意味を含んだapprivoiserという動詞を、日本語に置き換えるのは難しい。

その言葉を、キツネは、「繋がりを作ること(créer des liens)」と言い換える。無関係だった二人の人間や二つの物の間に、繋がりを作ること。そうすることによって、なんらかの関係が出来上がる。

繋がりが出来る前と後で、何が違うのか? キツネは次にその説明をする。
繋がりが出来る前、王子さまはキツネにとって、他の子ども達と同じような存在だった。キツネも王子さまにとっては、他のキツネと変わることがかった。
しかし、絆が出来上がると、お互いに、世界でただ一つ(unique au monde)の存在になる。

このように説明された王子さまは、自分と一本のバラの花の関係が世界でただ一つのものであることに気づき、「花がぼくをapprivoiserした」のだと思い至る。

この内容は、21世紀の今でも人々の心に訴えかけるものがある。SMAPが歌った「世界に一つだけの花」は、キツネの教えと同じ内容を持っている。
自分が自分に向かって語り語りかけているのだと考えると、自分をapprivoiserするように勧めているということがわかるだろう。

次に、『星の王子さま』における詩的な表現がどのようなものか見ていこう。

散文と詩の違いは、意味の伝達を主な目的とするか、意味と同時に表現そのものに価値を置くかによる。
一般的に言えば、散文の目的はコミュニケーションであり、意味が伝達できれば、言葉の表現はそれほど問われない。
それに対して、詩においては、音、リズムといった音楽性だけではなく、言葉の使い方や、文の構造まで含め、表現そのものが重要な役割を果たす。意味が伝えられた後でも、表現は価値を失わない。

ところで、フランス語の散文、とりわけ文学言語では、同じことを言う場合にも、違う単語を使う傾向にある。同じ単語を反復することは、文体的に劣る印象を与える。
ということは、同じ単語、同じ構文、同じ表現を繰り返すことは、ある効果を狙っていることを意味している。

「apprivoiser=繋がりを作ること」を説くキツネの言葉は、同じ単語、同じ構文の反復が多くなされている。そのことは、単に意味を伝えるだけではなく、表現そのものに注意を引き、詩的効果を目指していることを示している。

Tu n’es encore pour moi qu’un petit garçon tout semblable à cent mille petits garçons.
Je ne suis pour toi qu’un renard semblable à cent mille renards.

Et je n’ai pas besoin de toi.
Et tu n’as pas besoin de moi non plus.

Tu seras pour moi unique au monde.
Je serai pour toi unique au monde…

こう言ってよければ、「世界に一つだけの花」のように、意味内容を理解した後からでも、何度でも反復して口にしたくなるような表現が続けられる。
その中で、君(王子さま)とぼく(キツネ)の関係が、主語になったり、対象になったりして交互に入れ替わり、二人の関係が構文によっても作り出されている。
「繋がりを作る」という内容が、単語と構文によっても形作られているのである。

キツネがapprivoiserの秘密を伝えるキツネの言葉は、表現自体も意味と同等の価値を持つという意味で、詩的散文と言ってもいい。
朗読を聞くと、音楽性、リズム感、言葉たちの交差する様子がよく感じられる。(1分20秒から。)

こうした散文を耳にすると、『星の王子さま』が、子供のための本なのか、大人を読者としているのかなどといった論争を超え、誰にでも読めるフランス語で綴られた詩的散文であることがわかってくる。

その物語にフランス語を通して接することのできる喜びは、フランス語を学習したご褒美として、余りあるものではないだろうか。

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