テオフィル・ゴーティエ 浜辺にて Théophile Gautier Au bord de la mer 詩は絵のように ut pictura poesis 

テオフィル・ゴーティエは若い頃絵画を志したこともあり、視覚に訴える、絵画的な詩を書くことがあった。

絵画と詩の関係は、古代ローマのホラティウスの『詩法(Ars poetica)』の中で、« ut pictura poesis »(詩は絵画のように)という表現で定式化され、古典主義詩論で重視された。
詩は言葉を話さない絵画、絵画は無言の詩。
詩と絵画は同じテーマを扱い、同じ目的を持つという芸術論は、とりわけルネサンスの時代以降に重視された。

「浜辺にて(Au bord de la mer)」でも、海の上に差しかかる月が、扇のイメージを中心した美しい絵画として描かれている。

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マラルメ 現れ Mallarmé Apparition 悲しみの香りから香り豊かな星々の白いブーケへ

ステファン・マラルメは、フランス語の詩句の可能性を極限にまで広げた詩人と言われている。
「現れ(Apparition)」は1863年頃に書かれたと推測される初期の詩だが、すでに彼の試みをはっきりと見て取ることができる。

「現れ」で使われる詩句は、12音節(アレクサンドラン)で平韻(AABB)。フランス語の詩句として典型的なもの。
伝統的な枠組みをあえて使うのは、フランス詩に親しんだ読者には、6/6のリズムが体に染みついているからだろう。
日本語であれば、5/7のリズムに匹敵する。

フランス詩では、リズムと意味は対応するのが基本。リズムから逸脱した要素は、意味的に強調される。
マラルメはありふれた型を設定し、その内部で様々な詩的技法を駆使することで、多様なリズム感を持つ美しい詩を作り上げた。
「現れ」は、そうした詩人の試みを体感させてくれる。

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ボードレール 月の悲しみ Baudelaire « Tristesses de la lune » 新しいロマン主義?

1857年、『悪の華(Les Fleurs du mal)』を贈られたフロベールはボードレールに礼状を書き、「あなたはロマン主義を若返らせる(rajeunier le romantisme)方法を見つけたのです。」と詩集全体の総括をした。
さらに続けて、好きな詩の題名を幾つか列挙し、その中で、「月の悲しみ(Tristesses de la lune)」を挙げる。そして、そのソネの第1カトラン(四行詩)の3行目と4行目を引用した。

フロベールは、『ボヴァリー夫人』の中で、エンマのロマン主義的な傾向を揶揄しているように見え、ロマン主義の批判者とも受け取れる。しかし、別の視点から見れば、彼もまた「ロマン主義を若返らせる」方法を模索したと考えることもできる。

では、詩人と小説家が同じ方向に歩みを進めていたとしたら、新しいロマン主義とはどのようなものなのだろうか。

同じ礼状の中で、フロベールはボードレールに、螺鈿(damasquinage)にも似た「言語の繊細さ(délicatesses de langage)」が、『悪の華』の「辛辣さ(apreté)」に価値を与えていて、その辛辣さが好きだと伝える。

エンマのロマン主義で批判の対象になるのは、センチメンタリスム。
それに対比されるのは、夢が消えた後の虚しさ、苦々しい想い、不快さ。一言で言えば、「辛辣さ(apreté)」。
とすれば、若返ったロマン主義は、「螺鈿の言葉を彫琢し、辛辣さから美を生み出す」ものと言えるのではないだろうか。

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