プランタンのショーウインドーで毎年行われる動くデコレーションが始まったというニュース。
モナリザの贋作が競売に
17世紀に作成されたモナリザの贋作が競売にかけられるというニュース。本物から1世紀後に描かれた偽物なので、現在の本物の状態よりも本物の色彩に近いかもしれないということで、どれだけの価格で落札されるのだろう。
Une copie de la Joconde aux enchères
続きを読むディープフェイク映像
AIを使ってどんな映像でも作り出すことができるようになると、視覚上は本物とコピーの区別が付かない映像がネット上に流れ、様々な問題が起きる可能性があるというニュース。
“Deepfake” : comment les identifier ?
続きを読むヴィクトル・ユゴー 『ノートルダム・ド・パリ』 ー ロマン主義的創造主 2/3

ヴィクトル・ユゴーが1831年に出版した『ノートルダム・ド・パリ』について語る時、忘れてはいけない一つの事実がある。それは、ユゴーの小説がノートルダム寺院の復興のために果たした役割。
フランス革命の間に破壊や略奪にあった大聖堂は、ワインの貯蔵庫として使われたことさえあり、19世紀の初めにおいても荒れ果てたままの状態にあった。
1804年、ナポレオンの戴冠式のため、外観が石灰で白く塗られたり、破壊の跡を隠す装飾が多少施されたが、式典が終わった後で完全に取り壊すことも検討されたという。
そうした状態が続く中、ユゴーが小説の舞台として、もっと言えば小説の主人公として、ノートルダム寺院に脚光を当てた。
その小説が大変な人気を博したために、復興の気運が高まり、建築家ヴィオレ・ル・デュクを中心に、1845年から1863年にかけて復興工事が行われ、2019年4月の火災の前まで見られたような優美な姿を取り戻すことができた。
(ただし、ヴィオレ・ル・デュクは、中世の聖堂そのままの姿ではなく、19世紀から見た中世建築の要素を付け加えた。中央にそびえる塔がその象徴。)
従って、ノートルダム大聖堂が生命を取り戻したのは、『ノートルダム・ド・パリ』という小説のおかげだといえる。
小説が出版された直後の1832年、ジェラール・ド・ネルヴァルは「ノートルダム・ド・パリ」と題した詩の中で、次のように綴った。
地球上の全ての国の人々が
この厳めしい廃墟を見るためにやってくるだろう
夢見がちに、ユゴーの本を読み返しながら。
2024年のパリ・オリンピックに間に合うことを目指して、急ピッチで復旧工事が行われている現実は、ネルヴァルの予言が実現したことを示している。ただし、廃墟ではなく、壮麗な姿を取り戻すであろう大聖堂を、人々は賞賛するだろう。




COP26 環境問題の難しさ
環境問題を話し合う国際会議COP26は重要な会議ですが、参加した国家の首脳たちを乗せた飛行機は400機に上り、13.000トンのCO2を排出したという。こうした矛盾は、環境問題の難しさを如実に物語っているといっていいだろう。
120 dirigeants du monde d’entier se réunissent en ce moment à la COP26, la grande conférence pour le climat, à Glasgow, en Écosse. Tous veulent montrer qu’ils se soucient de l’avenir de la planète, mais tous ou presque ont fait le déplacement en… jets privés. 400 avions ont atterri en Écosse depuis le début de la conférence, ce qui équivaut à 13 000 tonnes de CO2.
オバマ元大統領の雄弁術
バラク・オバマ元大統領は素晴らしく雄弁で、彼の演説に多くの人々が魅了された。
歌手のと共著で『Born in the USA』という本が出版された機会に、彼の雄弁術の秘訣が簡単に分析されている。
摩耶山 秋の上野道
ヴィクトル・ユゴー ロマン主義的創造主 1/3 対立するものの共存と光への渇望

19世紀を代表する文学者、あるいはフランス文学を代表する作家は誰か? その問いをフランス人に投げかけると、多くの人は「ヴィクトル・ユゴー」と答えるだろう。
ヴィクトル・ユゴーは1802年に生まれ、1885年に死を迎えるまで、19世紀のほぼ全ての時代を生き抜いた。
しかも、20歳の頃にロマン主義運動の先頭に立って以来、詩、演劇、小説、評論、旅行記、日記、さらに絵画や政治に至るまで、多角的な活動を続けた。
83歳で死亡した時には国葬が行われ、凱旋門からパンテオンに続く沿道には200万の人々が詰めかけるほどの人気を博した。
21世紀、彼の作品の中では、『レ・ミゼラブル』と『ノートルダム・ド・パリ』という二つの小説が演劇、ミュージカル、アニメーションなどで頻繁に取り上げられ、世界中で絶大な人気を博している。
日本では、明治35-36年(1902-1903)に、『レ・ミゼラブル』が『噫無情(ああむじょう)』という題名で翻案され、さらに銀の燭台のエピソードが教科書に取り上げられるなどして、ジャン・ヴァルジャンの名前とともに、ヴィクトル・ユゴーの名前が広く知られるようになった。
他方、フランスにおいては、現在でもユゴーは詩人としての認知度が高い。
実際、詩人としての天分に恵まれ、インスピレーションだけではなく、テクニックの面でも、圧倒的な力を発揮した。
フランスのロマン主義に関して、絵画におけるドラクロワの存在が、文学においてはヴィクトル・ユゴーにあたると言ってもいいだろう。

灯台
そうしたユゴーの膨大な作品群を貫く一つの核を探り出すのは困難だが、ユゴー自身がカスケ諸島の灯台を描いた1枚の絵画が、彼の精神性を最も端的に象徴しているのではないか、と考えてみたい。
画面の中央には一本の長い階段が位置し、下から上へと伸びている。
灯台の下は暗い闇に包まれ、右手の海上にでは一艘の船が帆を傾け、今にも沈みそうな様子をしている。
上方には格子のはまった窓があり、その回りには雲が立ちこめている。その全体が暗いが、しかし、窓の回りは明るい光で照らされている。
階段自体も全体的には闇に包まれているが、しかし、中央の部分は明るく見え、窓から光が差し込んでいる様子が窺われる。
ルノワール イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像 モデルと絵画の数奇な運命
ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像」は素晴らしく美しい。
この絵画のモデルとなった女性を映像で見ることができるだけではなく、彼女がこの絵を好きでなかったこと、彼女が結婚したカモンド家のこと、子供たちのこと、ナチスに奪われた絵が戦争の後彼女の元に戻されたこと、そして、その絵を彼女が売ってしまったことなど、本当に色々なことがわかる番組。
