星の王子さまの秘密 2/2

キツネの教え

『星の王子さま』は「大人の中にいる子ども」に向けられた児童文学に属し、子どもを楽しませながら教育することを目的とした伝統的な児童文学とは一線を画している。その意味で、教訓が全面に出てくることはない。

しかしその一方で、大人が心の底で求めていること、例えば、「ものは心で見る。肝心なことは目では見えない。」といった格言が伝えられ、この物語の魅力の大きな部分を作り出している。
私たちが普段の生活の中で忘れがちな大切なことを教えてくれる書物という位置づけは、こうした教訓的な内容に基づいている。

教訓は、王子さまが地球で出会ったキツネによってもっともはっきりした形で伝えられる。
そのキツネが王子さまに教えるのは、「愛すること」の意味である。

王子さまは、とても好きだったバラの花を本当の意味で愛することができず、彼女を置き去りにして、小さな星を脱出してしまった。
それから後の惑星めぐりの旅は、愛し方を学ぶための試練ともいえる。

王子さまはずっと、どうしたら愛することができるか、その答えを探していた。そして、求めていたからこそ、キツネから与えてもらうことができる。

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星の王子さまの秘密 1/2

サン=テグジュペリの『星の王子さま』(1944)は、日本で最も名前の知られているフランス文学作品の一つであるが、これほどの人気の秘密はどこにあるのだろうか。

まず、作者自身の手による挿絵の力が大きい。王子さまの愛らしい姿は、この作品の大きな魅力を形作っている。
実際、この作品は子どもに向けて書かれたと言われており、誰でも簡単に王子さまの不思議な世界の入り口に立つことができる。

しかしその一方で、奥行きも深い。最も有名な言葉、「大切なことは目に見えない」等の心に響く印象的な表現が、読者の心を捉える。その意味で、入り口が広いという以上に、奥行きが深い作品だといえる。

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サン=テグジュペリ 星の王子さま Saint-Exupéry Le Petit Prince apprivoiserの実践練習

「星の王子さま」の中で、王子さまがキツネから教えてもらう最も大切な秘密は、apprivoiserという言葉で表される。
日本語にピッタリする言葉がなく、「飼い慣らす」「手なずける」「仲良しになる」「なじみになる」「なつく、なつかせる」等々、様々な訳語が使われてきた。

日本語を母語とする私たちと同じように、王子さまもapprivoiserがどういうことかわからず、キツネに質問する。
キツネの答えは、「絆を作ること(créer des liens)」。
そして、意味を説明するだけではなく、王子さまに次のように言い、apprivoiserの実践練習をしてくれる。

– S’il te plaît… apprivoise-moi ! dit-il.

「お願い・・・、ぼくをapprivoiserして!」 とキツネが言った。

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本質的なものは目に見えない(サン=テグジュペリ)? 存在は本質に先立つ(サルトル)? 二つの世界観と絵画の表現

1910年に描かれた2枚の絵がある。

これほど違う世界観を表現している絵画が同じ年に描かれたことに、驚かないだろうか。
一方には、モンマルトルの街角が再現されている。この場所に行けば、今でもそれとわかるだろう。
もう一方は、何が描かれているのかまったく分からない。ギタリストという題名を見て人間やギターの姿を探しても、立方体の塊しか見えない。モデルになった人と出会っても、認識することは不可能である。

この対照的な2枚の絵画を参照しながら、サルトルとサン=テグジュペリによって示された二つの世界観について考えてみよう。
L’essentiel est invisible pour les yeux. (本質的なものは目に見えない。)
L’existence précède l’essence. (存在は本質に先立つ。)

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サン=テグジュペリ 『星の王子さま』  Antoine de Saint-Exupéry Le Petit Prince ポエジーの源

『星の王子さま』で最もよく知られているのは、子供の頃に書いたヘビの絵、王子さまとバラの諍い、王子さまとキツネの会話だろう。確かにそれらのエピソードは印象深い。

それらに比べると、一般的には少し忘れられているように思われる、美しいエピソードがある。
それは、不時着から一週間後、パイロットが王子さまと一緒に、砂漠の中で一つの井戸を探すエピソード。
映像と音楽が響き合い、抒情的な詩情(poésie)が生み出されている。

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サン=テグジュペリ 『星の王子さま』  Antoine de Saint-Exupéry Le Petit Prince キツネの教える秘密 — apprivoiser — 詩的物語 

『星の王子さま(Le Petit Prince)』の伝えるメッセージの中心は、小さな王子さまが出会うキツネによって伝えられる。

キツネは王子さまにapprivoiserしてくれと言い、王子はapprivoiserとはどういうことか問いかける。
そして、その対話の最後は、「大切なことは目に見えない。(L’essentiel est invisible pour les yeux)」という言葉へと続いていく。

これらの会話を通してとりわけ注目したいのは、『星の王子さま』が普通に言われる意味での「小説」ではなく、子供用の読み物でもなく、詩的な散文で綴られていること。
こう言ってよければ、散文詩的な物語。普通に誰もが使う日常の言葉が使われ、ごく普通の構文に基づきながら、詩情を感じさせる。
フランス語で小さな王子さまとキツネの会話を読むと、Le Petit Princeのしっとりとした詩情(ポエジー)を感じることができ、翻訳で読むのとは違う喜びを味わうことができる。

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サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 冒頭の一節 Antoine de Saint-Exupéry Le Petit Prince 20世紀のロマン主義

『星の王子さま(Le Petit Prince)』(1943)は、世界中で人気があり、誰もが一度は題名を耳にし、作者であるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900-1944)自身が描いた可愛らしい男の子の絵を見たことがあるだろう。

日本でも高い人気を誇り、1953年の内藤濯(あろう)訳以来、20種類以上の翻訳が出版されてきた。

ところが、実際に読んだ人たちの感想は、二つに分かれるようである。
一方では、感激して、絶賛する人々がいる。反対に、最後まで読んだけれど訳が分からないとか、途中で投げ出した、という読者もいる。
そうした極端に分かれる感想の違いは、どこから来るのだろう。

『星の王子さま』の中心的なテーマは、「心じゃないと、よく見えない。本質的なものは、目に見えないんだ。(L’on ne voit bien qu’avec le cœur. L’essentiel est invisible pour les yeux)」という表現によって代表されると考えられている。
この考えが、ロマン主義的だということを確かめ、ロマン主義的な思考に基づいて冒頭の一節を読んで見よう。

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