小林秀雄 雪舟 絵画の自立性について

小林秀雄は、ボードレールから学んだ芸術観に基づいて、「近代絵画の運動とは、根本のところから言えば、画家が、扱う主題の権威或いは強制から逃れて、いかにして絵画の自主性或いは独立性を創り出そうかという烈(はげ)しい工夫の歴史を言うのである。」(『近代絵画』)と定義した。

要するに、一つの山を描くとして、モデルとなる山に似ていることが問題ではなく、絵画に描かれた山それ自体が表現するものが重要だということになる。

こうした考え方は、画家の姿勢だけではなく、絵を見る者の観賞の仕方とも関係している。
「雪舟」(昭和25(1950)年)の中で、小林秀雄が雪舟の山水画について語る言葉を辿っていると、実際、絵画の自立性という考え方に基づいていることがはっきりとわかる。

小林が見つめているのは、雪舟の「山水長巻」(さんすいちょうかん)。
全長16メートルにも達しそうな長い墨画淡彩の絵巻の中に、二人の男が散策する姿が描かれている場面がある。

しばしば私達は、この絵を理解するために、雪舟の生涯や技法を調べようとする。
それに対して、小林はこう言う。

考証は、かえってこの人物(雪舟)をますます私の眼から遠ざけ、謎めいた姿にして行く様子であった。雪舟がはっきりと生き返り、私に近づくのは、画からである。「山水長巻」を見て、私は雪舟に出会う。

実際、文献に頼りすぎると、絵を前にして絵を見ず、知識を披瀝することで、解説したつもりになることがある。知識が絵画よりも前に出てしまい、絵を「見る」ことが妨げられたりする。

では、「山水長巻」を、自立した一つの世界として見るとしたら、どのようにしたらいいのだろう?

山水観賞が人生の目的になって了(しま)った様な、恐ろしく閑な一人が、従者らしい男を連れて、山路をぶらりぶらりと歩き出す。長巻を見て行く私はこの男と一緒に、おのずと画中を歩く様に誘われる。彼等が、たった今歩いた小径を振り返り、これから登ろうとする丘に登り、あるいは彼等と共に洞門のうちに憩い、山水を送迎しなければならぬ。

この絵の中央、やや左に丸橋がかかり、その上に、二人の男がいて、横には小さな子どもまで見える。
小林の意識は、彼らを通して、描かれた風景の中に入り、彼らとともに散策を始める。

その時、絵画の風景は、現実の風景を再現したものではなく、それ自体が一つの現実となる。それが、「絵画の自主性或いは独立性」という意味に他ならない。

その風景の中に身を置き、二人の視点でまわりの景色を眺めてみる。
二人にとってこの景色は現実に他ならない。としたら、彼等は今見えている視点とは違う視点からも、この場所を見たはずである。

二人の男が立つ所に立って、例えば、私は豁然(かつぜん=広々)と開けた水郷を眺めなければならないのだが、又、彼等が通って見たに違いない岩壁の裏側も見なければならぬ。岩壁はじっと見ていると裏側も見えてくる様な、そんな具合に描かれている。彼等は単なる点景人物ではない。恐らく自然の構造に関する雪舟自身が正しいと信じた理解と洞察とから直接に生まれてきた技法であろう。

絵の中の風景に入り込むことで、絵に描かれている側面だけではなく、その裏側も見えてくる。
というか、それが推測できるように絵を見なければならないと、小林は言外に絵の見方を教えているのだ。

次に、彼は、どのように「見る」のか、その例を示す。

彼(雪舟)の精力は、ほとんど前景に集中されている様だ。それは、強固な岩壁と岩盤とから成り、彼が最も信頼した自然の体躯(たいく)の様に見える。その中に開鑿(かいさく)された山路は、見えつ隠れつ、長巻の動脈の如くつづき、鑿(のみ)や鶴嘴(つるはし)の跡さえ見える。樹木も家も城塞も楼閣も、岩の巨大な重力に捕らえられて、安定し、往来する人々さえ岩の破片の様だ。渓流も、水郷の水も、ただ辛抱強く岩を洗う他どうしようもない。

小林は、前景右に積み上げられた岩の塊を描写しながら、「鑿(のみ)や鶴嘴(つるはし)の跡」や丸橋から流れ出る水の流れの激しさにまで言及し、この風景のリアリティを高めていく。
繰り返すことになるが、もしかすると現実のどこにも存在しないこの風景が、一つの現実なのだ。

そして、小林は、雪舟の山水画でとりわけ印象的な「岩」から彼が感じ取ったものを通して、雪舟の意図を読み取っていく。

私は、絵を見ながら、岩というものに対する雪舟の異常な執着と言ったようなものを、しきりに思った。一見磊落(らいらく)で奔放と思われる描線も、よくよく見ると癇(かん)の強い緊張しきったものなのであり、それは、あたかも形を透し、質量に至ろうと動いている様だ。筆を捨て、鑿(のみ)を採るらんとしている様だ。これ以上やったら、絵の限界を突破して了う、画家の意志が踏みこたえる、そんな感じを受ける。自然の骨組みをつかみ出そうとするそういう処に、彼の自然観の骨組、彼の思想の根幹が露呈するように思う(後略)。

岩の形作る線は、「よくよく見ると癇の強い緊張しきったもの」であり、そのために、形を描いているだけではなく、質感をはっきりと伝えている。つまり、本物の岩の感じがする。
だからこそ、筆で描いたものではなく、鑿で彫ったようだ。

小林によれば、水墨山水画によってそうした世界を創造することが、雪舟の「自然観の骨組」であり、彼の「思想の根幹」だということになる。

もしかすると、雪舟に関する様々な文献を知ることによって、同じような結論に至るのかもしれない。しかし、小林秀雄は、私達が「山水長巻」の中に入り込み、岩のリアルな質感を感じ取ることこそが、雪舟の世界観を知る道であると主張したのである。

こうした絵画観は、ヨーロッパでは19世紀後半に成立したものであり、小林はそうした視点をボードレールから学んだのだと考えられる。
小林秀雄 ボードレール 『近代絵画』におけるモデルと作品の関係

小林は、雪舟について、「思想としての絵画の自立性というものを、恐らく日本で最初に明瞭に自覚した人であろうと思う」と言う。
この言葉が正しいかどうか、私には判断できない。
ただ、小林の雪舟についての考察を通して、近代絵画の根底にある「絵画の自立性」という世界観がどのようなものか、具体的に理解できることができる。


「山水長巻」の中には、二人の男が山中を散歩する場面が他にも見られる。

「山水長巻」の全体像をyoutubeで見ることが出来る。

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