宮沢賢治「心象スケッチ」の意味――Mental Sketch Modifiedと中原中也

宮沢賢治と中原中也は、現在でも人気の高い詩人であり、愛読者も多い。二人の詩人のつながりについても、これまでさまざまな考察が行われてきた。しかし、興味深いことに、二人とも生前はほとんど無名といっていい存在だった。宮沢賢治が出版できたのは、大正13年(1924年)の詩集『花と修羅 心象スケッチ』と童話集『注文の多い料理店』の二冊だけであり、中原中也が生前に出版した詩集も、昭和9年(1934年)の『山羊の歌』一冊だけだった。

たぶん宮沢は中原のことを知らなかったのではないかと思われる。他方、中原は『花と修羅』が出版された際にたまたま手にし、それ以来、愛読していたことが知られている。そして、中原が宮沢について書いた文章を読むと、宮沢賢治のすべての著作の鍵となる「心象スケッチ(Mental Sketch Modified)」がどのようなものなのかを、とても分かりやすく知ることができる。

その理由の一つは、二人の詩人が同じような感受性を共有していたことにある。しかし、それだけではない。大正時代に日本で大きなブームとなったアインシュタインの相対性理論に由来する新しいものの見方に基づき、当時の人々は、物理的な世界観と精神世界とを融合させた世界のあり方を探ろうとしていた。そのような時代的背景も見逃すことはできない。

そうしたことを頭に置きながら、中原中也が宮沢賢治について書いた短い文章を手がかりに、二人の詩作の根底に流れる基調低音の調べを探っていこう。

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アポリネール 「ゾーン」 Guillaume Apollinaire « Zone » 新しい精神の詩 7/7 四次元の現実

「ゾーン」第121-134行の詩節では、サン・ラザール駅や、ロジエ通り、エクフ通りという、パリに実在する建物や地名に言及され、アポリネールにとって身近な現実に基づき、さまよえるユダヤ人を思わせる移民たちについて語られていく。

アポリネールもローマ生まれの外国人であり、フランス国籍を取得したのは、1916年になってからだった。そのためもあり、1911年にモナリザ盗難事件に巻き込まれた際には、激しい差別的な攻撃を受けた。そのことは、アポリネールに、自らも移民者(émigrant)であることを強く感じさせたことだろう。

Tu regardes les yeux pleins de larmes ces pauvres émigrants
Ils croient en Dieu ils prient les femmes allaitent des enfants
Ils emplissent de leur odeur le hall de la gare Saint-Lazare
Ils ont foi dans leur étoile comme les rois-mages
Ils espèrent gagner de l’argent dans l’Argentine
Et revenir dans leur pays après avoir fait fortune
Une famille transporte un édredon rouge comme vous transportez votre cœur
Cet édredon et nos rêves sont aussi irréels
Quelques-uns de ces émigrants restent ici et se logent
Rue des Rosiers ou rue des Écouffes dans des bouges
Je les ai vus souvent le soir ils prennent l’air dans la rue
Et se déplacent rarement comme les pièces aux échecs
Il y a surtout des Juifs leurs femmes portent perruque
Elles restent assises exsangues au fond des boutiques (v. 121-134)

(朗読は8分52秒から)
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