ネルヴァルの美学 Esthétique de Gérard de Nerval 4/6 幻滅からポエジーへ

ネルヴァルは現実に直面すると、しばしば幻滅を感じる。子供時代から温めてきた夢が、現実を知ることで粉々になってしまうと言う。
それにもかかわらず、彼は常に現実に起こる出来事に興味を持ち、ヨーロッパだけではなく、地中海の向こう側の国々へも旅行をした。
そして、現地で見聞きしたことをもとにして紀行文を書いた。
実際、1840年代のネルヴァルの執筆活動の中心は劇評と旅行記だった。

なぜ幻滅をもたらす現実にあえて直面し、夢の世界を壊してしまうのか?

ネルヴァルは、というか、彼が生きたロマン主義の時代は、基本的にプラトニスム的思考を基盤としていた。
現実世界では、全てのものが時間の流れと共に消滅してしまう。
その儚さに対して、永遠に続く存在を求めるのがロマン主義的心情。
永遠の存在を、プラトンのイデアのように天上に置くこともあれば、心の中に置くことも、異国に置くことも、過去に置くこともあった。狂気や麻薬によって引き起こされる錯乱にさえ、現実と対立する(一瞬の)永遠を求めた。

そうした中で、ネルヴァルの戦略は、現実への失望感を大きくすればするほど、現実に属しないもの、彼が好んだ言葉を使えば、「超自然主義(surnaturalisme)」、「宗教感情(sentiment religieux)」が魅力を増すというものだった。

「現実との接触による幻滅」の変奏

ネルヴァルの現実に対する失望感の表現で、最も巧みなのが、スイスのコンスタンツを訪れた時のもの。
その失望感は、「太陽の下、新しきものなし。」としばしば口にする作家らしく、ヴィクトル・ユゴーの詩「「友、L. B. とS.-B.へ(À mes amis L. B. et S.-B.)」の詩節を下敷きにしていると考えられる。

Restons loin des objets dont le vue est charmée.
L’arc-en-ciel est vapeur, le nuage est fumée.
L’idéal tombe en poudra au toucher du réel. (…)

見た目が魅力的な物から遠くに留まろう。
虹は蒸気だ。雲は煙。
理想は、現実に触れると粉々になる。

(ユゴーの夢想については、次の項目を参照)
https://bohemegalante.com/2020/10/03/victor-hugo-extase-les-orientales/

ユゴーのこの詩句ほど、現実と理想の葛藤を的確かつ簡潔に歌ったものはないだろう。
現実に触れれば、夢は粉々に崩れてしまう。
虹は遠くから見るからきれいなのであり、近づけばただの蒸気にすぎない。

ネルヴァルは、スイスの紀行文の中で、ユゴーの詩句の内容はそのまま、表現を「アレンジ」する。

ボーデン湖(lac de Constance)に接する美しい街コンスタンツでは、聖堂や議会の広間、宗教改革者ジャン・フスが火刑に処された広場などを見て回りたくないと言う。そして、その理由をこんな風に説明する。

C’est qu’en vérité je voudrais ne pas gâter davantage Constance dans mon imagination. […]  J’ai cherché, je l’avoue, cette cathédrale bleuâtre, ces places aux maisons sculptées, ces rues bizarres et contournées, et tout ce moyen âge pittoresque dont l’avaient douée poétiquement nos décorateurs d’Opéra ; eh bien, tout cela n’était que rêve et qu’invention : à la place de Constance, imaginons Pontoise, et nous voilà davantage dans le vrai. 

本当のことを言えば、私は想像の中にあるコンスタンツをこれ以上ダメにしたくない。(中略) 告白すれば、青っぽい聖堂も、彫刻を施された建物のある広場も、クネクネとした奇妙な道も、オペラ座の舞台装置係たちが詩的に飾りつけたような絵画を思わせる中世の街並みも、みんな探してみた。ところが、そうしたもの全ては夢でしかなかった。発明品でしかなかった。コンスタンツの代わりに、ポントワーズを思い描いてみよう。そうすれば、私たちはより真実の中にいることになる。

Camille Pissaro, Un carrefour à l’Hermitage Pontoise

想像の中のコンスタンツは美しい。それはオペラ座の舞台の上に作り出された中世の街を思わせる。
しかし、現実のコンスタンツは、フランスの小さな田舎町ポントワーズのようだ。
だからこそ、夢のコンスタンツを壊さないために、長くは留まらないようにしようと、ネルヴァルは言う。
その上で、それでも街を実際に見て回ったと付け加え、夢が現実と触れて粉々になる様子を描く。

こうした記述は、「理想は、現実に触れると粉々になる。」というユゴーの詩句の、ネルヴァル的「変奏(variation)」だといえる。

次に、その変奏は、より一般化した表現で続けられる。

 Aussi bien, c’est une impression douloureuse, à mesure qu’on va plus loin, de perdre, ville à ville et pays à pays, tout ce bel univers qu’on s’est créé jeune, par les lectures, par les tableaux et par les rêves. Le monde qui se compose ainsi dans la tête des enfants est si riche et si beau, qu’on ne sait s’il est le résultat exagéré d’idées apprises, ou si c’est un ressouvenir d’une existence antérieure et la géographie magique d’une planète inconnue.

 そんな風に、辛い印象をもたらすのは、さらに遠くに向かい、町から町へ、国から国へと進むつれて、子供の頃に読書や絵画や夢によって作り上げたあの美しい宇宙を失ってしまうことだ。子供の頭の中で組み立てられる世界はとても豊かで、とても美しい。どこかで学んだ考えをより強固にした結果なのか、あるいは、前世の思い出なのか、未知の惑星の魔法の地理なのか、わからないほどだ。

ここでは、現実のもたらす幻滅から、壊される以前の夢の世界へと完全に焦点が移されている。
辛い印象という言葉とは裏腹に、「美しい宇宙(bel univers)」が浮き彫りになり、その宇宙が子供の頃の本や絵や、そこに由来する夢などによって作られたとされる。
さらに、宇宙の豊穣さや美しさから、「前世の思い出(ressouvenir d’une existence antérieure)」や「未知の惑星の魔法の地理(géographie magique d’une planète inconnue)」にまで発想が飛躍していく。

このようにコンスタンツを舞台にして、「現実との接触による幻滅」を主題にアレンジが行われ、様々な装飾が付け加えられながら、ネルヴァル的変奏曲が生み出されている様子を見て取ることができる。

現実のパリンプセスト化

ヨーロッパから地中海の反対側に向かう旅は、19世紀前半までそれほど簡単ではなかった。そうした旅行には何か大きな目的があったはずである。
その目的の中でとりわけ重要なのが、聖地エルサレムへの巡礼を目的とした旅。
19世紀初頭のシャトーブリアンが先陣を切り、ラマルティーヌもそれに続いた。彼らの旅は大人数を引き連れた大旅行だった。

それに対して、ネルヴァルの旅は、最初は友人と2人旅。途中からは一人でカイロ、レバノン、イスタンブール(当時の名称はコンスタンチノープル)などに滞在し、エルサレムを訪れることはなかった。
彼はあえてヨーロッパ人のコミュニティーに入らず、現地の人たちが普通に暮らす町に住み、土地の人々と交わり、彼らの生活の中に溶け込もうとした。
フランス人が持つ偏見に由来する上から目線をできる限り捨て、滞在先の風俗や風習を直に体験し、二つの文化が接触することで生じる葛藤、違和感などを見つけることが、ネルヴァルのオリエント旅行の目的だった。

Jean-Léon Gérôme, Dance de l’almee

ところで、ヨーロッパから見てオリエントは完全に異国であり、現実の光景がすでに謎めいて見えることは言うまでもない。
また、オリエントの女性は、男性にとっては性的なファンタスムの対象だった。インドの踊り子たちがパリにやって来た時には、大きな話題となったことが知られている。
従って、カイロに到着したフランス人旅行者の目に入る日常の光景は、現実でありながら、すでに非日常の光景のように見えたかもしれない。

そこで、フランスに帰国後に紀行文を書く時、読者の関心を引くためには、神秘的な雰囲気を持つ女性についての記述から始めるのが効果的な手段になる。
ネルヴァルは、女性たちの被るヴェール(=ヒジャブ)に焦点を当てる。
ヴェールは、オリエントにおいては現実そのものであるが、隠すことで目に見えないものを生み出し、ミステリアスな雰囲気を醸し出す役割も果たす。

カイロの紀行文は次の一文から始まる。

 Le Caire est la ville du Levant où les femmes sont encore le plus hermétiquement voilées. [.. ] l’Égypte, grave et pieuse, est toujours le pays des énigmes et des mystères ; la beauté s’y entoure, comme autrefois, de voiles et de bandelettes, et cette morne attitude décourage aisément l’Européen frivole. […]
 La patience était la plus grande vertu des initiés antiques. Pourquoi passer si vite ? Arrêtons-nous, et cherchons à soulever un coin du voile austère de la déesse de Saïs.

 カイロは中近東で、女性たちが今でも最もしっかりとヴェールで覆われている町だ。(中略) エジプトは、厳粛で、敬虔であり、常に謎と神秘の国。美(女)は、昔と同じように、ヴェールや紐のようなものですっぽりと覆われている。その陰気な身のこなしは、軽薄なヨーロッパ人の勇気を簡単に挫いてしまう。(中略)
 忍耐は古代の秘儀伝授者の最も大きな美徳だった。どうしてそんなに急いで通り過ぎようとするのか? ここに留まろう。そして、サイスの女神の厳格なヴェールの端を持ち上げるように努めよう。

この冒頭は、ヨーロッパ人にとってオリエントの地がどのようなイメージを帯びているかを再確認しているといってもいい。
美しい女性たちを「美(beauté)」と表現し、体をすっぽりと衣服で覆うことから生まれる「謎(énigme)」と「神秘(mystère)」から、「サイスの女神(déesse de Saïs)」へと進む。

サイスはナイル河の河口にあった町であり、帝政ローマの歴史家プルタルコスの伝えるところによると、女神イシスに捧げられた神殿があり、そこには次のような碑文があったという。
「私はかつてあり、今もあり、これからもある全てである。そして私のヴェールを人間が引き上げたことはない。」

当時の読者であれば、この言葉は誰でも知っていた。そこで、ネルヴァルは彼の時代に共有されていた知識に基づき、ヴェールを少しだけ持ち上げることで、堅く秘められたオリエントの女性の美を垣間見るという、いかにも男性読者にアピールするような開始を準備したということができる。

次に、女性たちの服装について詳細に記述し、その後から実際に街に足を運ぶ。

 La ville elle-même, comme ses habitantes, ne dévoile que peu à peu ses retraites les plus ombragées, ses intérieurs les plus charmants. Le soir de mon arrivée au Caire, j’étais mortellement triste et découragé. En quelques heures de promenade sur un âne et avec la compagnie d’un drogman, j’étais parvenu à me démontrer que j’allais passer là les six mois les plus ennuyeux de ma vie, et tout cependant était arrangé d’avance pour que je n’y pusse rester un jour de moins. Quoi ! c’est là, me disais-je, la ville des Mille et une Nuits, la capitale des califes fatimites et des soudans ?… Et je me plongeais dans l’inextricable réseau des rues étroites et poudreuses, à travers la foule en haillons, l’encombrement des chiens, des chameaux et des ânes, aux approches du soir dont l’ombre descend vite, grâce à la poussière qui ternit le ciel et à la hauteur des maisons.

 街自体、住民たちと同じように、最も影になった隠れた住み処や最も魅力的な内部のヴェールを、わずかずつしか持ち上げることはない。カイロに到着した晩、私は死ぬほど疲れ、がっかりしていた。ロバにまたがり、通訳と一緒に、数時間かけで街を見て回った後、はっきりとわかったことがある。これから6ヶ月間、人生の中で最も退屈な日々を過ごすことになるだろう。全てのことが予め設定されていて、たった一日だけでも切り上げて短い滞在にすることさえできない。なんということだろう! ここが『アラビアンナイト』の国、ファチマ王朝のカリフとサルタンの首都だというのか?・・・私が身を浸したのは、編み目のように入り組んだ細く埃だらけの道。ボロを着た多くの人々。犬やラクダやロバが密集している。夕方が近づくと、空を曇らせる埃と高い家のせいで、影がすぐに落ちてくる。

実際のカイロの街を散策した印象は、思い描いていたカイロとは全く違っている。
思い描いていたのは、『アラビアンナイト(Les Mille et une Nuits)』の国。
それに対して、現実の町は埃だらけで、貧しく、暗い。ここで半年過ごすと思うだけでうんざりする。1日だけでいいから滞在を短くしたいほど。

こうした記述は、「現実との接触による幻滅」をアレンジした変奏である。
「理想は、現実に触れると粉々になる。」  このユゴーの詩句をカイロでも実感する。

スイスのコンスタンツでは、現実をなるべく見ないように急いで通りすぎようとした。そして、「前世の記憶」や「未知の惑星の魔法の地理」に言及することで、子供時代に抱いた「美しい宇宙(ce bel univers)」を保とうとした。

カイロでのネルヴァルは、急いで通り過ぎる旅人ではなく、民衆の日常にどっぷりと浸る滞在者になる。
その態度の違いはどこから来るのか?

その理由は、彼がオリエントの美徳を真似し、実践しようとすることにある。
「忍耐(patience)は古代の秘儀伝授者(itiniés)の最も大きな美徳だった。どうしてそんなに急いで通り過ぎようとするのか?」
その美徳を学ぶため、彼は秘儀伝授者に入門したかのように、忍耐強くカイロに入り込む。
すると、現実は失望の対象ではなく、夢幻へと向かう道筋になる。

 Qu’espérer de ce labyrinthe confus, grand peut-être comme Paris ou Rome, de ces palais et de ces mosquées que l’œil compte par milliers ? Tout cela a été splendide et merveilleux sans doute, mais trente générations y ont passé ; partout la pierre croule, et le bois pourrit. Il semble que l’on voyage en rêve dans une cité du passé, habitée seulement par des fantômes, qui la peuplent sans l’animer. Chaque quartier, entouré de murs à créneaux, fermé de lourdes portes comme au moyen Age, conserve encore la physionomie qu’il avait sans doute à l’époque de Saladin ; de longs passages voûtés conduisent çà et là d’une rue à l’autre ; plus souvent on s’engage dans une voie sans issue, il faut revenir. Peu à peu tout se ferme ; les cafés seuls sont éclairés encore, et les fumeurs assis sur des cages de palmier, aux vagues lueurs de veilleuses nageant dans l’huile, écoutent quelque longue histoire débitée d’un ton nasillard. Cependant les moucharabys s’éclairent : ce sont des grilles de bois, curieusement travaillées et découpées, qui s’avancent sur la rue et font office de fenêtres ; la lumière qui les traverse ne suffit pas à guider la marche du passant ; d’autant plus que bientôt arrive l’heure du couvre-feu ; chacun se munit d’une lanterne, et l’on ne rencontre guère dehors que des Européens ou des soldats faisant la ronde.

こんなに混乱した迷路に何を期待するのか? 迷路はたぶんパリやローマのように大きく、見たところ千もありそうな宮殿やモスクでできている。それらはどれもかつては光輝き、素晴らしいものだっただろう。しかし、30世代が過ぎ去った。至る所で石が崩れ、木が腐っている。過去の町を夢の中で旅行しているような気持ちになってくる。幽霊しか住んでいず、そこにうじゃうじゃいるけれど、町に活気を与えてはいない。それぞれの町内は銃眼の付いた壁で囲まれ、中世のように重い扉で閉ざされて、サラディンの時代の様相を今でも保っている。丸天井のある長い通路が、あちこちで道と道を繋いでいる。もっと多くあるのが行き止まりの道で、そこに入り込むと、もう一度戻らないといけない。少しづつ全てが閉まり始める。カフェだけ、まだ灯りが点っている。タバコを吸う人々は、シュロの籠の上に座り、油の中に漂う灯心の淡い光に照らされ、鼻にかかった声で語られる長い物語に耳を傾けている。そうしている間に、ムシャラビが明るくなり始める。ムシャラビとは木でできた格子窓で、とても奇妙に細工されて掘り出され、道に突き出し、窓の役目を果たしている。ムシャラビを通る光は、通行人の歩みを導くには十分でない。もうすぐ消灯時間で、ますます暗くなる。一人一人がランプを持っている。こんな時間に外で出会うのは、ヨーロッパから来た人か、見張りの軍人だけだ。

旅行者が目にするのは、石が崩れ、木が腐り、住民は亡霊のようで、活気のない町の姿。
そんな混沌として迷路のような町に何が期待できるのだろう? 
幻滅しかないのではないか。

そのような悲惨な現状に続けて、ネルヴァルは過去の栄光を滑り込ませる。
サラディンは、12世紀にエジプト、シリア、イエメンなどを収めるアイユーブ朝の創始者で、第3回十字軍を撃破したことで、イスラム世界の英雄として知られていた。
活気のないように見える街並みを描写するネルヴァルの筆は、「銃眼のついた壁(murs à créneaux)」、「重い扉(lourdes portes)」、「丸天井のある長い通路(longs passages voûtés)」を通して、読者をいつの間にかサラディンの時代の街並みに誘い込んでいく。

そして、旅行者の後に従って歩くうちに、中世にタイムスリップしたような感じがしてくる。カフェに座り、水ギセルを飲み、オリエントの長い物語に聞き入る。
そして、「ムシャラビ(moucharabys)」という言葉の異国情緒に満ちた響きに誘われて、薄暗いカイロの町を歩く心細さを実感する。

こうして、カイロは幻滅の街から、魅惑の街へと変わっていく。
現実それ自体はまったく変わっていない。しかし、現実の下に過去のイメージを滑り込ませることで、現実がパリンプセスト写本の様に重層化される。
パリンプセスト写本では、一度消された文字が、上に書かれた文字の下から甦ってくる。それと同じように、アラビアンナイトに描かれるような過去の美が甦ってくるようにする。

このようにして、カイロの滞在記の最初に、ネルヴァルは現実をパリンプセスト化したといってもいいだろう。
実際、宿に戻り、眠りについた旅行者は、外の音で目を覚ます。
「それは夢なのか、現実なのか(Cela appartenait-il au songe ou à la réalité ?)」と自問し、外に出てみると、夜の闇の中で婚礼の儀式が行われている。その様子は、現実であるが、夢のようにも感じられる。

こうして、惨めな現実と想像世界との対比に基づき、幻滅から夢幻へと向かう行程がカイロ滞在記の中で描き出されていく。


紀行文を通して、はっきりとわかっていくることがある。
ネルヴァルは決して現実に興味がなく、夢だけに生きていたのではない。むしろ、他の旅行者以上に旅先の現実に興味を持ち、自分の目で現地の風俗を観察したとさえいえる。
20世紀後半にオリエンタリスムを研究したエドワード・サイードが、ネルヴァルのそうした姿勢を評価し、植民地主義や帝国主義的な意識を持ってオリエントを訪れなかった数少ない旅行者だと見なしているほどである。

そのような現実観察をした上で、作家・詩人ジェラール・ド・ネルヴァルは、最初に現実は夢を壊すことを確認する。
それは、失望から出発し、その時その場に応じた「やり方(manière)」でアレンジを加え、現実を魅力的な存在へと変形させるためである。
そのようにして、現実に魔法をかける。

宗教感情
ジャン・ジャック・ルソーの導き 

現実に、現実を超えたものを見るという精神の動きは、特殊なことに思われるかもしれない。
ネルヴァルは、あえてドイツ由来の用語である「超自然主義(surnaturalisme)」という言葉を使うことも多い。

しかし、現実を超えたものを信じるか信じないかは別として、誰もがそうした雰囲気を感じることはある。何かあれば、思わず手を合わせるのはその印である。
「宗教(religion)」と言ってしまうと制度化されたものになるが、「宗教感情(sentiment religieux)」と言えば、人間を超えた目に見えない何らかの存在に対して抱く漠然とした感情を指す言葉として、抵抗感がないだろう。

合理的で科学的な視点に立てば、一つの物質は物理的な存在でしかない。例えば、一本の大木は大きな木にすぎない。
しかし、その大きさに畏敬の念を持つと、それを御神木として崇めるような気持ちも自然とわき上がってくる。その時には、木は木でありながら、木を超えた存在と感じられる。
その二つの視点を宗教に適応すると、前者は無神論、後者は宗教感情と考えることもできる。

1851年、ネルヴァルは、古代の神々を信じる18世紀の異教徒を扱った論考の中で、無神論と対立させた形で、宗教感情について論じた。
そこでは、秋の自然の美しさと宗教感情を関係付け、ジャン・ジャック・ルソーに匹敵する美しい散文で、ポエジーの源泉を描いている。

 Une visite à Saint-Denis par une brumeuse journée d’automne rentre dans le cercle oublié de ces promenades austères que faisaient jadis les rêveurs de l’école de J.-J. Rousseau. 
 Rousseau est le seul entre les maîtres de la philosophie du xviiie siècle qui se soit préoccupé sérieusement des grands mystères de l’âme humaine, et qui ait manifesté un sentiment religieux positif, — qu’il entendait à sa manière, mais qui tranchait fortement avec l’athéisme résolu de Lamettrie, de d’Holbach, d’Helvétius, de d’Alembert, comme avec le déisme mitigé de Boulanger, de Diderot et de Voltaire. — « Écrasons l’infâme ! » était le mot commun de cette coalition philosophique, mais tous ne portèrent pas les mêmes rudes coups au sentiment religieux considéré d’une manière générale. On ne s’étonne pas de cette hésitation chez certains esprits plus disposés que d’autres à l’exaltation et à la rêverie.

 靄のかかった秋の日にサン・ドニを訪れることは、J.-J. ルソーの後に従う夢想家たちがかつてしていた厳格な散策の、今では忘れられた輪の中に戻ることだ。
 ルソーは、18世紀の哲学の大家の中で、人間の魂の大いなる神秘に真剣に関わり、明確な宗教感情を表明した唯一の人だった。— その宗教感情は、彼なりに理解したものであり、ラ・メトリー、ドルバック、エルヴェシウスの断固とした無神論とも、ブランジェ、ディドロ、ヴォルテールの中途半端な理神論ともはっきりと違っていた。「忌まわしいものを押しつぶそう!」というのが、仲間うちで共通する標語だった。しかし彼らの全員が、一般的に考察された宗教感情に対して、同じほど酷い打撃を加えたわけではなかった。他の人よりも精神の高揚や夢想に導かれやすい精神を持つ人々には、そうした躊躇があったとしても、驚くことはない。

「宗教感情(sentiment religieux)」を論じる前に、ネルヴァルは、その感情が発生する状況を設定する。

サン・ドニはパリの北にある郊外の街。そこにはフランス王家代々の墓が置かれた大聖堂がある。
その聖堂を目指し、秋の霧深い日に散策をすれば、知らないうちに夢想に誘われる。
それは、孤独な夢想者の散策であり、ルソー的といえる。

そのルソーを、18世紀の思想家の中で特別な存在だとネルヴァルは見なす。
18世紀には、一方には神の存在を断固として否定する無神論者たちが、他方には「理神論(déisme)」を信じる人々もいた。
ネルヴァルによれば、彼らの中で、ルソーだけが、「人間の魂の大いなる神秘(grands mystères de l’âme humaine)」を真剣に考察し、「はっきりとした宗教感情(sentiment religieux positif)」を持っていた。
そして、ルソーに共感する人々は、「精神の高揚(exaltation)」を感じやすく、「夢想(rêverie)」に誘われる傾向がある。

ルソーを通してネルヴァルが理解する「宗教感情」とは、次のようなものだと考えられる。
靄にかかった秋の美しい自然と人間の魂は対応している。
靄があることで、自然の風景は朧気になり、その奥にある何かを感じさせ、夢幻的な雰囲気をまとう。
以下の絵画を見ると、靄の有無で樹木の印象が違うことがよくわかる。

靄は、隠すことで、神秘を感じさせる。魂も、目に見えないからこそ、神秘を宿しているように感じられる。
キリスト教では、明確に神の存在を認める。
理神論はキリスト教から見れば無神論と見なされるが、合理的な思考によって神の存在を証明するという点では、明確に神の存在を認める立場にある。
無神論は、神の存在を認めない。
ネルヴァルの考えるルソーは、神の存在や不在を明確にするのではなく、靄に包まれた自然の中を散策するように、人間の魂について夢想する。魂は目に見えず、どこまでいっても解明できないからこそ、そこに到達したいという希求が強まり、精神が高揚する。
それがネルヴァルの言う「宗教感情」であり、ルソーの宗教感情は「明確な(positif)」ものだった。

もし人間が宗教感情を失うと、どうなってしまうのか?

 Il y a, certes, quelque chose de plus effrayant dans l’histoire que la chute des empires, c’est la mort des religions. Volney, lui-même, éprouvait ce sentiment en visitant les ruines des édifices autrefois sacrés. Le croyant véritable peut échapper à cette impression, mais avec le scepticisme de notre époque, on frémit parfois de rencontrer tant de portes sombres ouvertes sur le néant.

 歴史の中には、帝国の崩壊以上に恐ろしいことがある。それは宗教の死だ。ヴォルネー自身がその感情を経験したのは、過去に神聖だった建造物の廃墟を訪れた時だった。本当に信じている者であればそうした印象から逃れることができるだろう。しかし、私たちの時代の懐疑論を信じていると、人は往々にして、虚無の上に開かれている数多くの暗い扉に出会い、身を震わせるのだ。

ヴォルネーは、18世紀から19世紀前半に活動した哲学者でオリエント学者。
彼の著作『廃墟、または諸帝国の変遷に関する考察』第1章では、シリアのパルミール遺跡を訪れた旅人が 、 日の暮れる時刻に丘に登り、廃墟を見下ろしながら 瞑想に耽る姿が描かれる。
巻頭の挿絵はその姿を印象的に描き出している。

ネルヴァルは、19世紀前半にはよく知られていた廃墟のイメージに触れながら、国が滅びる以上に、宗教の死は恐ろしいと警告する。
懐疑論を信じ、宗教感情を失えば、「暗い扉(portes sombres)」が開かれ、「虚無(néant)」へと落ち込むことになる。

「本当に信じている人(croyant véritable)」だけが、その恐怖から逃れることができる。
彼は、神の存在を最初から信じるキリスト教信者でも、理性によって神の存在を証明する理神論者でもない。
靄に煙る自然の中を散策し、魂の神秘に想いを馳せ、夢想し、精神の高揚を感じる人間。ルソー流の「夢見る人々(rêveurs )だ。

ネルヴァルは、1842年に民謡の音楽性について語った時、真実の詩(ポエジー)について、「理想を求めるメランコリックな渇き(soif mélancolique de l’idéal)」と定義した。
理想を希求する心持ちがポエジーを生み出すとすれば、「人間の魂の神秘(mystères de l’âme humaine)」の中を散策するルソー的な「夢想(rêverie)」を温床とする「宗教感情」が、その源泉であることは十分に理解されることである。


「宗教感情」と紀行文における「現実への幻滅から現実を魔法をかける過程」は、何ら関係を持たないように見えるかもしれない。
確かに、現実を物理的な視点からだけ捉えれば、そこに神秘はなく、全ては科学的に解明されうると考えることも可能である。
しかし、それは虚無への扉を開くことに繋がるとネルヴァルは考える。

彼は、現実をしっかりと見つめ、観察する。そして、そこに、単に合理的で科学的な視線を投げかけるだけではなく、現実を超えた何か、あるいは現実に内包された何かを感じる。
その時に感じる宗教感情が、現実への失望をトランポリンのように活用し、現実を超えたものへの飛躍を希求させる。
その飛躍こそが、ネルヴァルの考えるポエジーの源泉である。