日本人の幸福感 Sentiment du bonheur chez les Japonais

日本的な感性は、ごく身近にある、ありふれたものにも幸福を感じるよう、人の心を導く働きをする。

道を歩いていて、ふと目をやると、緑の葉に青や紫の実が見える。
そんな小さな美を目にするだけで、幸せを感じる。

こうした感受性は、古くからの日本的な世界観に由来しているらしい。

加藤周一が『日本文学史序説』の中で、日本化した仏教に関してこんな風に書いている。

大和朝廷が採用した仏教は、はじめからその現世利益の面を強調されていた。僧侶の重要な機能は、国家鎮護・農業のための降雨招来と病気治療のための加持祈祷・寺院における教育であった。

今でも、お寺にいって祈るのは、家内安全、病気の治癒、受験の合格、恋愛の成就等々、現実的な御利益であることが多い。
死後に極楽浄土に行けることを願うことはほとんどないだろう。

日本人は元来、この世を超えた超越的な世界を重視するのではなく、具体的で実際的な考え方をしてきた。
神様にお祈りして願いが叶えば感謝する。しかし、願いが叶えられなければ恨むこともある。
不幸に襲われると、神様がいたとしても何の役に立つんだ! と罵ったりもする。
宗教は現世利益のための手段のようでさえある。

日本的感性が重視するのはごく身近にある現実であり、最も多く気に掛けるのは、共同体(家族、親しい友人のあつまり、会社の同僚)の中で和を乱さないことだったし、今でもそうだろう。
村八分にされると、耐えがたく感じる。
家族に関しても、今の家族だけではなく、ご先祖様も大切にされ、ご先祖様の霊を拝むことも自然に行われる。

現世主義は、日本最古の物語と言われる『竹取物語』にもはっきりと表れている。
この物語の中で月は人間界を超えた超越的世界であり、浄土だと考えられる。かぐや姫は、浄土から地上という穢土(えど)に転落した存在。
その姫を月の死者が迎えに来るとしたら、姫にとっては地上での贖罪を済ませ、天上に戻る喜びの瞬間のはず。
しかし、かぐや姫は悲しみにくれる。

月の使者は、ほんのわずかな間、かぐや姫を人間界に下したのであり、姫が月に帰るのに涙を流すのは見当違いだと言う。
それに対して、竹取の翁は、「かぐや姫を養ひ奉ること二十余年になりぬ。」等と平気で噓をつき、姫をかくまい通そうとする。愛する人を守るためなら、噓も方便なのだ。

かぐや姫も、月に帰りたくはないと涙を流し、育ての親の竹取夫婦に手紙を認める。

過ぎ別れぬること、かへすがへす本意なくこそおぼえ侍れ。脱ぎ置く衣を形見と見給へ。月の出でたらむ夜は、見おこせ給へ。見捨て奉りてまかる、空よりも落ちぬべき心地する。

月に戻るのは本意ではないことをくれぐれも分かって欲しいと願い、着物を形見として置いていく。月の出ている夜は月を見て、彼女のことを思い出して欲しい。二人を見捨てて行くのは心苦しく、空を上っていく途中で落ちてしまいそうな気がする。
こうした手紙の内容は、かぐや姫を通して、日本的な心のあり方をはっきりと表している。理想の世界よりも、人情の溢れるこの世に価値を置いているのだ。

そのことは、帝に残していく不老不死の薬によって、さらにはっきりと表現される。
月の死者が持ってきた不老不死の薬を、かぐや姫は帝に贈る。それを帝は、駿河の国にある山の頂上に持っていかせ、焼いてしまう。
その理由は、帝自身によって語られている。

あふことも 涙に浮かぶわが身には 死なぬ薬も 何にかはせむ

もう二度とかぐや姫に会うことができないからには、不老不死の薬など何の価値もない。
帝の言葉は、浄土よりもこの世を重視する日本人の感性を強く感じさせる。


日本人の幸福感は、日本的仏教の御利益中心主義や、『竹取物語』に見られる人間の情を大切にする感受性に基づき、非常に現実主義的であると考えられる。
そのためか、日常のごく些細なことにも幸せを感じることがある。
小さな滝の水の上にかすかな虹が見えただけできれいだと思い、幸せな気持ちになる。

落ち葉に赤い花びらを見ても、美を感じ、幸せを感じる。

私たちが何気なく感じる幸福感は、日本の伝統に根ざした非超越的な世界観に基づいているらしい。
この世がたとえ苦の娑婆だと感じられることがあったとしても、至るところに美を見、思わず幸せだと思う。としたら、それだけですでに幸福なことだといえる。

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