ラ・フォンテーヌ 「死と不幸な人」と「死と木こり」 La Fontaine « La Mort et le malheureux »  « La Mort et le bûcheron » 死とどのように向き合うのか 3/3

ラ・フォンテーヌにとって、イソップの寓話「老人と死神」の物語とほぼ同じ展開を持つ「死と木こり(La Mort et le bûcheron)」は「イソップの寓話(fable d’Esope)」だが、「死と不幸な男(La Mort et le malheureux)」は「私の寓話(ma fable)」だという。
そして、「私の寓話」の価値は、教訓の中で引用されているマエケナスの言葉にあり、それは美しく、主題にふさわしいもの(à propos)だと付け加える。

もし寓話の”肉体”が”物語”部分であり、”教訓”は寓話の”魂”だとすると、マエケナスの引用は、「死と不幸な男」の魂。その魂を包み込む肉体が魂にふさわしいものであれば、物語も主題を的確に表現し、美しいことになる。
実際、10行の詩句で構成される物語部分は、非常に多様な仕掛けが施され、読者を楽しませると同時に、教訓への導きとしての役割をしっかりと果たしている。

    Un malheureux appelait tous les jours
              La Mort à son secours;
« Ô Mort, lui disait-il, que tu me sembles belle !
Viens vite, viens finir ma fortune cruelle. »
La Mort crut en venant, l’obliger en effet.
Elle frappe à sa porte, elle entre, elle se montre.
« Que vois-je ! cria-t-il, ôtez-moi cet objet ;
         Qu’il est hideux ! que sa rencontre
         Me cause d’horreur et d’effroi !
N’approche pas, ô Mort ; ô Mort, retire-toi. »

一人の不幸な男が、毎日、呼びかけていた、
   死に向かい 助けて下さいと。
「おお 死よ」と彼は言っていた。「お前はなんと美しく見えることか!
早く来て、私の残酷な運命を終わりにしてくれ。」
死は、そこに来き、実際に彼を喜ばせようと思った。
扉をノックし、中に入り、姿を現す。
「何を見ているんだろう!」と彼は叫んだ。「そこに見える物を私から遠ざけてください。
   なんと醜いことか! 死と出会うことが
   私にどんな嫌悪と恐怖を引き起こすことか!
近づくな、おお 死よ。おお 死よ 遠ざかれ。」

(1)音節と韻

詩句の音節数を確認すると、10音節から始まり、6音節、12音節と続き、8音節を挟み、12音節で終わる。その音節数の多様さが独特のリズムを作り出している。

韻に関しては、AABBと平韻で始まり、次にCDCDと交差韻に代わり、最後はまたEEと平韻に戻る。
その展開の中で、最初にCDと交差する際、前の平韻の配列と違うことで意外感が生まれ、死がドアをノックする(Elle frappe à sa porte)から始まる6行目の詩句にスポットライトが当たることになる。

(2)音色

音色に関しては、Mortとmalheureuxに共通する[ m ]の音が、「私」(=不幸な男)に関係することも、子音反復(アリテラシオン)によって暗示される。
つまり、Un malheureux(不幸な男)という言葉は一度しか出て来ないのだが、その男が「私」であることが、me, ma, moiなどに含まれる[ m ]の音によって示されていく。

また、[ v ]の子音反復が、素早くやって来る(Viens vite, viens)ことを強調するのだが、それだけではなく、死が目に入った際に、何を見ているのだろうか(vois)という言葉の中にも聞こえる。つまり、venirとvoirも近接関係に置かれる。

(3) 時制:半過去、単純過去、現在

時制を見ると、まずappelait, disaitと直説法半過去が使われ、さらに毎日(tous les jours)という指定があるために、不幸な男が死に助けを求める習慣があったことが示される。

そうした度重なる求めに応じ、死がやって来て、男を喜ばせよう(obliger)と思った(crut)。
その際、思う(croire)という動詞の時制は単純過去で活用され、それが一回限りの出来事であることが示される。そして、その出来事は、単純過去で語られる、彼は叫んだ(cria-t-il)へと続く。

単純過去で活用された動詞を含む二つの文の間に、直説法現在形の文が挿入される。
その動詞の効果により、ドアをノックし(frappe)、家の中に入り(entre)、姿を現す(se montre)死の姿が、目の前で起こっているように、生き生きと描き出される。
単純過去と現在の交代を意識して次の一節を読むと、死の出現がどれほど生々しいか、体感することできるだろう。
La Mort crut en venant, (…)
Elle frappe à sa porte, elle entre, elle se montre.
« Que vois-je ! cria-t-il, (…). »

音的にも、Mortとmontreで [ m ]の子音反復が行われ、死が姿を現すことがはっきりと示される。

(4)死を目した後の変化

死が姿を現すのを見て、不幸な男は叫び声を上げ、何を見ているのだろうか(Que vois-je ?)と驚くのだが、その直後、死を見える対象と見なし、« ôtez-moi cet objet »(そこに見える物を私から遠ざけてください)と口にする。

objetという言葉は、17世紀において、「目に見える物」という意味があった。ラ・フォンテーヌはその意味を利用して、死の見え方の変化を巧みに描く。
死が姿を現す前には、美しく見え(tu me sembles belle)、人間の厳しい運命(ma fortune cruelle)を終わらせてくれる力を持つ存在と見なしていた。
それと対照をなすかのように、今度は、死をobjet(見える物)と表現し、それがひどく醜い(hideux)と叫ぶ。

その上で謎となるのは、「遠ざけて下さい(otez)」という呼びかけ。
その相手が誰なのか、あるいは何なのか? 死に対しては、tuと呼びかけているので、vousが死でないことは明か。
としたら、vousは、不幸な男の苦しみに満ちた生活に終止符を打つことができる死よりも上位の存在、例えば神のような存在を暗示する。
別の視点に立つと、« otez »という命令は、死が絶対的な存在ではなく、人間が操作可能な物体と同様の価値しか持たなくなる可能性を、絶妙な仕方でほのめかしていることになる。

このように、tuとvousの使い分けや、objetという言葉のニュアンスによって、人間と死の関係に変更を加えることは、ラ・フォンテーヌの作家としての技術の高さをはっきりと示している。


寓話の魂である教訓は、古代ローマの政治家ガイウス・マエケナス(紀元前70年ー紀元前8年)の言葉を中心に組み立てられている。マエケナスは、文化・芸術活動の支援者を意味するメセナの語源となった人物。

    Mécénas fut un galant homme :
Il a dit quelque part : « Qu’on me rende impotent,
Cul-de-jatte, goutteux, manchot, pourvu qu’en somme
Je vive, c’est assez, je suis plus que content. »
Ne viens jamais, ô Mort ; on t’en dit tout autant.

   マエケナスは模範となる人間だった。
彼はどこかでこう言った。「私の手や足をなくし、
足の先をなくし、痛風にし、腕をなくしてくれ。とにかく
生きていれば、それで十分。私は満足以上だ。」
決してやって来るな、おお 死よ。みんなお前に同じことを言う。

le galant hommeとは、教養があり、優雅で、宮廷の様々な作法を完全にマスターし、人々の模範となる人物。従って、マエケナスがun galant hommeだったという紹介は、引用された言葉が寓話の教訓として価値を持つことの保証となる。

では、引用された言葉の意味するところは何か?
その文をそのまま読めば、「どんなに不幸が重なっても、生きているだけで満足」と解釈できる。別の言い方をすれば、人間は死よりも生を愛する。

しかし、本当にラ・フォンテーヌは生きていればそれでいいという考えに立ち、寓話の教訓としたのだろうか?
その問いに答えるためには、マエケナスの言葉の由来を知る必要がある。それはセネカによって引用されたことで知られ、モンテーニュによっても取り上げられた。

セネカは古代ローマ時代を代表するストア派の哲学者で詩人。
彼は、「ルキリウスへの手紙」の中でマエケナスの言葉を引用した後、生きていればいいという主張に真正面から反対する説を唱える。
マエケナスの言葉は最も惨めなことを求めているのであり、苦痛を終わらせる処刑を先延ばしすることにどれほどの価値があるのか、とセネカは自問する。そして、「いつかは終えることになる命を長らえらせることが、それほど価値のあることなのだろうか?」と問いかける。

ラ・フォンテーヌはこの手紙を翻訳しているので、セネカの主張を知っていたことは疑いがない。
ちなみに、そこでは、マエケナスの言葉を次のように訳していた。

Qu’on me rende manchot, cul de jatte, impotent, 私の腕をなくし、足の先をなくし、手や足をなくせ、
Qu’on ne me laisse aucune dent,        歯を一本も残すな
Je me consolerai : c’est assez que de vivre.    私は自らを慰めるだろう。生きているだけで十分だ。

16世紀の思想家モンテーニュも、セネカと同様に、マエケナスの主張に否定的だった。
モンテーニュによれば、しばしば人間は悲惨な状態が続くうちにそれに慣れてしまい、むしろそうした状況にしがみつき、どんなにつらい境遇も受け入れ、生きながらえようとする。マエケナスの言葉はその証拠に他ならない。
しかし、モンテーニュの考えでは、人間は死の恐怖にとらわれない精神を持ち、死を求めることも、死から逃れることもなく、泣きたいときには泣き、自然のままに過ごすことが望ましい。(『エセー』第二巻三十七章「子供が父親に似ることについて」)

このような前提を踏まえると、ラ・フォンテーヌは、セネカやモンテーニュの考えに反対するために、あえてマエケナスの言葉を引用した。そんな風に考えるのが普通かもしれない。
しかし、別の解釈をすることもできる。

「死と木こり(La Mort et le bûcheron)」の教訓の前半は、「死は全てを回復させにやって来る。/しかし、我々は動かないようにしよう、今いるところから。」というものだった。
死は全ての癒やしになるかもしれないが、しかしそれでも命のある場所から動かずにいる。この教訓で「動かない」という言葉にポイントを置くと、「死を求めることも、死から逃れることもなく」というモンテーニュの考えと同じ方向を向いていることがわかってくる。

もしそれがラ・フォンテーヌの思想だとすれば、彼はマエケナスの言葉の解釈を変更しようとしたのかもしれない。
時により美しくも醜くも見える死は、絶対的な存在ではなく、人間が命令を下すことさえできる。寓話の物語の最後に置かれた一行も、教訓の最後の一行も、そのことをはっきりと示している。

« N’approche pas, ô Mort ; ô Mort, retire-toi. »
« Ne viens jamais, ô Mort ; on t’en dit tout autant. »

確かに死は嫌悪(horreur)と恐怖(effroi)を引き起こすのだが、それは死がobjet(そこに見える物)の時であり、見えない時には美しく思えることもある。
死を恐れていると、手足が利かなくなり、歯がグラグラになってしまうかもしれない。しかし、生きてさえいればいいと考えることで、逆に、そうした不幸が起こらないかもしれないし、もし起こったとしても、その状況を受け入れられるかもしれない。

死を絶対的なものと考え、死に支配されるのではなく、死を相対化し、時には死の上に立つ。そうした心構えの勧めとして、ラ・フォンテーヌはマエケナスの言葉を解釈したのではないか?
教訓をそのように読解できるように、寓話の物語に細かな細工を施したのではないか?

人間は死より命を愛することを描いた寓話として読むのではなく、死を前にしても恐れない人間の姿を描いた寓話として解釈する方が、「死と不幸な男」を構成するフランス語の詩句がより生き生きとした命を持つように、私には思われる。


『寓話集』第8巻の冒頭には、「死と死にかかった人(La Mort et le mourant)」と題された寓話が置かれている。
その寓話は、モンテーニュの『エセー』の中の「哲学をすることは、死を学ぶことである」という章を思わせるものであり、ラ・フォンテーヌとモンテーニュの対話という意味でも、興味深いものになっている。

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