マラルメ 「シャルル・ボードレールの墓」 Sthépane Mallarmé « Le Tombeau de Charles Baudelaire » 2/3 

「シャルル・ボードレールの墓」の第2詩節の冒頭では、ガス灯に言及される。その後、ガス灯の光が照らし出すある存在にスポットライトが当たる。それをマラルメは「一つの永遠の恥骨(un immortel pubis)」と呼ぶ。

その二つの言葉の組み合わせは、ボードレールの詩的世界では、パリの街角に立つ娼婦を連想させる。
実際、「夕べの黄昏(Le Crépuscule du soir)」には、次のような一節がある。

À travers les lueurs que tourmente le vent
La Prostitution s’allume dans les rues ;
Comme une fourmilière elle ouvre ses issues ;
Partout elle se fraye un occulte chemin, (…).

風が苦しめる街灯の光を通して、
「売春」が、あらゆる道で火を灯す。
蟻塚(ありづか)のように、出口を開ける。
至るところで、隠された道を作る。(後略)           
                   
(参照:ボードレール 夕べの黄昏 (韻文詩) Baudelaire Le Crépuscule du soir 闇のパリを詩で描く

マラルメは、こうしたボードレールの世界を参照しながら、以下の4行詩を書いたに違いない。

Ou que le gaz récent torde la mèche louche
Essuyeuse on le sait des opprobres subis
Il allume hagard un immortel pubis
Dont le vol selon le réverbère découche

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アポリネール 「ゾーン」 Guillaume Apollinaire « Zone » 新しい精神の詩 2/7 キュビスムとモデルニテ

「ゾーン(Zone)」は新しい精神(Esprit nouveau)に基づく詩の宣言として、アポリネールが詩集『アルコール(Alcools)』(1913)の冒頭に置いた詩であり、実際、19世紀後半のボードレールやマラルメ、その流れを汲むポール・ヴァレリーの詩と比べても、「新しさ」を感じさせる。

ここでは、7行目から14行目まで、そして15行目から24行目までの二つの詩節を読み、アポリネールが彼の生きている時代の素材をどのように詩の中に取り込んでいったのか見ていこう。

Seul en Europe tu n’es pas antique ô Christianisme
L’Européen le plus moderne c’est vous Pape Pie X
Et toi que les fenêtres observent la honte te retient
D’entrer dans une église et de t’y confesser ce matin
Tu lis les prospectus les catalogues les affiches qui chantent tout haut
Voilà la poésie ce matin et pour la prose il y a les journaux
Il y a les livraisons à 25 centimes pleines d’aventures policières
Portraits des grands hommes et mille titres divers            (v. 7-14)

ヨーロッパでただ一人、お前は古くさくない おお キリスト教よ
もっとも近代的なヨーロッパ人 それはあなた 教皇ピウス10世です
そして お前を窓たちが見張っている 恥がお前を捉え
教会の中に入いり 告解をしないようにする 今朝
お前が読むのは 広告 カタログ ポスター それらは大きな声で歌っている
そこに詩がある 今朝 そして 散文としては 新聞がある
25サンティームの週刊誌がある 刑事事件が満載だ
偉人たちの肖像もある 数多くのタイトルがついた三面記事もある

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ボードレール 「現代生活の画家」 Baudelaire Le Peintre de la vie moderne モデルニテについて — 生(Vie)の美学

1863年に発表された「現代生活の画家(Le Peintre de la vie moderne)」の中で、シャルル・ボードレールは、「モデルニテ(Modernité)」という概念を提示し、現代の美は「移り変わるもの」と「永遠性」の二つの側面からなるという説明をした。

 Il s’agit, (…), de dégager de la mode ce qu’elle peut contenir de poétique dans l’historique, de tirer l’éternel du transitoire.

問題は、(中略)、モードから、歴史の中でそのモードが含む詩的なもの全てを、一時的なものから永遠なものを、取り出すことである。

最も簡単な言い方をすれば、モデルニテとは、自分たちの時代の服や生活習慣など「すぐに変化してしまう現代的(モダン)な主題」を取り上げ、古代の美に匹敵する「普遍的で永遠の美」を作り出す、という美学だといえる。

この二重性を持つ美の概念は、「1846年のサロン」の最終章「現代生活の英雄性」においても言及されていた。

Toutes les beautés contiennent, comme tous les phénomènes possibles, quelque chose d’éternel et quelque chose de transitoire, — d’absolu et de particulier.

あらゆる美は、潜在的な全ての現象と同じように、永遠なものと束の間のもの、— 絶対的なものと個別的なものを内蔵している。
https://bohemegalante.com/2020/08/29/baudelaire-heroisme-de-la-vie-moderne-salon-1846/

では、1846年と1860年前後という二つの時期で、ボードレールの美意識に変化はなかったのだろうか?

こうした問題意識は、一般的な読者にとってはあまり意味がないと思われるのだが、少し専門的にボードレールについて調べてみると、どうしても気になってくる。

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ボードレール 群衆 Baudelaire « Les Foules » 都市 群衆 モデルニテの美

Edouard Manet, La Musique aux Tuileries

ある時代に当たり前だったことが、ある時から当たり前ではなくなることがある。そして、新しい当たり前が出来上がると、前の時代に当たり前だったことが何か忘れられてしまう。

現代の都市に住む私たちにとって、隣人さえ知らないことがあり、同じ町内の人を知らないなど当たり前すぎる。町内の人をみんな知っている方が驚きだ。

では、小さな村に住んでいるとしたら、どうだろう。今でもみんな知り合いで、会えば必ず挨拶する。一言二言言葉を交わし、家族のことを聞いたりするかもしれない。人間的な触れあいのあるコミュニティ。暖かくもあれば、鬱陶しくもある。
その中に知らない人間が入ってくれば、異邦人であり、侵入者と見なされる。未知は恐怖の対象になる。

Honoré Daumier, Les Trains de plaisir

フランスでは18世紀末の大革命の後、急激に産業化が進み、都市に大量の人々が流入した。パリでは人口が50万人から100万人に倍増したといわれている。

そうした中で、「当たり前」の大変革が起こった。
自分の住む場所が、「知り合いの町」から「未知の人々の都市」へと変化し、一人一人が「特定の名前を持った個人」から「不特定多数で匿名の存在」にすぎなくなる。

21世紀には当たり前の匿名性が、19世紀前半から半ばにかけては驚くべきことだった。だからこそ、作家や画家たちは、新しい事態に直面し、驚き、作品のテーマとした。
ホフマン、バルザック、トマス・ド・クインシー、エドガー・ポー、ドーミエ、コンスタンタン・ギーズ等々。

1861年、シャルル・ボードレールも、彼らに倣い、パリという大都市にうごめく人々を、「群衆(Les Foules)」のテーマとして取り上げた。群衆という言葉自体、非人称で誰とは同定できない、不特定多数の人間の集合体を指す。
ボードレールはパリの町を歩き回り、群衆の中に紛れ込む。

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ボードレール 「通り過ぎた女(ひと)へ」 Baudelaire « À une passante » 儚さと永遠と

「通り過ぎた女(ひと)へ」の中で、詩人は、雑踏の中ですれ違った女性を思い返し、もう二度と会うことはないであろう彼女に向けて呼びかける。

Constantin Guys, Vanité

その女性が象徴するのは、一瞬のうちに通り過ぎる、儚く、束の間の美。一瞬の雷光。

同時に、その美は心の中に刻まれ、決して消えることはない。それは、永遠に留まる神秘的な美。

こうした、一瞬で消え去りながら、同時に永遠に留まるという美の二重性を、ボードレールはモデルニテ(現代性)の美と呼び、その典型をコンスタンタン・ギースの絵画に見出した。

「通り過ぎた女(ひと)へ」は、モデルニテ美学のエンブレムとなる、十四行のソネット。

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