
ピエール・ド・ロンサールが1587年に発表した『エレーヌのためのソネット集(Sonnets pour Hélène)』には、とても皮肉な恋愛詩が収められている。
それが、「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」。
このソネットのベースに流れているのは、「今を享受すること」を主張する思想。だからこそ、詩人は、自分の愛に応えて欲しいと、愛する人に願う。
ロンサールは、ソネットの二つのカトラン(四行詩)と最初のテルセ(三行詩)の中で、動詞の時制が未来形に置かれ、「あなたが年老いた時」のことを描き出す。その時には、あなたの美は失われ、暗い夕べの中で過去を懐かしみ、後悔するだろう、と。
Quand vous serez bien vieille, au soir, à la chandelle,
Assise auprès du feu, dévidant et filant,
Direz, chantant mes vers, en vous émerveillant :
Ronsard me célébrait du temps que j’étais belle.
あなたが年老い、夕べ、燭台の横で、
暖炉の近くに座り、糸をくくり、糸を紡ぐ時、
こう言うことになるでしょう、私の詩句を歌いながら、うっとりとして。
「ロンサールが私を讃えてくれたのでした。私が美しかった時に。」


この第一カトランの中で、ロンサールは、愛する人に向かって、彼女が年老いた時の姿を、具体的に生々しく描き出す。
夕方(au soir)、暗い中で、室内を照らすのは燭台のローソクの光(à la chandelle)だけ。
その空間の中、暖炉の近くに(auprès du feu)座り(assise)、糸車の糸をくくり(dévidant)、糸を紡ぐ(filant)老婆の姿が、くっきりと浮かび上がってくる。

そして、老婆の口から、ロンサール自身のことを語らせる。
その内容は、彼女がまだ美しかった(j’étais belle)時に、ロンサールが詩に歌い、彼女(の美)を賞賛してくれた思い出。
その言葉の中では、半過去形の動詞が使われ、美が失われてしまうことは確実である、という印象を生み出している。
しかも、愛する人自身の口からその言葉を言わせることで、より強く実感を彼女のうちに湧かせることになる。
Lors, vous n’aurez servante oyant telle nouvelle,
Déjà sous le labeur à demi sommeillant,
Qui au bruit de mon nom ne s’aille réveillant,
Bénissant votre nom de louange immortelle.
その時にあなたにお仕えする召使いは、その言葉を耳にし、
すでに仕事で疲れ、半ばうとうとしながら、
ロンサールという名前が耳に入り、目を覚まし、
あなたのお名前を、不滅の賞賛で、祝福するでしょう。

その時、つまり年老いた時、そばに残っているのは召使い(servente)だけになっている場面を、愛する人に想像させる。
召使いも歳を取り、仕事(labeur)に疲れて、半分居眠りをしている(à demi sommeillant)。
そんな中で、ロンサールが私を讃えてくれたというようなあたなの言葉(telle nouvelle)が聞こえてくる(oyant = entendant)と、私の名前が耳に入り(au bruit de mon nom)、目を覚ます(s’aille réveillant)。
ちなみに、現在のフランス語であれば、再帰代名詞の語順はaille se réveillantと、関係する動詞réveillerの直前に置かれる。
また、allerの後に現在分詞が続くと、その動作が進展していることを表す。
構文的には、vous n’aurez servante qui n’aille se réveillant。目を覚まさない召使いはいない、つまり召使いは必ず目を覚ますという意味になる。
最後に、不滅の賞賛(louange immortel)とあるのは、ロンサールが愛する人に捧げた詩を暗示している。
召使いは、目を覚まし、彼の詩を口ずさむ。そのことが、自分の仕える女性の名前(son nom :エレーヌ)を祝福する(bénissant)ことになる。
ロンサールは、ちゃっかりと、自分の詩が不滅のもの、永遠に読み継がれるものだと、アピールしている。
それほど素晴らしい詩をあたなに捧げている私を愛して下さい、と。
Je serai sous la terre et fantôme sans os :
Par les ombres myrteux je prendrai mon repos :
Vous serez au foyer une vieille accroupie,
Regrettant mon amour et votre fier dédain.
Vivez, si m’en croyez, n’attendez à demain :
Cueillez dès aujourd’hui les roses de la vie.
私は地面の下で、骨もない亡霊になっているでしょう。
地獄の闇の中で、休息するでしょう。
あなたは家の中で、体の縮こまった老婆になっているでしょう、
私の愛や、あなた自身のプライドの高い振る舞いを、後悔しながら。
生きて下さい、私を信じるならば、明日を待たないで下さい。
今日すぐに、命のバラの花々を摘んで下さい。

第一テルセ(三行詩)では、私(je)とあたな(vous)を並行関係に置き、二人を待つ未来を対比的に描く。
私はすでに死に(je serai mort)、墓地に埋められている。亡霊(fantôme)になり、骨さえない(sans os)。
地下あるいは地獄(myrteux)の暗い闇の中で(par les ombres)、休息している。
あなたの方はと言えば、まだこの世にいて、老婆になっているだろう(vous serez une vieille)。腰が曲がり(accroupie)、家に(au foyer)ずっといることになるかもしれない。
このように、冒頭の「あなたが年老いる時(Quand vous serez vieille)」とほぼ同じ意味の言葉を繰り返し、さらに「腰が曲がる」という具体的なイメージを描き出す。
そんな風にして、愛する人に自分の年老いた姿を想像させる。
第二テルセに移ると、最初の行では、彼女がそんな時に後悔の念にとらわれるだろうと予測する。
では、何を後悔するのか?
それは、ロンサールから愛されていたのに、その愛に応えなかったこと。
将来思い返した時には、そうした反応は、プライドが高く(fier)、尊大(dédain)に思えるだろうと、愛する男は忠告する。
以上のように、14行の詩句のうち12行までは、年老いた時にどのようになるか、未来の状況が描かれている。
そして、最後の2行で、今、この時に、愛を受け入れて欲しいという願いが伝えられる。

詩人は、まず、自分の言うことを信じてほしいということを、湾曲に伝える。
もし私の言うことを信じてくれるなら(si m’en croyez)、と。(主語のvousが書かれていないのは、16世紀の用法。)
そして、今を生き(vivez)、明日まで待たないで(n’attendez à demain)と懇願する。
大切なのは、今できることは今すること。
そこで、Carpe diem(今の時を掴め)の思想に則り、非常に美しい表現で、唯一の願いが伝えられる。
今日すぐに(dès aujourd’hui)、命の薔薇(les roses de la vie)を摘んで下さい(cueillez)、と。
愛は、生きることであり、命の薔薇なのだ。

ただし、「あなたが年老い、夕べ、燭台の横で」では、愛する人の美が萎れた時の姿を想像させる、皮肉な内容になっている。
その意味では、メメント・モリ(memento mori)、つまり、「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」的な思想に基づいていると考えた方がいいかもしれない。
メメント・モリは、死の舞踏や生の虚しさ(ヴァニタス)と結びつくが、ロンサールは恋愛と結び付けた。そこに、このソネットの面白さがある。
フランス語の解説
19世紀の後半、ロンサールと同じように、恋愛詩にもかかわらず、死の醜い姿を描いた詩人がいる。
名前は、シャルル・ボードレール。
彼の生前にもっともよく知られていた詩は、「腐った屍(Une Charogne)」だった。
その詩の最後の3つの詩節は以下の通り。
ボードレールは、道ばたに転がる犬の屍の姿を描いた後で、愛する女性にこんな風に呼びかける。
— でも、いつか君はこの汚物に似てくるだろう。
このおぞましい汚染源に。
わがの目の星よ、わが自然の太陽よ、
君、わが天使、わが情熱よ!
そうだ! 君はこんな風になるだろう、優美さの女王よ、
臨終の秘蹟の後、
君が、草や肥沃な葉の下で、
骨の間で腐っていく時に。
その時、おお、美しい人よ、ウジ虫に言ってくれ、
口づけで君を食い尽くすウジ虫に、
ぼくは、形象と神聖な本質を保ったのだと、
分解されたぼくの愛の!
https://bohemegalante.com/2019/10/05/baudelaire-une-charogne-poeme-amour-insolite/
ロンサールとボードレールの詩を読み比べると、ルネサンスと19世紀後半の感受性の違いがはっきりと理解できる。
時代が経るに従って、情念をかき立てるためには、過激さが必要になる。
そうした傾向は、21世紀の現代も変わらない。
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