ボードレール 肖像画について 1846年のサロン — 歴史と小説

ボードレールは『1846年のサロン』の中で、肖像画(portrait)を理解するには、二つの様式があるという。一つは歴史、もう一つは小説。
Il y a deux manières de comprendre le portrait, — l’histoire et le roman.

歴史的理解の代表は、例えば、ダヴィッドの「マラーの死」。
小説的理解の代表は、トーマス・ローレンスの「ランプトン少年像」。ルーベンスの「麦わら帽子」も、後者に含まれるかもしれない

1.歴史

歴史の様式とはどのようなものだろう。

L’une est de rendre fidèlement, sévèrement, minutieusement, le contour et le modelé du modèle, ce qui n’exclut pas l’idéalisation, qui consistera pour les naturalistes éclairés à choisir l’attitude la plus caractéristique, celle qui exprime le mieux les habitudes de l’esprit ;

一つの理解の仕方(歴史)は、モデルの輪郭や肉付きを、忠実に、厳密に、詳細に表現することである。しかし、それは、理想化を排除しない。賢明なナチュラリストたちにとっては、最も特徴的な姿勢や最も巧みに精神の習慣を表現する身振りを選択することになるだろう。

まず基本となるのは、モデルを忠実に再現するということ。
ナチュラリスト(naturalistes)とは、空想によって現実を変形したり、空想だけで描くことをしない画家を意味している。

そうした画家が、モデルを多少理想化し、ある部分を強調しても問題ない。
それはあくまでも、モデルの特徴をよりよく表現するためであり、現実を変形することを目的にしてはいない。

ボードレールは、そうした描き方について、もう一歩踏み込んで説明する。

en outre, de savoir donner à chaque détail important une exagération raisonnable, de mettre en lumière tout ce qui est naturellement saillant, accentué et principal, et de négliger ou de fondre dans l’ensemble tout ce qui est insignifiant, ou qui est l’effet d’une dégradation accidentelle.

その上で、重要な細部を理に適った程度に強調する。自然な状態で目立ち、アクセントを置かれ、重要なもの、そうしたもの全てに光を当てる。無意味なもの、たまたま悪化した結果といえるようなもの全てを、無視したり、全体の中に溶け込ませる。

ダヴィッドの「マラーの死」を見ても、非現実的な様子はなく、あたかもマラーの死の場面に立ち会っているかのような印象を受ける。
現実的でありながら、しかも劇的。
その効果は、ボードレールが列挙しているような描き方によって生み出されている。

歴史的理解の代表には、アングルもいる。

2.小説

小説的とはどのようなものだろう。

La seconde méthode, celle particulière aux coloristes, est de faire du portrait un tableau, un poëme avec ses accessoires, plein d’espace et de rêverie.

二番目の方法は、色彩中心の画家に固有のものであり、肖像を1枚の絵とし、付属物が付き、空間や夢想に満ちた一つの詩とする。

肖像画であるからには、モデルは存在する。しかし、小説はフィクションであり、現実の再現ではない。
ボードレールが肖像画を、1枚の絵(un tableau)や一つの詩(un poème)とするのは、描かれた作品が現実に依存するのではなく、それ自体で自立するということを意味している。

Ici l’art est plus difficile, parce qu’il est plus ambitieux. Il faut savoir baigner une tête dans les molles vapeurs d’une chaude atmosphère, ou la faire sortir des profondeurs d’un crépuscule. Ici, l’imagination a une plus grande part, et cependant, comme il arrive souvent que le roman est plus vrai que l’histoire, il arrive aussi qu’un modèle est plus clairement exprimé par le pinceau abondant et facile d’un coloriste que par le crayon d’un dessinateur.

こちらでは、描くのはより難しい。というのも、より高いところを目指すからだ。生暖かい雰囲気のぼんやりとした蒸気の中に頭を浸さなければならない。あるいは、夕闇の深みから頭を出させないといけない。ここでは、想像力が大きな役割を果たす。小説が歴史よりも真実であることがしばしばあるように、モデルがより明確に表現されるのは、線中心の画家のペンによるよりも、色中心の画家のたっぷりとし易々と描く筆による。

最初の方法(歴史)が現実の再現に基づいていたのに対して、小説に関するボードレールの説明はあまりはっきりしない。
どのように?という部分で言われることは、頭を蒸気の中に入れるとか、夕闇から出す、というだけで、それ以上の説明はない。

ボードレールが明言するのは、次の3点。
1)想像力が重要な役割を果たす。
2)小説は歴史よりも真実(vrai)。
3)線ではなく、色が中心を占める。

想像力に関しては、『1859年のサロン』において、ボードレールの絵画論の中心を占めることになる。
1846年の時点では、現実のモデルよりも、画家の魂の中にある超自然(surnaturel)な美の原型に重点が置かれるということを、想像力という言葉で表している、と考えていいだろう。

小説と歴史の真実性については、アリストテレスの詩学の中心を占める問題。
歴史は一回限りの出来事。それに対して、詩は、事実を抽象化したものであり、一般性を持つ。従って、一回性の現実よりも、普遍性を持つフィクションの方が「真実性」を持つ。
その結果、フィクションである小説は、現実の歴史よりも真実ということになる。

線と色の対比に関して、ボードレールは「線中心の画家たちについて(De quelques dessinateurs)」の章で、次のように述べている。

Les purs dessinateurs sont des naturalistes doués d’un sens excellent ; mais ils dessinent par raison, tandis que les coloristes, les grands coloristes, dessinent par tempérament, presque à leur insu. Leur méthode est analogue à la nature ; ils dessinent parce qu’ils colorent, (…).

純粋に線中心で描く画家は、素晴らしい感覚を持ったナリュラリストである。しかし、彼等は理性で素描を描く。一方、色中心の画家、偉大な色彩画家は、ほとんど自分たちでも知らないうちに、気質で素描を描く。彼等の方法は自然と似ている。素描が出来上がるのは、色で描くからだ。

線と色の対比は、理性(raison)と気質(tempérament)の対比と同等だとされる。
そして、気質に導かれ、色中心に描く方法は、自然の方法と同じだと考えられる。色と色の間に線が出来上がる。
逆に、線を使い輪郭を描き、そこに色を塗るのは、不自然な方法だということになる。

モデルを忠実に再現する歴史的方法は、理性的であるが、それだけに留まる。
それに対して、気質を表現する色中心の小説的肖像画は、より高いところを目指している(ambitieux)。

小説的肖像画の代表として、ボードレールは、レンブラントやレイノルズを挙げる。

レイノルズの「ネリ・オブライエンの肖像」の雰囲気も素晴らしいが、とりわけレンブラントの「瞑想する哲学者」からは、現実を超えた超自然な美の原型が強く感じられないだろうか。

こうした美術論は、自分の生きる時代の現実生活を描きながら、それを超えた美を生み出そうとするボードレールの詩の世界に接近する鍵にもなる。

ボードレール 肖像画について 1846年のサロン — 歴史と小説」への1件のフィードバック

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中