鴨長明『方丈記』を読む 4/4 大災害の絵画

鴨長明は『方丈記』の前半で、四つの自然災害と一つの人災を、非常に生き生きとした描写で描き出す。
その目的は、序の中で言われた、「その主(あるじ)と栖(すみか)と、無常をあらそふさま、いはば朝顏の露にことならず。』という言葉を具体的な事実として語るためである。
そして、5つの災害を語り終えた後には、「すべて世のありにくきこと、わが身と栖(すみか)との、はかなく、徒(あだ)なるさま、又かくのごとし。」と、この世のはかなさ、無常さが再確認される。

従って、長明の意図は明らかなのだが、ここで注目したいのは、長明の視線が細部に渡り、描写が実に生々しく描かれていること。
その様子は、平安時代末期から鎌倉時代に描かれた六道絵や、「地獄草紙(じごくそうし)」、「餓鬼草紙(がきそうし)」、「病草紙」などの絵画を連想させる。
それらは、10世紀末、平安時代の中期に書かれた源信の『往生要集』などで説かれた六道、つまり、 「地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天人」を映像化したものと考えられる。

鴨長明は、実際に自分が体験した悲惨な状況、しかも1177年から1185年というわずか8年のあまりの間に起こった度重なる災禍を、六道に匹敵するものとして、絵画ではなく言葉で描き出したのだった。

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鴨長明『方丈記』を読む 3/4 日本伝統の美的生活

1155年に下鴨神社の神官の次男として生まれた鴨長明は、成長するとともに琵琶の名手として知られ、和歌でも『千載和歌集』や『新古今和歌集』に句が採用されるほどになる。
しかし、1204年に河合 (ただす) 社の神官の職を得る希望が叶わず、出家を決意し、都を離れて東山に遁世。
1208年、54歳の頃になると、山科の日野山にある庵に居を移し、1212年に『方丈記』を執筆した。

『方丈記』の前半では、京の都での大火事や地震などの大災害の様子が目の前に甦るかのように語られ、この世の無常が実感される。
後半になると、山奥の方丈(約3m四方)ほどしかない小さな庵での暮らしが綴られ、富や地位を求めず、物や人に執着しない心持ちこそが、この世で平穏に暮らす術であることが語られていく。

ここで注目したことは、後半の隠遁生活において、物質的には方丈に象徴される鴨長明のミニマリストな生活が、実は、非常な豊かさに裏打ちされていることである。
現代人には見えにくいその秘密を見ていくことで、日本の伝統文化が美的生活に基づいていたことがわかってくる。

まずは日野山の庵の外と内がどのようなものだったのか見ていこう。

(朗読は、23分48秒から26分11秒まで)
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鴨長明『方丈記』を読む 2/4 日本的信仰

『方丈記』の最後になり、鴨長明は、出家後に隠者として暮らす生活に愛着を持つことが、仏教の教えからすると「過ち」ではないか、と自問する。

実際、方丈(極小の家)での生活は、最初は「旅人の一夜の宿」のようなものだったが、5年の月日が経つ間に、「仮の庵(いおり)、もはや故郷なり」と感じ、「ひと間の庵、みずからこれを愛す」というようになっていた。
しかし、俗世から身を遠ざけ、山中の暮らしの中で物にも人にも執着せず、仏の教えを守って暮らす出家者としては、そうした愛着もこの世に対する執着なのではないのか? 

その自問に対して、現在の私たちであれば、自分が満足であればその生活を愛するのが当たり前だし、その方が人間らしい、と答えるだろう。
というのも、日本的な感性は、死後にあの世で魂が救われるよりも、この世で目の前にある小さな幸せを求める傾向にあり、その点では、古代も中世も現代も変わることがないからである。
加藤周一の言葉を借りれば、日本の土着的世界観は、「普遍的な原理よりは個別的な事実を、超越的な観念よりは日常的な経験を尊重してやまない。」(『日本文学史序説』)

そうした視点から『方丈記』の最後の一節を読むと、「一期(いちご=一生)」が月のように傾き、「余算(よさん=余命)」も山の端に近づいてきたという意識の中で、鴨長明が、仏教の教えを再確認して死後に極楽浄土に行けることを望むのか、それとも、今の生活への愛着を受け入れるのか、自問するらしい様子が見えてくる。

長明は、頭の中では仏の教えに従うべきだと考えている。しかし、彼の心は、日本的な感性に従い、日々の生活の満足に傾いているらしい。


「そもそも、一期の月影かたぶきて、余算、山の端に近し」から始まる文の美しさが、そのことを明かしている。

(朗読は37分47秒から)
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鴨長明『方丈記』を読む 1/4 日本的心性と美

「行く川の流れは絶(た)えずして、しかも本(もと)の水にあらず。」で始まる『方丈記』は、現代の読者でも、日本語の美しさを体感することができ、しかも、日本的な心の在り方を知ることができる、大変に優れた文学作品。

全体は4つの部分から構成される。
冒頭に序が置かれ、次に5つの災害の記述が続く。その後、自然の中にたたずむ極小の住居(方丈)での隠遁生活が描かれ、最後に、悟りきらない自分を揶揄するような後書きが置かれている。

最近では、災害文学とか、ミニマリストな生き方の勧めとして読まれることがある。
しかし、そうしたhow toもの的な読み方をすると、『方丈記』の文化的な豊かさがすっぽりと抜け落ちてしまいかねない。

ここでは、人生訓的な読み方ではなく、作品そのものの富を吸収することができるような読み方を試みたい。
そのためには、多少分からない部分があったとしても、鴨長明が鎌倉時代の初期に書いたままの言葉を読むことが大切になる。

まずは、序の文を、youtubeにアップされている朗読に耳を傾けながら、流れるような美しさを持った長明自身の言葉で読んでみよう。

(10秒から2分16秒まで。)
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考える力と書くこと 2/2 AIで代用できない「この私」の思考

人口知能は、大量のデータを蓄積し、そこから最も蓋然性のある答えを導き出す。そのデータ量は人間の記憶できる量とは全く比較できないし、計算(考える)スピードも爆速であり、人間が及ぶものではない。
その視点から考えると、人口知能の方が人間の知能より優れているということになるし、実際、分野によってはすでにロボットが人間の代わりに正確でスピーディーな仕事をしているのと同様に、AIが効率的で正確に仕事をこなすようになるだろう。

しかし、それだからといって、一人一人の人間が考える必要がなくなることは決してない。
例えば、どこかに旅行に行く時、GPT Travel advisorを使えば、滞在したい「場所」と「日数」を入力するだけで、旅行の日程を作成できる。しかも、観光名所の情報が記載され、リンクが貼られ、これまで私たちが何日もかけて調べてきたことを、瞬時に提案してくれる。実際、とても便利に違いない。
だが、誰が入力しようと、同じ場所と日数をインプットする限り、同じ計画がアプトプットされる。要するに、データの最大多数の情報を基準にし、最も普遍的で一般性のある結果が出力されることになる。
従って、その結果が、一人一人の人間の趣味や興味に適合しているものではないかもしれない。

これまで私たちはガイドブックを見て、行きたい場所を選択し、自分で計画を立てたように、GPTを使ったとしても、その結果を参考にしながら、私たち自身が行く先を選択することになることは、以前と変わらない。
どこで何を見るかも、一人一人の人間によって違っている。
ルーブル美術館に行き、1時間で出てくる人間もいるし、1日では足りないと感じる人間もいる。ルーブル美術館の滞在時間は人それぞれであり、たとえGPTで、2時間、次はオルセイ美術館1時間といった計画が立てられたとしても、あくまで参考に留まるしかない。

AIに対してどのような入力をするのかにしても、出力結果をどのように活用するのかにしても、結局は、一人一人の人間が「考える」ことが必要になる。

少なくとも「私」という個人に関することに関して、AIは決して「私」の代わりに考えてくれるものではない。この世にたった一人しかいない「私」に相応しいことを考えうるのは、「私」だけなのだ。
その意味で、「考える力」を養うことは、今後とも必要であり続ける。

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考える力と書くこと ChatGPTと人間の思考 1/2

「考える力」は、大学入試だけではなく、企業でも必要とされ、現代人にもっとも求められる能力の一つだと見なされている。
そのためなのか、ネットをググると、考える力をつけるための方法を提案するサイトが数多く出てくる。
その中には、疑問を持つことが考える力をつけるきっかけになると書きながら、その提案自体に疑問を持つことは想定せず、ハウツー本を紹介しているものまである。

大学入試で「考える力」が問われるとしたら、入試問題に正しく答えることが、その能力の証明になる。
そこで面白いのが、最近話題のChatGPT。
人口知能(AI)による自然言語処理システムだが、ある調査によると、アメリカの一つの大学の入学試験問題を回答させたところBランクで合格、医師免許試験でも弁護士資格試験でも合格の判定結果が出たという。
また、日本の大学入試共通テストの英語では、80%近い正解率が得られたという報告もある。
人口「知能」なのだから当たり前かもしれないが、AIには「考える力」があることになる。

興味深いことに、日本の教育では、ある時期、「詰め込み教育」の反動から、知識よりも考える力と言われ、「ゆとり教育」が実践された。
現在では、脱ゆとり教育という名目で、学習量の増加を図りながら、子供への負担の増加という印象を与えるのを避けるためなのか、「生きる力を育む」といった方針がとられている。
こうした変遷を通して明らかになるのは、現在の日本でも、知識と思考は対立するという意識がおぼろげにでも存在し続けていること。
例えば、「知識」と「知恵」は違うなどという表現に、「知識vs考える力」の構図が透けて見える。

ところが、AIでは膨大なデータを入力し、そこから質問の回答を導き出す。
もしデータがなければ何も出力されないし、データが少なければ不正確な回答が出てくる可能性が高い。
AIの「考える力」の根本にあるのは、データ=知識なのだ。
逆に言えば、ビックデータ(大量の知識)こそが考える力の源泉であり、知識量が増加すれば考えた結果の正確性も増す。

そうしたことを前提にしながら、最初に、考える力と知識の関係について考え、次に、データ量でははるかに劣る人間が書くことによって思考力を高められるのではないか、といったことを考えてみよう。

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インフルエンサーの情報規制

ソーシャルメディアで流す情報に関する規制がないために、どんな情報でも流し、それをそのまま信じる人間もいる。そのために、内容を規制する法律が出来つつあるというニュース。

Réseaux sociaux : le business des influenceurs mieux encadré

Des publicités pour l’alcool, des jeux d’argent et des paris en ligne en toute impunité. Jusqu’ici, rien ou presque ne limitait ces abus sur les réseaux sociaux.
De la promotion cachée à l’arnaque à grande échelle, les risques pouvaient être sérieux, car les 150 000 influenceurs recensés en France cumulent des millions de vues. Et derrière les écrans, un public parfois fragile.

Désormais, le marketing d’influence va devoir se réguler.
“Il s’agit ici de protéger le consommateur, parce qu’en particulier chez les jeunes, ils n’ont aucun moyen de savoir si les produits et les services recommandés par les influenceurs sont de bonne ou de mauvaise qualité “, explique Stéphanie Laporte, experte des réseaux sociaux.

Les publicités pour de l’alcool devront respecter les mêmes règles que pour la télévision. La promotion de la chirurgie esthétique sera interdite, de même pour le tabac. Interdit aussi d’utiliser des filtres qui améliorent artificiellement le visage lorsque l’on fait la promotion d’une crème par exemple.

「百聞は一見にしかず」が通用しない時代

どんな映像でもAIで瞬時に出来てしまい、最近では、ドナルド・トランプが逮捕されたという映像が流れ、多くの人が信じたというニュース。

Les génératrices d’images

Récemment, les ordinateurs ont fabriqué des images tellement réalistes que de nombreux internautes se sont fait avoir.
Par exemple, Donald Trump est arrêté de force par la police, il résiste, son fils s’interpose, mais rien n’y fait, l’ex président américain finit en prison.
Ce roman-photo en 50 épisodes à de quoi convaincre, d’autant que Donald Trump lui-même a annoncé son arrestation. Résultat, plus de cinq millions de vues pour ces images en deux jours.
Évidemment, tout est faux.

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