ボードレール 「小さな老婆たち」 Baudelaire « Les Petites Vieilles » 1/5

「小さな老婆たち(Les Petites Vieilles)」は、「七人の老人(Les Sept vieillards)」と共に、ボードレールが1869年9月にビクトル・ユゴーに送った詩。
その際、二つの詩には「パリの亡霊たち(Fantômes parisiens)」という総題が与えられていた。

その手紙の中で、ボードレールはとりわけ「小さな老婆たち」に関して、次のように書いている。

二番目の詩(「小さな老婆たち」)は、「あなたを模倣することを目指して」書いたものです。(私のうぬぼれを笑って下さい。自分でも笑っています。)あなたの詩集から何編かを読み返しました。素晴らしい慈悲の心が、感動的な親密さと混ざり合っているものです。私は時々、絵画展で、惨めな画学生が巨匠の作品を模写するのを見てきました。巧みに描かれたものも、稚拙なものもありました。でも、彼らの模写の中に、彼らの知らないうちに、時に、彼ら自身の性質に由来する何かが含まれていることがありました。優れたもののことも、卑俗なこともありました。

ここでボードレールは、「模倣」にも、模倣した人間の「性質(nature)」が反映すると考えていることがわかる。
としたら、ユゴーの詩の模倣の試みである「小さな老婆たち」にも、ボードレールの気質の反映が見られるはずであり、それが1860年前後のボードレールという詩人の特質になっているかもしれない。

「模倣」について考えるために、絵画の例を見ておこう。

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ボードレール 「七人の老人」 Baudelaire « Les Sept Vieillards » 2/2

「七人の老人」の後半、第8詩節からは、老人の数が増え始める。そして、不思議な雰囲気が漂うようになる。
(朗読は1分45秒から)

Son pareil le suivait : // barbe, oeil, dos, bâton, loques,
Nul trait ne distinguait, // du même enfer venu,
Ce jumeau centenaire, // et ces spectres baroques
Marchaient du même pas // vers un but inconnu.

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ボードレール 「七人の老人」 Baudelaire « Les Sept Vieillards » 1/2

シャルル・ボードレールは1859年5月の手紙の中で、「パリの亡霊たち(Fantômes parisiens)」と題され、その後「七人の老人(Les Sept Vieillards)」という題名を与えられる詩について、新しく試みている連作の最初のものであり、これまで詩に定められてきた限界を超えるのに成功したと記している。

それは、1857年に出版した『悪の華(Les Fleurs du mal)』が裁判で有罪を宣告され、6編の詩が削除を命じされた後、第2版の出版に向け、新しい詩を模索している時のことだった。

4行詩が13節連ねられ、全部で52行から成る「七人の老人」は、前半の7詩節と後半の6詩節に分けて理解することができる。
前半は、パリの情景と一人の老人の出現。
後半は、その老人が7人にも8人にも見える幻覚症状。

詩法としては、一行の詩句や一つの詩節に意味を収めることとされてきた伝統的な詩法に対して、新しい詩を模索するボードレールは、あえて意味と詩句の対応を破壊した。すると、そのズレた部分が詩句のリズムを変え、特定の言葉にスポットライトを当てることになる。

内容的には、「美は常に奇妙なもの」とか「美は常に人を驚かす」とするボードレールの美学が、「七人の老人」の中で具現化されていると考えることができる。

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「ボヴァリー夫人は私(Madame Bovary, c’est moi)」は本当にフロベールの言葉?

『ボヴァリー夫人』に関する文章を読んでいると、フロベールが「ボヴァリー夫人は私(Madame Bovary, c’est moi.)」と書いたとか、質問に答えて言ったと、至る所に書かれている。しかし、はっきりした根拠が示されることはあまりない。

ルーアン大学にあるフロベール・センターを統括するイヴァン・ルクレール教授が、インタヴューの中で、その言葉の由来について語っている。

フロベール『ボヴァリー夫人』 文章の音楽性

2021年は、1821年生まれたのギュスターヴ・フロベールの生誕200年の年だった。そこで数多くの催しが開催されたが、一つのテレビ番組の中で、『ボヴァリー夫人』の文章の音楽的な美しさを感じるために俳優が抜粋を朗読し、ピアニストがショパンの「 夜想曲 第20番 嬰ハ短調 遺作」 を演奏する場面があった。
こうした例は、フランスでは、詩だけではなく、小説においても、文章の音楽性が重要であることを示している。

ボードレール 白鳥 Baudelaire Le Cygne モデルニテの詩 2/2

第1部では、「古いパリはもはや存在しない。(町の形は/変わってしまう、ああ! 人の心よりももっと早く。)」という確認がなされた後、古いパリの姿が心の中に描き出され、「過去」に対するメランコリックな憧れが強く表出された。

第2部でも、「パリは変わりつつある!」と、時間の経過とともに過去が失われ、全てが変わってしまうという考察が最初に取り上げられる。
しかし、第1部とは違い、「私」の意識は過去に向かうのではなく、現在に留まり続ける。つまり、「私は考えている(Je pense)」という行為そのものに焦点が絞られる。

第1詩節ではその原理が開示され、続く詩節からは具体例が示されていく。

(朗読は1分45秒から)

II

Paris change ! mais rien dans ma mélancolie
N’a bougé ! palais neufs, échafaudages, blocs,
Vieux faubourgs, tout pour moi devient allégorie,
Et mes chers souvenirs sont plus lourds que des rocs.

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ボードレール 白鳥 Baudelaire Le Cygne モデルニテの詩 1/2

シャルル・ボードレール(Charles Baudelaire)の「白鳥(Le Cygne)」について、最も優れたボードレール研究者だったクロード・ピショワは、ボードレールの詩の中で、そしてフランス詩の中で、最も美しいものの一つと断言している。

その詩の書かれた1859年頃、パリは変貌を遂げつつあった。
1850年くらいから古い街並みが壊され、新しい街並みが生まれつつあった。「白鳥」は、そうした変貌を背景にし、まさに変わりつつあるルーブル宮のカルーゼル広場を歩きながら、一羽の白鳥の姿を想い描く。その姿を通して、社会も人間の心も文化も芸術も、全てが新しい時代へと移行していく「今」を捉え、「美」を抽出する。

その変化は、ボードレールの詩においては、19世紀前半のロマン主義的なものから、19世紀後半のモデルニテと呼ばれるものへの移行でもあった。こう言ってよければ、美の源泉が、「ここにないもの(過去、夢、内面、地方、自然など)へのメランコリックな憧れ」から、「今という瞬間=永遠」へと変わっていく。その流れを主導したのが、ボードレールだった。

ここではまず、現在ではルーブル美術館の入り口としてガラスのピラミッドが立てられているカルーゼル広場に関して、変貌前(1846年)と変貌後(1860年)の姿を確認しておこう。

広場の中心あたりにはカルーゼル門が立っていることは変わらない。しかし、1846年にはその奥にごちゃごちゃと立ち並んでいた建物群があるが、1860年の絵画ではきれいに取り払われている。その違いをはっきりと見て取ることができる。

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2022年1月15日 モリエール生誕400年

モリエールは、1622年1月15日に生まれ。2022年1月15日は、彼の生誕400年にあたる。
そのことは文化省(Ministère de la Culture)のホームページにも記され、今年一年、モリエール関係の様々な催しが予定されている。
https://www.culture.gouv.fr/Actualites/400e-anniversaire-Moliere-notre-contemporain

フランスでは今でもモリエールの芝居が数多く上演され、400年前に書かれた言葉のまま人々に理解され、親しまれている。
1622年と言えば、日本では江戸時代の初期。当時の言葉は今では理解が難しいことを考えると、現代のフランス語が17世紀にほぼ出来上がっていたことが理解できる。

また、一人の作家が大きなイベントとして扱われることは、文化(culture)が現在でもフランス社会の中で意義を保っていることを示しているといってもいいだろう。

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ボードレール 人工楽園 Baudelaire Paradis artificiels 主観と客観の一体化

ボードレールの『人工楽園』は、人を酔わせる物質、ワイン、ハシッシュ、アヘンによる幻覚作用が心身に及ぼす効果について詳細に描いているのだが、その中心にあるには、「私」という主体が、対象となる客体と一体化する経験だといえる。

私たちでも、ある機会に何かに没頭して、我を忘れる時がある。その時には、「私」が何かをしているという意識もないし、対象となるものに対する意識もない。それは忘我の状態であり、時間意識も空間意識もなく、その状態が終わった後で、夢中になっていたとか、あっという間だったとか思い返し、最高に幸せな体験として感じることになる。

酒や麻薬は、忘我とはいえないが、意識が飛んで自分を失った状態を、物質によって人工的に作り出す可能性がある。ボードレールにとっての最高の手段は「詩(ポエジー)」であるが、薬物の作用を分析することは、最高の「酔い」である「恍惚(エクスターズ)」を理解する助けだったと考えていいだろう。

「私」と「客体」が一つになると感じられる体験に関して、『人工楽園』の中では、二つの箇所で触れられている。

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ボードレール 「虚無の味」 Baudelaire Le Goût du néant 無の中の動

19世紀の後半、フランス文学の中で、「虚無(néant)」という言葉が独特の魅力を帯びるようになる。そのことは、古代ギリシアから続く価値観になんらかの変化が起こりつつあったことを示している。

ヨーロッパ文化の中で、古代ギリシア以来、肯定的な価値を持つのは、「存在(être)」であり、「全(tout)」や「生(vie)」などの概念だった。他方、その対極にある「無(rien)」や「空(vide)」といった概念は、否定的に捉えられてきた。

ボードレールは、1859年に発表した詩の題名を、« Le Goût du néant »とした。
« goût »という単語は本来「味わう行為」や「味」を意味し、そこから、味わう物に対する「好み」を意味するようにもなった。
さらには、« bon goût »(よき趣味)という使用法からも伺えるように、美学的なセンスを含意することもある。
従って、詩の題名は、「虚無の味」というだけではなく、「虚無に対する好み」、あるいは「虚無を美的に捉えるセンス」という意味に理解することもできる。
そのように理解した場合には、ボードレールが「虚無」に美的な価値を与えたとも考えられる。

私たち日本の読者にとって興味深いのは、東洋の文化において「無の思想」は馴染み深いものであり、「虚無の味」をフランス人よりも抵抗なく味わうことができる可能性があることである。
つまり、ヨーロッパ的な感性では否定的としか見なされない状態を「ゼロ」と見なし、そのゼロ地点を「創造の源」として捉える視点を提示できるのではないか。
そんな可能性を意識しながら、« Le Goût du néant »を読んでみよう。

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