フロベール 純な心 Gustave Flaubert Un cœur simple 卓越した散文

フランス語を勉強したら、フランス語で会話をするだけではなく、文学作品を原文で読んでみたいという気持ちが自然に湧いてくる。
そんな時、質が高く、しかも読みやすい作品として最初に推薦できるのが、ギュスターブ・フロベールの「純な心(Un cœur simple)」。

小説としての素晴らしさは言うまでもないが、フロベールの散文は、端切れのいい言葉の塊が、リズム感よく続く。
フランス語を前から順番に読んでいくと、単語さえ知っていれば、自然に意味が頭に入ってくる。

他にも数多くの優れた小説家がいるが、フロベールほどクリアーでありながら工夫に富み、言葉によってもう一つの現実世界を作り上げた作家はいないと思われるほど、卓越した散文を紡ぎ出した。

「純な心」は中編小説であり、一つの作品をフランス語で最初から最後まで読み通すためにも、最適な長さ。
しかも、内容が素晴らしい。
事件らしい事件は何も起こらないのだが、オーバン夫人(Mme Aubain)の女中フェリシテ(Félicité)の姿を通して、人間の心の持つ素直さ、単純さ、純粋さ、そして神秘性が描き出されていく。

まず、冒頭の一節(Incipit)を読んでみよう。

Gustave Flaubert, Un cœur simple, I 

 Pendant un demi-siècle, les bourgeoises de Pont-l’Évêque envièrent à Mme Aubain sa servante Félicité.
 Pour cent francs par an, elle faisait la cuisine et le ménage, cousait, lavait, repassait, savait brider un cheval, engraisser les volailles, battre le beurre, et resta fidèle à sa maîtresse, — qui cependant n’était pas une personne agréable.

ギュスターブ・フロベール 「純な心」 1

 半世紀の間、ポン・レベックのご婦人たちは、オーバン夫人のことを羨ましく思っていた。女中のフェリシテがいるからだ。
 1年100フランで、フェリシテは料理も家事もした。縫い物、掃除、アイロンかけもした、馬にくつわを付け、家禽に餌をやり、バターを作ることもでき、雇い主にずっと忠誠を尽くした。— 雇い主は感じのいい人間ではなかったのに。


フロベールは、淡々と物語を語っていく。
その語り口は淡泊で、物語の中に語り手として介入し、自分の意見を述べるようなことはしない。
彼はバルザックのような、お喋りな小説家ではない。

彼の散文は、そうした小説家としての態度そのものであり、比較的短い構文で、出来事をテンポよく語っていく。
ポン・レベックというノルマンディー地方に住むオーバン夫人。彼女には、フェリシテという女中がいて、みんながうらやんでいた。
その理由は、安い給与なのにフェリシテはよく働き、しかも気難しいオーバン夫人の言うことをよく聞く忠実な性格の持ち主であることにある。

こうした内容が、主語と動詞を中心にした身近な表現で語られていく。
一箇所だけ関係代名詞があるが、そのことで、オーバン夫人がどんな人か、はっきりとわかるように強調される。
qui cependant n’était pas une personne agréable.
関係代名詞は、前にある名詞を説明する文を繋げる役割を果たすので、前から順番に読んでいけば、そのまま意味が理解できる。(後ろから「訳し上げる」ことは厳禁。)

フロベールの技は、第三者的な視点で語られる文章を連ねながら、オーバン夫人やフェリシテの性格だけではなく、二人の関係性までも読者に的確に伝えてしまうことにある。

私たちは、冒頭の一節を読んだだけで、気難しい女性に50年間も忠実に仕え続けたフェリシテがどんな人生を送ったのかに興味を持ち、物語に引き込まれていく。


フロベールは、作中人物の心の中に入り込み、内心を説明することはしない。また、登場人物も自分たちの心の内を語ることはない。
フロベールの小説世界では、私たちの住む現実の世界と同じように、人々の感情も性格も言葉で説明するのではなく、行動を通して自然に表現される。
その意味を読み取るのか、読み取らないのか、読み取るとしたらどのように読み取るのか、全ては行動を見る人間の側にかかっている。

オーバン夫人の家を訪れる二人の人物— グルマンヴィル侯爵と代訴人ブレ —に対するフェリシテの行動を見てみよう。

 À des époques indéterminées, Mme Aubain recevait la visite du marquis de Gremanville, un de ses oncles, ruiné par la crapule et qui vivait à Falaise sur le dernier lopin de ses terres. Il se présentait toujours à l’heure du déjeuner, avec un affreux caniche dont les pattes salissaient tous les meubles. Malgré ses efforts pour paraître gentilhomme jusqu’à soulever son chapeau chaque fois qu’il disait : « Feu mon père », l’habitude l’entraînant, il se versait à boire coup sur coup, et lâchait des gaillardises. Félicité le poussait dehors poliment : « Vous en avez assez, M. de Gremanville ! À une autre fois ! »Et elle refermait la porte.
 Elle l’ouvrait avec plaisir devant M. Bourais, ancien avoué. Sa cravate blanche et sa calvitie, le jabot de sa chemise, son ample redingote brune, sa façon de priser en arrondissant le bras, tout son individu lui produisait ce trouble où nous jette le spectacle des hommes extraordinaires.

いつとは言えないがある時期、オーバン夫人のところにグルマンヴィル侯爵がよく来ていた。伯爵は彼女の叔父の一人で、放蕩のために破産し、ファレーズに所有していた土地の最後の僅かな部分で暮らしていた。彼は決まって昼食の時間に姿を現した。酷いプードル犬を連れていた。犬は足で全ての家具を汚してしまうのだ。侯爵は、紳士に見えるようにいろいろ努力し、「亡き父が」と言う度に帽子を持ち上げるのだが、しかし習慣に引きづられて、ワインを何杯も矢継ぎ早に飲んではひっくり返り、あけすけな言葉を吐き出した。フェリシテは彼を礼儀正しく家の外に押し出しながら、こう言う。「もう十分ですね、グルマンヴィル様! また次の機会に!」そして、彼女はドアを閉じた。
 彼女がそのドアを喜んで開くのは、ブレさんだった。彼は昔の代訴人。白いネクタイ、禿げた頭、シャツのレースの胸飾り、ゆったりとした茶色のコート、腕を丸くしながら嗅ぎタバコを嗅ぐ様子、彼の人となり全てが、フェリシテの中に心の動揺を引き起こした。特別な人たちを目にする時に私たちが放り込まれる動揺だ。

(朗読は7分39秒から)

この一節で、フロベールの筆は冴え渡っている。
それを典型的に示すのが、フェリシテのドアの開け閉め。
彼女はグルマンヴィル侯爵に対しては「ドア(la porte)」を閉め、そのドアを代名詞のlaで受け、ブレさんに対して開く。
elle refermait la porte. / Elle l’ouvrait avec plaisir devant M. Bourais […].
一つのドアを開け閉めする行為だけで、彼女の感情を見事に表現する。

ドアを閉じる前、グルマンヴィル侯爵に関する情報が提供されるが、彼に対するフェリシテの感情に言及されることはない。
それにもかかわらず、その語りから、私たちはなぜフェリシテが彼を好きになれないのか読み取ることができる。

侯爵は「放蕩(crapule)」のために身を持ち崩し、土地の大部分を失い、最後に残った小さな土地(dernier lopin)で暮らしている。
そんな状況に置かれてもプライドだけは残り、「亡き父が(Feu mon père)」と口にしては「帽子を持ち上げる(soulever son chapeau)」といった気取った態度を取り、「紳士(gentilhomme)」のように振る舞おうとする。
しかし、現実には、落ちぶれてしまい、オーバン夫人のところに来てはワインをがぶがぶ飲んで酔い潰れ、「はしたないこと(gaillardises)」を口から吐き出す。
こうした複雑に入り組んだ人間を、「シンプルな心(cœur simple)」の持ち主であるフェリシテは、どうしても好きにはなれない。
だからこそ、グルマンヴィルの連れてくる犬でさえ、「酷い(terrible)」と思ってしまう。「足で全ての家具を汚す(les pattes salissaient tous les meubles)」というのは、厭だと思う気持ちを後から理由付けしただけだろう。

その反対に、ブレに対しては好意を抱いている。それは、「喜んで(avec plaisir)」ドアを開けるという行為によっても表現される。そして、その感情は、何でもない外見がフェリシテの中にあるドキドキ感を引き起こすことでも示される。
動揺とか混乱を意味する troube という言葉で表されるそのドキドキ感を、フロベールは、何か特別な人を見る時に感じる感情だと説明を付け加える。
ブレは外見がそのまま人柄を表していて、シンプルな人。だからこそ、フェリシテは好感を持つ。

以上のようにこの一節を読み取ると、二人の人物に対するフェリシテの感情を彼女の行動を通して、フェリシテがun cœur simpleであることを、フロベールが読者に伝えることに成功していることがわかる。

フランス語の散文の文体という面でも、端切れがいい文が続く。
そのことを実感するためには、意味の塊毎に前から読み、理解していくことが重要となる。
理解するためと思い込み日本語の語順にしてしまうと、リズム感が失われるだけではなく、意味が複雑になり、かえって理解を妨げることになる。

次の例で前から読む読み方を実験してみよう。

Mme Aubain recevait la visite du marquis de Gremanville,
オーバン夫人はグルマンヴィル侯爵の訪問を受けた。
以下は、侯爵の説明:
un de ses oncles, / 彼女のおじさんの一人
ruiné par la crapule / 放蕩で破産した
/ et / qui vivait à Falaise / sur le dernier lopin de ses terres. ファレーズで暮らしている/彼のいくつかの土地の最後の小さな土地
以上の断片を、日本語を交えずに、フランス語で前から読んで見ると、クリアーに理解できるに違いない。
Mme Aubain recevait la visite du marquis de Gremanville, un de ses oncles, ruiné par la crapule et qui vivait à Falaise sur le dernier lopin de ses terres.

次の文は、もう少しだけ複雑な構文になり、最初のうちは、前から読みそのまま理解するコツが掴みにくいかもしれない。
Malgré ses efforts / pour paraître gentilhomme / jusqu’à soulever son chapeau / chaque fois qu’il disait : « Feu mon père », // l’habitude l’entraînant, / il se versait / à boire coup sur coup /, et lâchait des gaillardises.
努力にもかかわらず/紳士に見えるため/帽子をあげるまで/「亡き父」と言う度に//習慣が彼を引きづるので/彼はひっくり返った/矢継ぎ早に酒を飲み/あけすけな言葉を吐き出した。
こうした文も、前から読み、そのまま理解する練習をしていくと、徐々に日本語を交えずに、フランス語として意味が理解できるようになってくる。
そして、フランス語の語順でリズムに乗っていくと、フロベールの散文の口調のよさと明解さを感じられるようになってくる。


フェリシテが愛するオウムのルルは、「純な心」の中で非常に重要な役割を果たす。

フェリシテの人生に何か特別なことが起こるわけではないが、平凡な人生の中で大切な人々を次々に失ってしまう。オーバン夫人の二人の子供、可愛がっていた甥、知り合いたち。
オーバン夫人も彼女より先に死んでしまう。
そして、オウムのルル。
何よりも愛しいと思って育てたオウムもある日突然死んでしまう。悲しみの中、フェリシテはルルを剥製にし、部屋に飾る。

そのルルが最初に描かれる、4章冒頭の文を読んで見よう。

 Il s’appelait Loulou. Son corps était vert, le bout de ses ailes rose, son front bleu et sa gorge dorée.
 Mais il avait la fatigante manie de mordre son bâton, s’arrachait les plumes, éparpillait ses ordures, répandait l’eau de sa baignoire ; Mme Aubain, qu’il ennuyait, le donna pour toujours à Félicité.

 それはルルという名前だった。体は緑色。翼の先端はピンク。額はブルーで、喉は金色。
 その鳥には棒を噛むという、うんざりするような癖があった。羽根を自分でむしり取り、糞をあちこちに投げ、水浴びの水を撒き散らした。オーバン夫人はうんざりさせられ、その鳥をフェリシテに与えた。永久に。

ルルの描写は、A est Bという単純な構文の連続で行われ、体の各部分に緑、ピンク、青、金色という4色が配置される。
次にオウムの癖が3つ列挙され、夫人オーバンがうんざりしてその鳥をフェリシテに払い下げするという事実が記される。

ここでも、フロベールの記述は事実をそのまま述べているだけにすぎないが、そこからは、女主人と召使いの性格や二人の関係性を読み取ることができる。
オーバン夫人は、可愛い鳥を忠実な女中にあげるのではない。変な癖があり、糞をあちこちに撒き散らすようなオウムだからこそ、厄介払いするのだ。
こうしたところにも、小説の冒頭で、彼女は「感じのいい人間(une personne agréable)」ではないと書かれていたことの、具体的な例が示されている。

フロベールの散文の凄さは、何気ない言葉がそっと文の中に含まれていることにある。
Mme Aubain […] le donna pour toujours à Félicité.

pour toujoursは、永遠に、これからずっと、といった意味。
「オーバン夫人がフェリシテにルルを与えた」という文に、pour toujoursが挿入されることで、何がわかるのか?
まず、ルルを返して欲しくない、永久に厄介払いしたという、オーバン夫人の清々した気持ちを読み取ることができる。
しかし、「純な心」の中では、それ以上に大切な意味がある。
フェリシテは、ルルが生きている間ずっと可愛がり、死んでからは剥製にして自分の近くに置いておく。文字通り、ルルは永久に彼女の愛しい存在であり続ける。

その上、さらに重要な役割がある。
フェリシテが息を引き取る場面で、最後に彼女が目にするのは、巨大なオウム。
ルルは、フェリシテの死の瞬間も彼女の魂に寄り添う。
とすれば、pour toujoursは、フェリシテとルルの関係が「永遠」であることを、最初から暗示していたことになる。

たった一つの言葉にこれほど大きな意味を含ませることができるフロベール。
彼の筆の冴えには感嘆するしかない。


「純な心」の最後の一節(excipit)は、フェリシテが息を引き取る場面を描いている。

 Une vapeur d’azur monta dans la chambre de Félicité. Elle avança les narines, en la humant avec une sensualité mystique ; puis ferma les paupières. Ses lèvres souriaient. Les mouvements du cœur se ralentirent un à un, plus vagues chaque fois, plus doux, comme une fontaine s’épuise, comme un écho disparaît ; et, quand elle exhala son dernier souffle, elle crut voir, dans les cieux entrouverts, un perroquet gigantesque, planant au-dessus de sa tête.

 一筋の紺碧の蒸気がフェリシテの寝室の中に立ち上った。彼女が鼻孔を前に差し出し、蒸気を吸い込むと、神秘的な官能性を感じた。彼女は瞳を閉じた。口元は微笑んでいた。心臓の鼓動は、一つ打つ毎にゆっくりになった。一度打つ毎におぼろげになり、穏やかになった。泉の水が涸れ、木霊が消え去るようだった。最後の息を吐いたその時、彼女には見えるように思えた、半ば開いた空の中、一羽の巨大なオウムが彼女の頭上を舞っている姿が。

(朗読は、4分5秒から)

これまでずっと登場人物たちの行動は外から見える姿で描き出されていたが、最後の一節では、客観的な描写のようでありながら、しかしフェリシテの目が捉える幻が描かれる。

Elle crut voir — 彼女は見ているように思った。
神や天使が空から現れる時のように、空が開き、巨大なオウムが彼女の上を悠々と飛ぶ。
もちろん、フロベールはそのオウムが剥製になったルルだと書くようなことはしない。彼の筆はあくまでも抑制的であり続ける。
しかし、読者はどうしてもそれがルルであり、フェリシテの魂を天上に導く精霊だと考えてしまうし、そう思いたい。

そう思わせる仕掛けをフロベールがしていることも確かである。
フェリシテの部屋に立ち上る蒸気は、azur(紺碧色)。無限に広がる美しい青い空を思わせる。
その蒸気を吸い込んだフェリシテは、「神秘的な官能性(sensualité mystique)」を感じる。
彼女の死は、穏やかだ。口元は微笑み、呼吸も徐々に弱まっていく。
そこに苦しみはない。むしろ深い自然に戻っていくような感じさえする。
そして、巨大なオウムの悠然たる飛翔。
穏やかで敬虔な雰囲気に満ちたこうした表現が、最後の一文を準備している。

ごく平凡な人生の中で、とりわけ大きな事件もなく、どちらかと言えば悲しい出来事の方が多かったに違いないフェリシテの一生。
そんな中で、彼女は一貫してun cœur simpleを保ち続け、最後の瞬間を迎える。
その時にだけ、フロベールは彼女の目の中に入り込み、フェリシテが見ている幻を共に見、深い共感が読者に伝わる散文でその光景を綴る。

この最後の一節は、フロベールの散文の凄さが十分に発揮されている最高の例だといえるだろう。

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