ボヴァリー夫人の音楽 ダヴィッド・カデゥシュのピアノ・ソロ

フロベールの『ボヴァリー夫人』では音楽が話題になることはあまりないが、ダヴィッド・カドゥシュ(David Kadouch)は、主人公エンマが聞いたかもしれない曲を空想し、ピアノ・ソロのCD「ボヴァリー夫人の音楽(Les musiques de Madame Bovary)」を制作した。

カドゥシュは自らの意図をこんな風に記している。
« J’ai voulu imaginer la musique qu’Emma Bovary aurait pu écouter pendant sa courte vie, en invoquant les femmes compositrices souvent oubliées de l’époque de Flaubert. Avec cette question en suspens : le destin, le suicide d’Emma Bovary aurait-il pu être évité, si ces créatrices avaient eu la gloire qu’elles méritaient ? » 

この言葉からも推測できるように、CDの中では、ショパンやリストに並んで、あまり名前の知られていない女性の作曲家たち —— ファニー・メンデルスゾーン、ポリーヌ・ヴィアルド、ルイーズ・ファランク、クララ・シューマン —— の曲が取り上げられている。

マラルメ 「扇 マラルメ夫人の」 Stéphane Mallarmé « Éventail de Madame Mallarmé » 扇と詩

「扇 マラルメ夫人の」は、1891年1月1日にマラルメが妻のマリアに送った詩で、実際に扇の上に書かれている。つまり、扇が詩なのだ。
そして、それに対応して、詩の内容も、扇をあおぐことが詩の言葉を仰ぎ出す様子を歌っている。

Avec comme pour langage
Rien qu’un battement aux cieux
Le futur vers se dégage
Du logis très précieux

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石川啄木 思い出の力

石川啄木には、故郷である渋民村(しぶたみむら)を歌った美しい歌がいくつもある。

ふるさとの 山に向かひて 言うことなし ふるさとの山は ありがたきかな

故郷を遠く離れ、子ども時代を過ごした故郷を思えば、懐かしさが湧き上がってくる。

かにかくに 渋民村は 恋しかり おもひでの山 おもひでの川

思い出の山、思い出の川は美しく、懐かしい。

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ランボー マラルメ 詩句の仕組み

フランス文学において言葉の音楽性が重視されるが、とりわけ詩に関しては、意味と同等の重要性を音が持つ。

そうした中でも、19世紀後半の二人の詩人ランボーとマラルメの詩句は音楽的に大変に美しく、意味を理解するのはしばしば非常に困難だが、それにもかかわらず高く評価されている。
というか、最初は理解が難しくても、音楽的に美しいおかげで、なんとか意味の深みにまで到達したいという気持ちにさせられる、と言ってもいいかもしれない。

当たり前のことだが、翻訳では詩句の音楽性を感じることができない。翻訳された詩の最も大きな問題はそこにある。詩の理解にはフランス語で読む必要があるのはそのため。

ただし、一口に音楽性と言っても、ランボーとマラルメの音楽はかなり違っている。ランボーの曲はすぱっとした直線を感じさせるが、マラルメの曲は柔らかく丸みを感じさせる。

その点を前提にした上で、詩句の意味的な理解を考えてみると、二人の詩句の難しさが別のところから来ることがわかってくる。
ランボーの詩句では語彙の不整合が、マラルメの詩句ではそれに加えて構文の破壊が、意味の伝達を妨げる。

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ドガ 生命の脈動を捉える「持続」の画家

エドガー・ドガは、オペラ座の踊り子を生き生きと描いた画家として、日本でもよく知られている。
彼の絵画の中のバレリーナたちは、本当に生きているように感じられる。
外から絵を眺めるのではなく、実際に会場に入った気持ちになり、舞台の上で彼女たちが踊る姿をその場で眺めると、息づかいまで聞こえてくる。

じっとしている姿が描かれているとしても、彼女たちの生命の動きが感じられ、自然に彼女たちの気持ちに共感している自分がいるのに気づく。

止まっているはずの絵によって、どうしてこれほどの「動き」が表現されるのだろうか。
その秘密を、ここではデッサンと構図という二つの面から探ってみよう。

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モーパッサンからネルヴァル、ランボーへのウインク

1892年の初頭にモーパッサンが精神に異常をきたした時、治療にあたったのはエミール・ブランシュ博士だったが、博士はずっと以前にはジェラール・ド・ネルヴァルの治療も行っていた。
ネルヴァルは、エミール・ブランシュ博士の父親エスプリ・ブランシュ博士にお世話になったこともある。

モーパッサンはそのことを知っていたに違いない。直接ネルヴァルのことを話題にすることはなかったようだが、精神疾患を取り上げた「オルラ」の中には、ネルヴァルに向かってウインクをしているような記述がある。

その理由を私なりに推測すると、一般的に狂気と見なされる世界観と、詩の生み出す美とが連動していることを、モーパッサンなりに示そうとしたからだと思われる。
同じ箇所に、アルチュール・ランボーに向けてのウインクもあることから、「狂気ー詩ー美」の繋がりがよりはっきりと示される。

問題の箇所は、目に見えないが確かに実在すると感じられる存在をオルラと名付け、それが世界を構成する4つの元素(水、火、大地、空気)と同様の、なんらかの元素ではないかと自問した後に記されている。

でも、あなたはこう言うかもしれない。蝶だ! 空飛ぶ一輪の花だ! ぼくはといえば、一匹の蝶を夢見る。宇宙と同じ位大きい。羽根の形も、美も、色彩も、動きも、描くことさえできない。でも、ぼくには見える。・・・・蝶は、星から星へと向かい、その飛翔の軽やかで調和のとれた息吹で、星々を、新鮮でかぐわしいものにする! ・・・天上の人々は、蝶が通り過ぎるのを目にし、恍惚となり、魂を奪われる!・・・(「オルラ」)

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19世紀後半に活躍した芸術家たち ー 同じ年に生まれて

私たちが芸術作品や文学作品に触れるとき、普段はあまり画家や作家の生まれた年齢を考えることはないのだが、実は作品にとってかなり大きな要素になっている。
というのも、同じ世代に属していると、一つの時代の雰囲気の中で育ち、同じような教育を受けているからである。
小澤征爾と大江健三郎の対談集『同じ年に生まれて』に倣って、19世紀後半に活動の中心が位置する芸術家や作家たちを、出生年順に列挙してみよう。

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