詩は世界を美しくする。
芸術家、詩人は、自分の世界観(ボードレールの言葉では「気質」tempérament)に従って、作品を生み出す。
私たちは、その作品に触れることで、芸術家の世界観に触れ、感性を磨いたり、彼等のものの見方、感じ方を身につけることができる。
詩においても、そのことを具体的に体験することができる。
まず一つ目の例は、ジェラール・ド・ネルヴァルの詩「蝶」(« Papillon »)。
その一節を読むと、これから蝶を見たときに、今までとは違う認識をするようになるはず。

Le papillon, fleur sans tige,
Qui voltige,
Que l’on cueille en un réseau ;
Dans la nature infinie,
Harmonie
Entre la plante et l’oiseau !…
蝶は、茎のない花。
ひらひらと舞い、
網で捉えたりもする。
無限の自然の中にある、
ハーモニー
植物と鳥の間の!・・・
この詩句は、7音節の後に3音節という非常の短い音節が続いているので、韻をとてもよく感じることができる。
tige-voltige, infinie-harmonie.
この韻の反復が、くるくると回転して飛ぶ(voltige)蝶の舞いを思わせる。
そして、これから蝶を見るときには、茎のない花とか、植物と鳥のハーモニーという言葉を思い出し、ただきれいというだけではなく、無限の自然の美を感じるようになるだろう。
詩を読んだ後で、世界が変わり、美しくなるというのは、そうした意味に他ならない。
次は、海について、シャルル・ボードレールが、とても繊細で美しい散文で定義している文。

Supposons un bel espace de nature où tout verdoie, rougeoie, poudroie et chatoie en pleine liberté, où toutes choses, diversement colorées suivant leur constitution moléculaire, changées de seconde en seconde par le déplacement de l’ombre et de la lumière, et agitées par le travail intérieur du calorique, se trouvent en perpétuelle vibration, laquelle fait trembler les lignes et complète la loi du mouvement éternel et universel. — Une immensité, bleue quelquefois et verte souvent, s’étend jusqu’aux confins du ciel : c’est la mer.
(Charles Baudelaire, Salon de 1846, « De la couleur ».)
自然の美しい空間を思い描いてみよう。そこでは、全てが緑に、赤いに、キラキラと、自由に輝いている。全てのものが、分子の構成に従って様々に色付き、影と光の動きによって一瞬毎に変化し、熱の内的な働きによって動き、永続的な振動の中にある。その振動が物質の輪郭線を揺らめかせ、普遍的で永遠に続く運動の法則を完全なものにしている。一つの巨大なもの、それは時に青く、しばしば緑色をし、空の端まで伸びている。それが、海だ。
この文は、少しフランス語が読める人でないと美しさを感じることができないかもしれない。
しかし、verdoie, rougeoie, poudroie, chatoieという音の楽しさを感じることはできるだろう。
最後、c’est la merという直前の文、« une immensité bleue quelquefois et verte souvent »も、bleuとvertという色彩を調合し、そこにquelquefois, souventという副詞を調味料のように配分することで、リズム感を出している。
海を見たとき、この文章のどこか一部をふと思い出すだけで、海が今までよりも美しく感じられるだろう。
そのように感じるということは、これまで以上に海が美しく見えるということでもある。
このように、詩には世界を美しく感じさせる言葉に満ちていて、世界を美しく変えてくれる。

芸術に親しむことで、世界が変わるということは、村上春樹の『ポートレード・イン・ジャズ』に書かれている。
ビリー・ホリディーの項目の最後の文。
ビリー・ホリディの優れたレコードとして僕があげたいのは、やはりコロンビア盤だ
あえてその中の一曲といえば、迷わずに「君微笑めば」をぼくは選ぶ。
あいだに入るレスター・ヤングのソロも聴きもので、息か詰まるくらい見事に天才的だ。彼女は歌う。
「あなたが微笑めば、世界そのものが微笑む」
そして世界は微笑む。信じてもらえないかもしれないけれど、ほんとうににっこりと微笑むのだ。
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