テオフィル・ゴーティエ 浜辺にて Théophile Gautier Au bord de la mer 詩は絵のように ut pictura poesis 

テオフィル・ゴーティエは若い頃絵画を志したこともあり、視覚に訴える、絵画的な詩を書くことがあった。

絵画と詩の関係は、古代ローマのホラティウスの『詩法(Ars poetica)』の中で、« ut pictura poesis »(詩は絵画のように)という表現で定式化され、古典主義詩論で重視された。
詩は言葉を話さない絵画、絵画は無言の詩。
詩と絵画は同じテーマを扱い、同じ目的を持つという芸術論は、とりわけルネサンスの時代以降に重視された。

「浜辺にて(Au bord de la mer)」でも、海の上に差しかかる月が、扇のイメージを中心した美しい絵画として描かれている。

Au bord de la mer

La lune de ses mains distraites
A laissé choir, du haut de l’air,
Son grand éventail à paillettes
Sur le bleu tapis de la mer.

         浜辺にて

月は、うっかりとした手で、
落としてしまった、空の上から、
スパンコールで飾られた大きな扇を、
真っ青な海の絨毯の上に。

ここに描き出されているのは、月の光が青い海に差しかかる光景。

詩人は、海上に広がる月の光を、大きな扇(grand éventail)と捉える。
月は、その扇を持っていた女性。
彼女は気もそぞろで、うっかりと(distraites)、手から(de ses mains)、扇を落としてしまう(laissé choir)。
落ちた先は、青い絨毯(bleu tapis)の上。

海辺の月の風景を描く絵画でありながら、言葉の力によって、女性の室内を連想させる。

Alfred Stevens, Chez soi

Pour le ravoir elle se penche
Et tend son beau bras argenté ;
Mais l’éventail fuit sa main blanche,
Par le flot qui passe emporté.

扇を取り戻すため、月は身を屈め、
美しい銀色の腕を伸ばす。
しかし、扇は白い手から逃れ、
流れ去る浪に運ばれていく。

月が沈みかけ、海面に近づくにつて、光は長く伸びる。
この4行の詩句は、その場面を描く、言葉による絵画ともいえる。
ut pictura poeisisの伝統。

その上で、美しい銀色の腕、白い手と言葉を重ね、月の描写を通して女性の姿を暗示する。

Au gouffre amer pour te le rendre,
Lune, j’irais bien me jeter,
Si tu voulais du ciel descendre,
Au ciel si je pouvais monter !

あなたに扇を返すため、激しい深淵に、
月よ、私は喜んで身を投げるだろう、
もしあなたが、空から下りてきてくれるのなら。
空に行くだろう、もし私が昇っていけるのなら。

第3詩節では、月(Lune)に対する直接の呼びかけが行われる。
月は擬人化され、詩人は彼女に向けてこう告げる。
扇を取り戻す(te le rendre)ために、海に穿たれた深淵(gouffre amer)に身を投げる(me jeter)覚悟がある、と。

その言葉は、条件法(j’irais)で書かれているが、現実とは反対の事柄を前提にしているのではなく、月に対する憧れの気持ちを表している。
あなた(tu=lune)が、空から下りてきてくれるなら、私は深淵に身を投げる。
si tu voulais…, j’irais….
この条件法は、空から下りてきてもらえないかもしれないけれど、もしできることなら、という気持ちを表している。それほどあなたは私の手の届かないところにいる存在なのです、という気持ち。

そして最後に、もう一つの不可能性を口にする。
もし「私」が空に昇っていく(monter au ciel)ことができるのであれば。
その言葉も、月(=あなた)は私の手の届かない高みにいるということを前提にしている。

従って、siが導く2つの仮定は、どちらも、月が絶対的な高みにいることを示し、愛する女性をその高みに置き、崇めている気持ちを表している。

月と女性を重ね合わせた描写をすることで、美しい月の風景から愛する人のイメージを浮かび上がらせ、最後に月(=あなた)に愛の告白をする。
詩の絵画性が愛する人の美を歌い、深淵と空の距離が愛の深さを暗示する。
「浜辺にて」は、詩は絵画のようにという伝統的な詩の概念に基づいた、単純だけれど美しい恋愛詩だといえる。

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