マラルメ 「苦い休息にうんざり(・・・)」 Mallarmé « Las de l’amer repos [..] » 新しい芸術と日本

ポール・クローデルが、優れた日本文学論「日本文学散歩(Une promenade à travers la littérature japonaise)」の冒頭で、2つのフランス詩を、極東精神の精髄を感知するための序曲として引用している。

一つがステファン・マラルメの「苦い休息にうんざり(・・・)」。
もう一つがポール・ヴェルレーヌの「カエルのように重く、鳥のように軽い(Lourd comme un crapaud, léger comme un oiseau)」。
https://bohemegalante.com/2019/08/28/verlaine-ourd-comme-un-crapaud-leger-comme-un-oiseau/

ここでは、マラルメの「苦い休息にうんざり」を読んでみよう。
この詩は最初1866年に『高踏派詩集(Le Parnasse contempoarin)』に出版され、それまでの詩から、彼が目指す新しい詩への転換点を示していた。

クローデルは、その新しい詩を宣言する詩句だけを引用し、東洋精神、日本文学の序章として相応しいと考えた。
従って、19世紀後半のフランス詩と東洋的精神の間に何らかに関係を読み取ることもできるだろう。

最初の10行では、それまでの詩が否定される。

Las de l’amer repos où ma paresse offense
Une gloire pour qui jadis j’ai fui l’enfance
Adorable des bois de roses sous l’azur
Naturel, et plus las sept fois du pacte dur
De creuser par veillée une fosse nouvelle
Dans le terrain avare et froid de ma cervelle,
Fossoyeur sans pitié pour la stérilité,
— Que dire à cette Aurore, ô Rêves, visité
Par les roses, quand, peur de ses roses livides,
Le vaste cimetière unira les trous vides ? —

苦い休息にうんざりだ。私の倦怠が栄光を傷つける。
その栄光のために、かつて私は、幼年期を逃れたのだった、
自然な蒼穹の下にある、愛すべき、バラの茂みの幼年期を。
今やその七倍もうんざりだ、あの断固とした契約に。
夜を徹し、新しい穴を掘る契約、
私の脳髄という、冷たく貪欲な地面に、
情け容赦なく、不毛を目指して穴を掘る男として。
—— おお、夢たちよ、あの「曙」に、私は何と言えばいいのか?
バラたちが私を訪れる時には、鈍色のバラを恐れ、
巨大な墓地が、空虚な穴と穴を結び付けていくだろう。 ——

1860年代後半、多くの詩人たちはボードレールの影響下にあり、マラルメもその一人だった。
彼等にとって、詩作は苦悩と結びつき、夜を徹して、自己の脳髄を掘り続ける、墓堀り人の仕事に等しかった。

マラルメは、「苦い休息にうんざり」の最初に、子ども時代を自然な蒼穹の時代とし、バラの茂みに満ちた、黄金時代のように見做している。
その時代に、子どもの詩人は、栄光を目指し、虚しい時間を過ごした。

成長した詩人は、今、何も書けない、不毛の苦悩の中で、何もしないことにうんざりしていると告白する。子ども時代の7倍もうんざりしている、と。(v. 4.)

彼は夜を徹して、脳髄の墓堀をしているのだ。
そして、夜が明けるとき、曙に何と言おうか考えている。
朝になれば、掘られた墓穴は埋められ、そこからバラの花が咲くことはないだろう。なぜらな、その花は鉛色であり、美しいバラが咲くことはないのだから。

マラルメは、こうした言葉で、現状の詩のあり方を批判した。


11行目からは、これまでの詩に対して、新しい詩への思いが述べられる。

Je veux délaisser l’Art vorace d’un pays
Cruel, et, souriant aux reproches vieillis
Que me font mes amis, le passé, le génie,
Et ma lampe qui sait pourtant mon agonie,
Imiter le Chinois au cœur limpide et fin
De qui l’extase pure est de peindre la fin
Sur ses tasses de neige à la lune ravie
D’une bizarre fleur qui parfume sa vie
Transparente, la fleur qu’il a sentie, enfant,
Au filigrane bleu de l’âme se greffant.

私は捨ててしまいたい、残忍で貪欲な「芸術」を。
そして、古びた非難、
友人や過去、天才からの、
私の苦悩を知るランプからの非難に、微笑みながら、
透明で、繊細な心を持つあの中国人を模倣したい。
彼の純粋な恍惚は、最期を描くことだ、
月の光に心を奪われた、雪の白さの茶碗の上に、
透明な彼の生命を香らせる、一輪の奇妙な花の最期を描くこと。
子どもの頃、彼が感じた、あの花、
魂の青い透かし細工に接ぎ木された花の最期を。

まず最初に、残酷な国の貪欲な芸術という表現で、これまでの詩や芸術を非難する。
そして、過去、天才、ランプ、死の苦悶といった言葉がちりばめられた芸術の概念には、微笑みで答えたいと言う。

詩人が望むのは、中国人を模倣すること。
クローデルは、中国人という言葉を、あの芸術家(cet artiste)に置き換え、中国だけではなく、日本までも含めている。

では、それはどのような作品なのか。

まず、苦悩(mon agonie)に対して、透明で繊細な心(le cœur limpide et fin)。
キャンバスは、月の光に恍惚とした純白の茶碗。
描く対象は花。
奇妙で(bizarre)、生(vie)に香りを与える(parfumer)。そして、それを描くことが恍惚(extase)を生み出すという記述は、ボードレールの悪の花(=詩)を思わせる。
しかし、花にはさらに説明が加えられ、魂の青い透かし細工に接ぎ木され、子ども時代に感じたものだという記述がなされる。
ここでは、苦悩ではなく、透明な繊細さに焦点が当てられている。

そうした記述からは、マラルメが詩の対象とする花が、墓穴の上に咲くのではなく、透かし細工に飾られているような印象を与える。
その透かしの間から垣間見えるのは、虚無だろうか?
絶望の虚無ではなく、全ての源としての無。とすれば、それは東洋的な精神に近い。

21行目では死に言及され、22行目では、風景を描くときの詩人のあり方に注意が集まる。

Et, la mort telle avec le seul rêve du sage,
Serein, je vais choisir un jeune paysage
Que je peindrais encor sur les tasses, distrait.

そして、死。賢者の唯一の夢と共にある、あるがままの死。
穏やかに、私は若々しい風景を選ぶことにする。
その景色を再び茶碗の上に描くだろう、気もそぞろに。

死を賢者として、静かに受け入れることも、東洋的叡智といえるかもしれない。
風景を描く態度として、まずは、穏やか(serein)であると言われる。
そして、選んだ若々しい風景を茶碗の上に描くときには、気もそぞろ(distrait)とされる。
花の最期を描いても、死を前にしても、諦観を持って受け入れる。

こうした解釈が、マラルメの理解として正当かどうかはわからない。しかしクローデルがそのように理解した可能性は否定できないだろう。でなければ、この詩節を日本文学紹介の冒頭で紹介することはしないはずである。

24行目から最終の28行目までは、一本の線、一つの三日月を中心にして、最初の事物(=無)が、表現の中心でありうることを示している。

Une ligne d’azur mince et pâle serait
Un lac, parmi le ciel de porcelaine nue,
Un clair croissant perdu par une blanche nue
Trempe sa corne calme en la glace des eaux,
Non loin de trois grands cils d’émeraude, roseaux.

細く、青白い、一筋の蒼穹の線が、
湖になるだろう、素の陶器の空の間で、
鮮やかな三日月が、白い雲に隠され、
その穏やかな角を、水の鏡の中に浸す、
遠くないところには、エメラルドの巨大な三本の睫。葦だ。

細い一本の線が、湖を表現する。
三日月が水面の映る。
それは、水墨画や山水画の世界の対応すると考えてもいいだろう。

ただし、マラルメは、ヨーロッパの詩人であって、日本の俳人ではない。
そこで、どうしても言葉を費やすことになる。
細い(mince)、青白い(pâle)、素(裸, nu)、明るい(clair)、隠れた(失われた perdu)、白い(blanche)、穏やかな(calme)、等。
これらは、事物を飾り立てるのではなく、静謐な印象を生み出す方向に向かっている。

睫も数多くあるのではなく、三本だけ。
そして、巨大なエメラルドの睫から葦へと向かう。

充満から虚無へ。
マラルメが目指した新しい芸術は、こうしたものだろう。

マラルメが、19世紀の後半にとりわけフランスで流行したジャポニスムからどの程度影響を受けていたのかどうかはわからない。
しかし、彼が目指した新しい芸術や詩が、中国や日本の精神性を体現した芸術と、何らかの対応関係があると考えることはできるだろう。
クローデルはその証言者だといえる。

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