マラルメ 牧神の午後 Mallarmé L’après-midi d’un faune 3/6 原初のラ音を求めて

第23行目から、牧神は突然シチリア島にある沼地の岸辺に話しかける。
シチリア島は、長靴の形をしたイタリアの先端に位置し、ギリシア文明との関係が深く、古代文明を彩る神話の世界を連想させる。

Ô bords siciliens d’un calme marécage
Qu’à l’envi des soleils ma vanité saccage,
Tacites sous les fleurs d’étincelles, CONTEZ

おお、静かな沼の、シチリア島の岸辺、
そこを、太陽と競い合い、おれの虚栄心が荒廃させる、
キラキラと輝く花々の下で黙りこんでいる岸辺よ、”次のように語ってくれ”、

(朗読は1分53秒から)
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マラルメ 牧神の午後 Mallarmé L’après-midi d’un faune 2/6 人工のインスピレーション

牧神は、8行目から22行目にかけて、夢で見たニンフについて具体的に語り始める。
その内容は二つに分かれ、8-13行では、泉と風よる五感の刺激から二人のニンフが生まれたのだと空想する。しかし、14-22行ではその考えを否定し、牧神の持つ笛(ma flûte)の二つの管から発する音=息吹に思いをはせる。

こうした考察を開始する8行目の詩句は、前の4音節(Réfléchisson)と続く8音節と分断され、その間に「余白」が挿入されている。

Réfléchissons…

                        ou si les femmes dont tu gloses
Figurent un souhait de tes sens fabuleux !
Faune, l’illusion s’échappe des yeux bleus
Et froids, comme une source en pleurs, de la plus chaste :
Mais, l’autre tout soupirs, dis-tu qu’elle contraste
Comme brise du jour chaude dans ta toison ?

よく考えてみよう・・・

                              もしもお前の悪く言う女たちが
お前の驚くべき感覚の願望を形にしているのだとしたら!
牧神よ、幻が逃れ出ていく 青く
冷たい目から、涙の泉のように、このうえなく清らかな女の目から。
だが、もう一人の女はため息ばかり、お前はこう言うのか? 彼女は対照をなす、
日中の風のように、お前の体毛の中で熱を発する風のように、と。

(朗読は、46秒から)
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マラルメ 牧神の午後 Mallarmé L’après-midi d’un faune 1/6 詩という音楽

ステファン・マラルメの「牧神の午後 田園詩(L’Après-midi d’un faune / Églogue)」は、1876年にエドワード・マネの挿絵入りで出版され、1894年にはクロード・ドビュッシーが「牧神の午後への前奏曲」を作曲した。
そうした状況は、この詩が、言語の持つ絵画性と音楽性の結晶であることを明かしている。

この田園詩(églogue)は、一人の牧神(un faune)の独白だけで構成されている。その牧神は、二人のニンフの夢を見ていたような感覚を抱きながら、今まさに目覚めようとしている。

その夢は、辺りを取り囲むバラの花々から生まれたのか? 冷たい泉と温かいそよ風に刺戟された五感の官能による幻影なのか?
そうした半ば目覚め半ば眠った状態で思い描く映像が、音楽性豊かな詩句によって語られていく。
その詩句は、「音楽から富を取り戻す」ことを熱望したマラルメの主張の実例だといえる。

実際のところ、マラルメの詩句はフランス語を母語とする読者でも理解するのが難しく、それ以外の読者が読むためには非常に大きな困難が伴う。あまりに難しくて、途中で投げ出したくなることもある。
しかし、翻訳では、詩句の音楽性を感じる喜びを味わうことは、決してできない。
分からないことがあったとしても、フランス語でマラルメの詩を読み、言葉1つ1つを掘り下げながら、同時に言葉の音楽を聞く体験は、努力の報いとして十分なものだ(と思う)。

まず最初に、牧神の独白の最初の3行を読んで見よう。
12音節からなる詩句の区切りを「余白」が強調することで、3行が5行になっていることがはっきりと示され、視覚的にもリズムが強く刻まれることに気づくだろう。

Le Faune


Ces nymphes, je les veux perpétuer.

                      Si clair,
Leur incarnat léger, qu’il voltige dans l’air
Assoupi de sommeils touffus.

              Aimai-je un rêve ?

牧神


あのニンフたちを、永遠のものにしたい。
               
                  あんなに明るい、
彼女たちの軽やかな肉体の色、それが空中をひらひらと舞う
生い茂る夢でまどろむ空中を。

               おれは一つの夢を愛したのか?

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明治維新を挟んで 同じ年に生まれて 作家や画家など

  明治天皇

1868年の明治維新後、政府は江戸幕府の政治を大きく転換し、近代化政策を押し進めた。
1870年には平民に苗字を名乗ることを許し、1871年には斬髪、廃刀を1872年には洋服の着用を推進。それと同時に、教育制度も改革し、学制を定め、東京師範学校を創立した。

明治時代の文芸や絵画はこうした近代化の影響を大きく受けているが、その一方で、初期には江戸時代の漢学の素養が強く残っていた。
実際、明治の初期に活躍した人々は江戸時代に生まれ、漢籍をすらすらと読むことができる最後の世代であり、西洋文明が流入する中で、二つの文明の葛藤を真正面から受け止めた人々だった。
森鴎外と夏目漱石はその代表的存在に他ならない。

明治維新後に誕生した世代の文学者は芸術家たちは、江戸時代の教育の影響が前の世代よりも弱く、葛藤の度合いが少なくなっているように思われる。
そうした中で、年代的には、西郷隆盛の死で終わる西南戦争の明治10(1878)年と、大日本帝国憲法が発布される明治22(1889)年を区切りと考えてみたい。

彼らを年順に並べていくと、面白いことに気づく。
同じ時代に生まれていても、私たちにとって、遠い過去の存在と感じられる作家や思想家がいる一方で、もっと身近な存在と感じられることもある。
その違いは、死亡した年の違いに由来するようだ。例えば、1912年に死んだ石川啄木と1965年に死んだ谷崎潤一郎が、同じ年(1886年)の生まれだとは感じられない。

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明治維新の主役たち 同じ年に生まれて

現在の日本で常識と思われていることは、明治維新の時代に採用された政策に基づいていることが多い。
日本人の根底に流れる精神性は古代から断絶がないかもしれないが、生活様式や世界観の面では明治時代に大転換があり、それが現在まで続いている。

江戸時代の末期、幕府に反対する勢力は、「尊皇攘夷」、つまり、幕府の上に天皇を置き、外国勢力を排除し鎖国を続ける政策を主張した。
ところが彼らが権力を掌握するや否や、欧米列強に対抗するため、国家の近代化を推し進めた。文明開化、富国強兵、脱亜入欧、等々。
日本をアジアではなく、アメリカやヨーロッパに近づけようとする思想や政策は、征韓論、日清戦争、日ロ戦争へとつながる。

こうした流れは、第二次世界大戦後においてほぼ反復される。
太平洋戦争において「鬼畜米英」という標語でアメリカと戦った日本は、敗戦直後から、明治維新の「攘夷」論者たちと同じように、アメリカに対する姿勢を一転させた。
そして、「富国」政策を取り、1970-80年代にはジャパン・アズ・ナンバーワンと言われるまでの経済成長を遂げ、現在でもG7(アメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本)に入るアジア唯一の国という表現がなされるように、「脱亜入欧」意識は残っている。(その表現は、日本がアジアに属するというよりも、欧米の一員であるかのような意識を暗に示すと考えられる。)

明治維新後と第二次世界大戦後の並行関係に気づくと、今の日本の状況を知るために、江戸から明治にかけての歴史に興味が湧いてくる。

ここでは、明治維新で主要な役割を果たした人物たちを出生年順に列挙してみよう。
同じ年代に生まれることは、類似した教育を受け、一つの時代精神を知らず知らずのうちに身に付けることにつながる。それに同化するか反発するかは、各個人の資質の違いによる。

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元号について

現在の日本人にとって、天皇が即位すると新しい元号になること、つまり「一世一元制」が当たり前になっている。そのために、日本では昔から「一世一元制」が定着していたような錯覚に陥ることがある。

そこで、元号使用の始まりから現在までの変遷を簡単に振り返ってみよう。

(1)元号の使用開始

日本で元号が始めて使われたのは、西暦645年、「大化の改新」の時だった。

その年、中大兄皇子と中臣鎌足は皇極天皇を退位させ、皇極天皇の弟を孝徳天皇として即位させ、豪族を中心とした政治から天皇中心の政治へと体制を変革した。
その際に、「日本」という国名と「天皇」という名称、そして「大化」という元号が定められた。

元号は、唐の制度を取り入れたもので、暦の日、月、年に特定の区切りを与え、「時の支配者」の存在を人々に意識づけるために役立ったに違いない。

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ランボー 「錯乱1 愚かな乙女」 Rimbaud «Délires I Vierge folle» 5/5 錯乱から昇天へ

告白の最後の部分に至り、愚かな乙女は再び地獄の夫の行動に言及し、その後、彼の言葉をそのまま繰り返す。

  « S’il m’expliquait ses tristesses, les comprendrais-je plus que ses railleries ? Il m’attaque, il passe des heures à me faire honte de tout ce qui m’a pu toucher au monde, et s’indigne si je pleure.
    « ― Tu vois cet élégant jeune homme, entrant dans la belle et calme maison : il s’appelle Duval, Dufour, Armand, Maurice, que sais-je ? Une femme s’est dévouée à aimer ce méchant idiot : elle est morte, c’est certes une sainte au ciel, à présent. Tu me feras mourir comme il a fait mourir cette femme. C’est notre sort, à nous, cœurs charitables… »

 もしあの人があの人の悲しみの数々を説明してくれるとしても、私がそれを理解できるでしょうか、あの人の嘲り以上に? あの人は私を攻撃し、この世で私の琴線に触れる可能性のあるもの全てを、何時間もかけて恥ずかしいと思わせるようします。そして、私が泣くと、腹を立てるのです。
 「ーー ほら、あのエレガントな若者、きれいで静かな家に入っていくだろ。名前はデュヴァルか、デュフールか、アルマンか、モーリス、そんな感じかな。一人の女があの無能なアホをどうしようもなく愛した。で、彼女は死んじまった。今じゃ、天国で聖女になってるだろうよ。お前も俺を死なせることになる、あいつが女を死なせたみたいにさ。それが俺たちの運命なんだ、慈悲の心を持った俺たちのな。」

(朗読は12分50秒から)
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アンヌ・二ヴァ(Anne Nivat) ロシアとウクライナ紛争の事実を伝えるジャーナリストのインタヴュー

アンヌ・ニヴァ(Anne Nivat)は、チェチェン、イラク、アフガニスタンなどの戦争を取材したジャーナリスト。
彼女は英語、ドイツ語、イタリア語、チェチェン語、ポーランド語、アラビア語を使いこなすだけではなく、両親がロシア関係の専門家だったためにロシア語が堪能で、ロシアとウクライナの戦争の取材にもあたっている。

インタヴューの中で、司会のヤン・ヴァルテス(Yann Barthès)が、今回のウクライナでの戦争の特色は何かと質問したのに対して、彼女はまず最初に、「戦争はみんな同じ。罪のない若者が死んでいる。」と答えている。
これが戦争の第一の現実なのだ。

その上で、今回の戦争の特色は、情報戦争(guerre informationnelle)だという。

彼女は、その情報戦の一方の視点に偏ることなく、現場の事実を事実として伝えようとする。
以下のURLでインタヴューを見ることができる。

https://www.tf1.fr/tmc/quotidien-avec-yann-barthes/videos/invitee-anne-nivat-analyse-la-guerre-en-ukraine-partie-1-15257307.html

https://www.tf1.fr/tmc/quotidien-avec-yann-barthes/videos/invitee-anne-nivat-analyse-la-guerre-en-ukraine-partie-2-76038157.html

ランボー 「錯乱1 愚かな乙女」 Rimbaud «Délires I Vierge folle» 4/5 悲しい楽園

愚かな乙女は、地獄の夫に捉えられた囚人のようだったと語った後、不安を抱えながらも彼女なりに幸福を感じていた様子を口にする。

 « Ainsi, mon chagrin se renouvelant sans cesse, et me trouvant plus égarée à mes yeux, ― comme à tous les yeux qui auraient voulu me fixer, si je n’eusse été condamnée pour jamais à l’oubli de tous ! ― j’avais de plus en plus faim de sa bonté. Avec ses baisers et ses étreintes amies, c’était bien un ciel, un sombre ciel, où j’entrais, et où j’aurais voulu être laissée, pauvre, sourde, muette, aveugle. Déjà j’en prenais l’habitude. Je nous voyais comme deux bons enfants, libres de se promener dans le Paradis de tristesse. Nous nous accordions. Bien émus, nous travaillions ensemble.

「そんな風にして、私の悲しみは絶えずぶり返し、自分の目から見てもますます道を踏み外していきました。ーー 私のことをじっと見つめようとしたかもしれないみんなの目からも、同じように見えたことでしょう、もし私が永遠にみんなから忘れられるという刑を宣告されていなければ! ーー 私はますますあの人の思いやりに飢えていきました。口づけや愛情のこもった抱擁があれば、天国でした。暗黒の天国です。私はそこに入りました。できれば、そこに取り残され、哀れで、耳が聞こえず、口がきけず、目が見えないでいられたらと思いました。そうしたことにはもう慣れていたのです。私には、私たち二人が善良な子供のように見えました。悲しい「楽園」を散歩する自由もありました。私たちはわかり合っていました。とても嬉しくて、一緒に働きました。

(朗読は9分0秒から。)
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