絵画を見る目のレッスン 1/2

「見る」ことはごく普通のことでありながら、実はとても難しい。実際には多様なものを見ているのだが、見ているものが何か分かると、そこで終わってしまうことが多い。

次の3枚の絵画は、ほぼ同じ時期に、三人の画家によって描かれた。
(1)と(2)では、同じ時に同じ場所でほぼ同じ対象(母子など)が描かれている。(3)のモデルも同じ女性。

プロの画家がもしモデルを忠実に再現しようとしたのであれば、3枚にそれほど違いはないはずである。しかし、私たちの目は違いをはっきりと捉える。
そのことは、絵画の目的が、写真と違い、ありのままの姿を再現することではないことを示している。「本物そっくり!」と絵の前で驚くことは、誉め言葉にならない。

絵画1枚1枚には特有の表現があり、表現そのものを「見る」ことが、絵画を見ることである。
3枚の絵は同じ表現様式を共有している画家たちによって描かれているために、かなり似ているのだが、しかし三人の画家にはそれぞれのタッチがあり、どこか違っている。
「何が」描かれているか以上に、「どのように」描かれているかを「見る」ことが、私たちの目のレッスンになる。

続きを読む

プラトン的二元論から一次元的世界観(現前性)への大転換

19世紀の後半、ヨーロッパでは世界観の大きな転換があり、古代ギリシアのプラトンに始まり、ルネサンスを通して19世紀前半まで続いてきた世界観が大きく揺らぎ始めた。

フランスでは、その転換点に、シャルル・ボードレール、ギュスターヴ・フロベール、エドワール・マネたちが位置していた。
彼らの作品は、自分たちの時代の事物や出来事をテーマとして選択したが、その再現を目的とするのではなかった。
むしろ現実の再現を止め、現実から自立し、作品自体が現実とでもいえるものの創造を目指した。

端的に言えば、そこで生成されつつあったのは、現実とフィクションの区別をするのではなく、フィクションも一つの生命を有する現実と見なす一次元的世界観だった。

その大転換を理解するために、プラトニスムの転倒を企て、それに苦しみ、最後は狂気に陥った哲学者ニーチェについて書かれたマルティン・ハイデッガーの文章を読んでみたい。

続きを読む

マネ 「草上の昼食」 現前性の絵画 Manet et la peinture de la présence

1863年に「落選者展」に展示されたマネの「草上の昼食」は、服を着た二人の男性の横にヌードの女性がリアルに描かれ、スキャンダルを巻き起こした絵画として知られている。

それまでのヌードは、女神やニンフといった人間を超えた存在として描かれ、美の典型を象徴するものとして認められてきた。
それに対して、マネのヌードは、普通の公園の中、理想化されない姿で女性の裸体が描かれている。その主題の選択が、ヨーロッパ絵画の伝統に反することは確かである。

しかし、主題の選択とは全く違う次元で、「草上の昼食」は新しい世界観、芸術観が誕生しつつあった証となる作品もある。

それまでの芸術では、例えば宗教画であれば、聖書などに物語が記され、その物語を描くものだった。つまり、絵画の意味はすでに存在し、それを再現して描くことが目的とされていた。
シャルル・ボードレールが、「古代の生活は多くを表象した(La vie ancienne représentait beaucoup.)」というのは、そのことを指している。
「表象réprésenter」とは「re(再び)- présent(現在)」にするという意味であり、「再び」という言葉が、すでに存在したものの再現であることを示している。

それに対して、モネの絵画は、「再び」ではなく、「今・ここの表現」であり、その意味で、「現前性(présence)」の絵画と呼ぶことができる。

続きを読む

アントワーヌ・ヴィールツ 「キリストの埋葬」 Antoine Wiertz  Christ au tombeau

アントワーヌ・ヴィールツ(1806-1865)の描く「キリストの埋葬」は、独特の魅力で見る者に迫ってくる。

中央のパネルに描かれているのが、「キリストの埋葬」であることはすぐにわかる。
では、左右のパネルに描かれているのは、誰だろう?

続きを読む

イヴ・サン・ローランと絵画

1962年にイヴ・サン・ローラン(Yves Saint Laurent)が最初のファッションショーを開いてから60年を記念して、2022年にパリの6つの美術館 ー ピカソ美術館、オルセイ美術館、現代美術美術館、ポンピドー・センター、ルーブル美術館、サン・ローラン美術館 ー で彼の作品が展示されている。

YVES SAINT LAURENT AUX MUSÉES célèbre le 60e anniversaire du premier défilé d’Yves Saint Laurent. Le couturier, tout juste âgé de 26 ans, signe le 29 janvier 1962 sa première collection sous son propre nom.

続きを読む

モナリザの贋作が競売に

17世紀に作成されたモナリザの贋作が競売にかけられるというニュース。本物から1世紀後に描かれた偽物なので、現在の本物の状態よりも本物の色彩に近いかもしれないということで、どれだけの価格で落札されるのだろう。

Une copie de la Joconde aux enchères

続きを読む

ルノワール イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像 モデルと絵画の数奇な運命

ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像」は素晴らしく美しい。
この絵画のモデルとなった女性を映像で見ることができるだけではなく、彼女がこの絵を好きでなかったこと、彼女が結婚したカモンド家のこと、子供たちのこと、ナチスに奪われた絵が戦争の後彼女の元に戻されたこと、そして、その絵を彼女が売ってしまったことなど、本当に色々なことがわかる番組。

続きを読む

古典主義絵画の美意識 2/2 ロレーヌ公国出身の画家 ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥール、クロード・ロラン

ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥール(1593-1652)とクロード・ロラン、本名クロード・ジュレ(1600あるいは1604-5-1682)は、ほぼ同じ時期に、ロレーヌ公国の小さな村で生まれた。
ラ・トゥールのヴィック・シュル・セーユも、クロードのシャマーニュも、ナンシーから車で30−40分の場所に位置している。

二人とも比較的貧しい環境で育ったが、画家として、一人は故郷に留まり、もう一人はイタリアで大半の時を過ごした。

彼らの絵画は光の効果によって特徴付けられるという共通点を持っているのだが、表現法は全く違っている。
「大工の聖ヨセフ」と「夕日の港」を並べてみると、その差は歴然としている。一方には強烈な明暗のコントラストがあり、他方には拡散する光がある。

ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥールの美は深い精神性を、クロード・ロランの美は穏やかな抒情性を、見る者に届けてくれる。

続きを読む