ボードレール 「旅への誘い」 Baudelaire « L’invitation au voyage » その3 散文詩(2/2)

Pieter Janssens Elinga, Interior with Painter, Woman Reading and Maid Sweeping

第6詩節では、室内の様子が絵画的に描きだされる。
ワルツへの招待に倣って言えば、絵画への招待。

 Sur des panneaux luisants, ou sur des cuirs dorés et d’une richesse sombre, vivent discrètement des peintures béates, calmes et profondes, comme les âmes des artistes qui les créèrent. (以下録音の続き)Les soleils couchants, qui colorent si richement la salle à manger ou le salon, sont tamisés par de belles étoffes ou par ces hautes fenêtres ouvragées que le plomb divise en nombreux compartiments. Les meubles sont vastes, curieux, bizarres, armés de serrures et de secrets comme des âmes raffinées. Les miroirs, les métaux, les étoffes, l’orfèvrerie et la faïence y jouent pour les yeux une symphonie muette et mystérieuse ; et de toutes choses, de tous les coins, des fissures des tiroirs et des plis des étoffes s’échappe un parfum singulier, un revenez-y de Sumatra, qui est comme l’âme de l’appartement.

輝く壁の板や、黄金色と豊かな闇の入り交じった皮の上では、静かで深みがある至福の絵画が、ひっそりと息づいている。食堂やサロンを豊かに染め上げる夕日は、美しいカーテンや細工を施された高窓を通って、柔らかな光を投げかけている。その高窓は、鉛の枠で数多くの部分に分割されている。家具は巨大で、奇妙で、興味を惹かれるもの。鍵穴と隠し戸棚が備えられている。ちょうど洗練された魂のように。鏡、金属が、布地が、金銀細工が、陶磁器が、目に対して、無音の不思議なシンフォニーを奏でている。全ての物、全ての角、引き出しの隙間、布の折れ目から、独特の香りが漏れ出す。その「スマトラから戻っておいで」の香りは、この部屋の魂のよう。

韻文詩「旅への誘い」でも、旅先の部屋には輝く家具があり、花と琥珀の香りに満たされ、天井も鏡も含め、全てが魂に故郷の言葉を語りかけていた。
その部屋は、視覚と臭覚と聴覚が豊かに響き合う共感覚の時空間であり、魂の故郷だった。

散文詩では、記述がより具体的になり、修辞学の用語で言えば Hypotypose(イポティポーズ)、つまり、「現実の場面を甦らせるような生き生きとした描写」になっている。

ボードレールの年代のフランスでは、オランダ絵画への興味が強まった時期があった。ボードレールもそうした流行に無関心ではなかっただろう。
描写の中であえて「絵画」という言葉を使っているところから見ると、もしかすると第6詩節の詩句は、実際の絵画を記述するEkphrasis(エクフラシス)、つまり「絵画作品の描写」なのかもしれない。
ボードレールは美術批評家でもあり、彼の美術評論の中で、実際に絵画の描写を数多くおこなっている。

Pieter de Hooch, Family portrait in an opulent interior
Gerrit Dou, Femme à sa toilette
Gabriel Metsu, Homme écrivant une lettre

絵画を描き出し、視覚に訴えかけた上で、ボードレールは共感覚の時空間を生み出すために、音楽と香りを共存させる。
視覚的に配置された部屋の全てが、オーケストラの楽器のようにシンフォニーを奏でる。
そして、全ての隙間や折り目から香りで流れ出、臭覚を刺激する。

詩人はここであえて、「スマトラから戻っておいで」という名前の香水の名前を挙げている。
本当にそんな名前の香水があったのかどうか、わからない。しかし、「戻る」という動詞の入ったこの名前は、詩の最後を予告する暗示になっている。
ちなみに、芥川龍之介はこの名称を「スマトラの忘れな草」としている。その方が訳としては美しい。
が、ボードレールは「私を忘れないで」ではなく、「無限から戻る」ことを詩のテーマにしている。

戻ることの重要性は、その香水が、「部屋の魂のよう(comme l’âme de l’appartement)」と言われることからも、推測することができる。
共感覚の時空間は、魂なのだ。
魂が洗練されていれば、美しく細工の施された表現の奥に、人の目から遠ざけられている秘密の隠し戸棚がある。

家具と香水に「魂」という比喩が使われるのは、どうしてだろう。
オランダ絵画のように描き出された空間が、単に北の国の市民生活の再現というだけではない。
それが魂の姿だということは、そこが共感覚の世界であることを打ち明けているということである。

実は、ここに描かれた絵画は、それらを描いた画家たちの魂(les âmes des artistes)の表現であることが、最初から明記されていた。

このように、魂のよう(comme)という直喩によって、絵画も、家具も、香水も、共感覚を展開する魂の表現であることが示されている。

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