モーパッサンからネルヴァル、ランボーへのウインク

1892年の初頭にモーパッサンが精神に異常をきたした時、治療にあたったのはエミール・ブランシュ博士だったが、博士はずっと以前にはジェラール・ド・ネルヴァルの治療も行っていた。
ネルヴァルは、エミール・ブランシュ博士の父親エスプリ・ブランシュ博士にお世話になったこともある。

モーパッサンはそのことを知っていたに違いない。直接ネルヴァルのことを話題にすることはなかったようだが、精神疾患を取り上げた「オルラ」の中には、ネルヴァルに向かってウインクをしているような記述がある。

その理由を私なりに推測すると、一般的に狂気と見なされる世界観と、詩の生み出す美とが連動していることを、モーパッサンなりに示そうとしたからだと思われる。
同じ箇所に、アルチュール・ランボーに向けてのウインクもあることから、「狂気ー詩ー美」の繋がりがよりはっきりと示される。

問題の箇所は、目に見えないが確かに実在すると感じられる存在をオルラと名付け、それが世界を構成する4つの元素(水、火、大地、空気)と同様の、なんらかの元素ではないかと自問した後に記されている。

でも、あなたはこう言うかもしれない。蝶だ! 空飛ぶ一輪の花だ! ぼくはといえば、一匹の蝶を夢見る。宇宙と同じ位大きい。羽根の形も、美も、色彩も、動きも、描くことさえできない。でも、ぼくには見える。・・・・蝶は、星から星へと向かい、その飛翔の軽やかで調和のとれた息吹で、星々を、新鮮でかぐわしいものにする! ・・・天上の人々は、蝶が通り過ぎるのを目にし、恍惚となり、魂を奪われる!・・・(「オルラ」)

Mais direz-vous, le papillon ! une fleur qui vole ! J’en rêve un qui serait grand comme cent univers, avec des ailes dont je ne puis même exprimer la forme, la beauté, la couleur et le mouvement. Mais je le vois… il va d’étoile en étoile, les rafraîchissant et les embaumant au souffle harmonieux et léger de sa course !… Et les peuples de là-haut le regardent passer, extasiés et ravis !… (Le Horla)

この一節のどこに、ネルヴァルやランボーに向けて投げかけられたウインクがあるのだろう?

A. 「蝶! 空飛ぶ一輪の花」。

この表現を目にすると、ネルヴァルの読者であれば、即座に「蝶」という短詩の一節がふっと心の中に湧き上がってくる。

蝶は、茎のない花、
ひらひらと舞い、
網で採られたりもする。
無限の自然の中にある、
ハーモニー
植物と鳥の間の!・・・(『ボヘミアの小さな城』)

Le papillon, fleur sans tige,
Qui voltige,
Que l’on cueille en un réseau ;
Dans la nature infinie,
Harmonie
Entre la plante et l’oiseau !… (Petits châteaux de Bohême)

この詩の中で、ネルヴァルは花を蝶の比喩として使っているのではない。
彼が言語によって行うのは、自然科学的な世界観では区別される蝶と花を、同一の存在と見なす世界観を提示することである。
蝶とは、枝から切り離され、ひらひらと空を飛ぶ花そのものなのだ。
そして、そうした世界観の中では、自然は無限であり、個々の区別がなく、植物と鳥が調和している。

このほんのわずかな言葉の断片が、果てしなく穏やかで、限りなく美しい世界を表現する。
詩が世界を美しくする。
https://bohemegalante.com/2019/10/10/la-poesie-rend-le-monde-beau/

モーパッサンが「蝶! 空飛ぶ一輪の花」と記すとき、ネルヴァルの「蝶、ひらひらと飛ぶ枝のない花」という詩句が、記憶の片隅をかすめめたに違いない。

B. 「星から星へ」

蝶は空をひらひらと舞うだけではなく、「星から星へ」進んで行く。その壮大なイメージは、ランボーのこの上もなく美しい散文詩の一節を連想させる。

ぼくは綱を張った、教会の鐘楼から鐘楼へ。花飾りを、窓から窓へ。金の鎖を、星から星へ。そして、踊る。(『イリュミナシオン』)

J’ai tendu des cordes de clocher à clocher ; des guirlandes de fenêtres à fenêtres ; des chaînes d’or d’étoile à étoile, et je danse.

張り渡されるものが、綱から花飾りへ、花飾りから金の鎖へと変わる。それに応じて、場所も変化し、教会の鐘楼から窓へ、窓から星へと変わる。
この単純な言葉が作り出すイメージを思い描いていくと、私たちの心は、地上から宇宙へと飛翔する。
そして、星々を巡りながら、ダンスを踊る。

そうしたイメージをたどっていくと、これ以上ないほど単純な言葉が、壮大な詩句へと変化することを実感することができる。
実際、この詩句を、現代フランスを代表する詩人の一人フィリップ・ジャコテは、最も美しい詩句の一つとして挙げている。

この詩句を知った上で、「蝶は、星から星へと向かい、その飛翔の軽やかで調和のとれた息吹で、星を新鮮で、かぐわしくする」という言葉を読み返すと、私たちが五感で感じる世界が、ふっと新鮮さを取り戻すように感じる。

C. 恍惚

ネルヴァルとランボーへのウインクが「詩の美」を喚起するとすれば、「天上の人々」が誰なのか自然に分かってくる。
それは、蝶が星から星へと飛翔する姿を思い描く「読者」に他ならない。

読者は、ネルヴァルの韻文詩、ランボーの散文詩、モーパッサンの散文、それらの言葉の美を味わいながら、時間を忘れ、我を忘れる。
その感覚が恍惚感であり、魂を奪われる体験となる。

「蝶! 空飛ぶ一輪の花」で始まる一節は、二人の詩人の詩句を通して読者に密かにウインクしながら、知覚の異常(=共感覚)を狂気として退けるのではなく、詩的な美の生み出す忘我体験でもありうることを、こっそりと伝えている。

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