ミシェル・ウエルベックの現代フランス観

ミシェル・ウエルベックの小説は日本でもかなり翻訳されていて、それなりの数の読者もいる。他方、彼の政治的な発言が話題になることはあまりないようだ。

ウエルベックと類似した思想を持つ言論人の一部は、マスコミで盛んに、フランスの衰退、市民戦争、フランス人に代わりイスラム教徒(彼らもフランス人なのだが・・・)が国の多数を占めるなどといったことを話題にしている。ウエルベックは、もう少しニュアンスに富んだレトリックで、同じ問題をイギリスのインタヴューに応えたというニュース。

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読書と演奏 芸術は人間を根本から支える

読書は誰にでもできる行為。しかし、良い読書をすることは難しい。

読書に良いも悪いもない。それぞれの読者が感じること、考えることが大切なのであり、それに対して優劣をつけるのは意味がないし、傲慢でさえある。
そうした考えが、現代において普通に流通している言葉だろう。

ある意味では民主的で、個人を大切にしたように思えるそうした考え方は、読書感想文と密接につながっている。
読書において大切なのは「感想」。情景を思い浮かべ、登場人物について思うことを書き、感動したことを素直に述べる。

最近では、こうしたことさえも重視されず、実用性を重んじる傾向が強まっている。
文部科学省の「大学入試および高等学校指導要領の『国語』改革」に従い、高校では文学の勉強をせずに、実用文に重きを置いた教育をすることになったという。
感想さえも必要なく、主観性を排除して客観的に意味を解読することが求められる時代。

こうした時代の日本にあって、「芸術は人間を根本から支える」などという言葉はまったく意味をなさないのかもしれない。
この表現は、小澤征爾と大江健三郎の対談集『同じ年に生まれて 音楽、文学が僕らをつくった』(中公文庫、2004年)の中で、大江が提示したもの。
二人の芸術家(指揮者と小説家)の言葉を辿っていると、読書とは音楽の演奏と同様の体験だということがわかり、質(クオリティー)の高低があることがわかってくる。

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現代的情報発信と問題解決の困難さ イスラエルとパレスチナの戦闘

2021年の4月からパレスチナとイスラエル間の戦闘が激しさを増し、5月には双方が爆撃する映像が日本でも流れている。

現代では大手マスコミのニュース以上に、個人的な発信が重要な意味を持ち始めていることが、別の視点から見えてくる。例えば、Tiktokを使った情報発信。
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アイデンティティの捉え方がもたらす社会問題

精神分析学者エリサベート・ルディスコが、 2021年3月10日のQuotidienに招かれ、 アイデンティティについて話している内容は、フランスの社会問題を考える上で大変に興味深い。
1)精神分析は役に立つのか。立つとしたら何の役に立つのか。
2)現代のアイデンティティの捉え方がもたらす社会の問題

Elisabeth Roudinesco interroge les dérives identitaires
Elisabeth Roudinesco est historienne et psychanalyste. Autrice de grands livres de référence sur Jacques Lacan et Sigmund Freud, figure de la gauche française, engagée dans la lutte contre le colonialisme, l’antisémitisme et l’homophobie, elle publie cette année « Soi-même comme un roi ». Un essai sur les dérives identitaires de nos sociétés. 

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中国におけるコロナウィルスの現状 2020年12月 Pékin, une vie loin du virus ?

アメリカやヨーロッパだけではなく、アジアでもコロナウィルスの影響は続いている。その一方で、中国ではすでにコロナ以後の生活に入っていることを示す映像。
こうした映像と日本の今を比べると、自由であるがゆえにコロナの収束に時間のかかる状況を前にして、自由の難しさを考えさせられる。

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日本語の特色と普段の話題

日本語には面白い特色があるが、その中のあるものは、人間関係に影響を及ぼし、会話の中身そのものに直接かかわっている。

様々な場所で、人の噂話をしたり、芸能人ネタや恋バナで盛り上がり、時間を忘れるほどになる。
仲の良い友だちの間なら、人の悪口もいいネタになったりする。

もちろん、こうした話題はどんな言語でも話されるに違いない。
しかし、日本語には、こうした話題をすることで、ある目的を達しやすくする特色があるらしい。
『私家版 日本語文法』の著者、井上ひさしは、そうした特色を「自分定めと縄張りづくり」「ナカマとヨソモノ」と表現している。

結論を言ってしまえば、私たちがよくする会話は、ナカマ意識の確認と、もう一つ付け加えれば、自己愛の保証、その二つを暗黙の目的としているのではないかと考えられる。

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表現の自由と宗教の問題 Liberté d’expression et religions

イスラム教の創始者ムハンマドの風刺画を授業の中で見せた教師が殺害されるという事件が起きた時、フランスでは「表現の自由(liberté d’expression)」と「世俗主義(laïcité)」が強く主張され、マクロン大統領もこの二点は譲ることができないという立場を明確に表明した。

それに対して、イスラムの国々では強い反発が起き、フランス製品の不買運動や反フランスのデモが続いている。
また、カナダのトルドー首相は、表現の自由は重要だがある程度の限度があると、ニュアンスを持たせた発言をした。

日本的な感性では、トルドー首相の発言が最も賛同しやすい。それに対して、テロ事件が起こるきっかけを作るような風刺画を擁護し、表現の自由を強く主張するマクロン大統領の主張は理解しにくいし、賛同を得られにくい。

なぜフランスは表現の自由をこれほど強く擁護し、なぜ日本的な感性は「ある程度の制限」はしかたがないと感じるのだろう。

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ドナルド・トランプ的思考 言葉のズレと1枚のルノワール

ドナルド・トランプの思考がどのように働くのか、フランスの政治ジャーナリストが、大統領選挙直後の彼の言葉の分析を通して紹介している。

彼の勝利宣言のような言葉は、以下の通り。
”We were getting ready to win this election. Frankly, we did win this election.”

ready to winでは勝利の準備ができているだけで、勝利していない。しかし、その後、すぐに続けて、we dit winと勝利にしてしまう。
こうして、彼の頭の中では、まだ実際に起こっていない事柄が事実に変わってしまう。
そして、その飛躍を可能にするのは、ただ一つの言葉、Frankly。「率直に言えば」という言葉を挟み、思いが現実へ変わってしまう。少なくとも、彼の頭の中では。

彼がいくらファクト・チェックを受けてもファクトだと認めないのは、こうした彼の言葉の使い方にあるという分析は、とても興味深い。

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