ボードレール 「旅への誘い」 韻文詩 Baudelaire « L’invitation au voyage » en vers

「旅への誘い」は、フランス語で書かれた詩の中で、最も美しいものの一つ。
音楽性、絵画性が素晴らしく、女性に対する愛のささやきが、美に直結している。

その美は現代にも通じ、Louis Vuitton が、David Bowie を使い、L’Invitation au voyageというイメージ・ビデオを作ったことがあった。

ボードレールはこの詩を最初に韻文で書き、次に散文でも同じテーマを扱った。そのことは、詩とは韻文で書かれるものであるという、フランス詩の伝統への挑戦だった。
散文でも詩を書ける。つまり散文詩を文学のジャンルとして成立させる試みだった。

ここでは、韻文の「旅への誘い」をまず読んでみよう。

韻文詩「旅への誘い」は、涙する女性に向けて、美しい国に旅に出ようと誘う、恋愛詩である。
その上で、旅は精神的な次元を含み、共感感に基づいた創作への誘いとしても読むことができる。

実際、詩は3つの部分で構成されている。
それは絵画で言えば、中央の絵を二つの扉で囲む絵画。例えば、リューベンスの三連祭壇画「キリスト降架」。

Rubens, Descente de la Croix

音楽で言えば、3拍子のワルツ。例えば、ウェーバーの「ダンスへの誘い(Aufforderung zum Tanz)」。

それぞれの内部は、5/5/7という音節の3行詩が4つ続き、最後に2行の7音節の詩句が置かれている。

Jan Wubbels, Shipping on the Ijsselmeer with Amsterdam (部分)

第一詩節は、題名の通り、旅への誘い。

  Mon enfant, ma sœur,
  Songe à la douceur
D’aller là-bas vivre ensemble !
  Aimer à loisir,
  Aimer et mourir
Au pays qui te ressemble !
  Les soleils mouillés
  De ces ciels brouillés
Pour mon esprit ont les charmes
  Si mystérieux
  De tes traîtres yeux,
Brillant à travers leurs larmes.

Là, tout n’est qu’ordre et beauté,
Luxe, calme et volupté.

  私の愛しい子、妹よ、
  あの甘やかさを思っておくれ、
彼方に行き、一緒に暮らすんだ!
  おもいきり愛し、
  愛し、そして死ぬ、
君に似たあの国で!
  湿った太陽が、
  霞んだ空に浮かび、
私の心に魅力的にうつる、
  とても不思議な目の魅力、
  君の裏切りの目が
涙の間で輝いている。

彼方では、全てが整然とし、美しい、
豪華で、静か、そして官能的。

「旅への誘い」は、愛する女性への呼びかけから始まり、ここから遠くに行き、共に暮らすことを夢見て欲しいと願う。
その夢(songe)は、激しい欲望ではなく、穏やかな(doux)願いだ。

しかし、行く(aller)、生きる(vivre)、愛する(aimer)と動詞の原形が続いた後、死ぬ(mourir)という言葉が付け加えらる。それは、今いる場所から離れることが、死につながり、あの世への旅立ちであることを暗示している。

その誘いの言葉の中では、2つの詩行の最初にaimerが反復され(アナフォール)、その後で、たっぷりと( à loisir)と死ぬ(mourir)という変化が加えられる。
vivre, loisir, mourirでは、iの音の反復(アソナンス)が用いられ、詩的効果を挙げている。
iの音は、続くpays(pé-iと発音), quiでも反復され、生き、愛し、死ぬのが、君に似た国であることが際立つ音の配置になっている。

Salomon van Ruysdael, Vue de Deventer

後半の6行は一つの文であり、区またぎ(enjambement)の連続になっている。
主語は、靄の掛かった雲の湿った太陽。
動詞は、持つ(avoir)。
目的語は、涙の奥で輝く君の裏切りの眼差しの神秘的な魅力。

二人は喧嘩でもして、女性が泣いているのだろう。
その涙の奥で、愛する人の目がきらきらと輝いているのを、詩人は知っている。
彼女は決して悲しんでいるわけではなく、詩人の愛を確認しようとしているのだろう。だから、旅に出ようと誘う詩人の言葉で、彼女の目は輝いている。

Willem van Aelst, Nature morte de fleurs avec montre 

最後の2行は、リフレインとして、後に続く2つの詩節の最後でも反復される。

彼方(Là)は、旅の目的地。
恋人たちが到達するのを夢見る国。
そこには美があり、穏やかでありながら官能的。

そこで耳を打つのは、Oの音の反復(アソナンス):ordre, beauté, volupté。
Lの音の反復(アリテラシオン):là, luxe, calme, volupté.
その上で、beautéとvoluptéが韻を踏む。

このようにして、音の上でも官能の喜び(volupté)に焦点が当たる。
そのようにして、官能が美と強く結びつき、美を生み出す秘密であることが示されている。

第2詩節では、動詞が条件法に置かれ、夢の国の様子が想像上のこととして描かれていく。

Des meubles luisants,
  Polis par les ans,
Décoreraient notre chambre ;
  Les plus rares fleurs
  Mêlant leurs odeurs
Aux vagues senteurs de l’ambre,
  Les riches plafonds,
  Les miroirs profonds,
La splendeur orientale,
  Tout y parlerait
  À l’âme en secret
Sa douce langue natale.

Là, tout n’est qu’ordre et beauté,
Luxe, calme et volupté.

家具が輝き、
  年月によって磨かれ、
我らの部屋を飾るだろう。
  本当に稀な花々が、
  その香りを溶け込ませるのは
琥珀のおぼろげな香り、
  豪華な天上、
  奥の深い鏡、
オリエントの輝き、
  そこでは、全ての物が話すだろう、
  魂に、こっそりと、
故郷の甘い言葉を。

彼方では、全てが整然とし、美しい、
豪華で、静か、そして官能的。

二人の部屋では家具が美しく輝やいている。その輝きは、新しさからではなく、年月によって磨かれたもの。

Johannes Vermeer, La Liseuse à la fenêtre

続く9行は、一つの文。第一詩節以上に区またぎ(enjambment)が続く。
そして、この長い詩行の連続が、夢の国の物憂い雰囲気を作り出す。

主語は、希少な花々、天井、鏡、オリエントの輝き、そして、それらを「全て(tout)」が受け止める。
動詞は、話す。
目的語は、故郷の甘い言葉。

Maria van Oostervijk, Vase avec des tulipes, roses et d’autres fleurs avec des insectes

物憂い雰囲気の中心には花がある。
花は視覚以上に、臭覚に訴えかける。そのために、ボードレールは、花の香り(odeur)を琥珀(ambre)の香り(senteur)と混ぜ合わせ、琥珀の香りにはおぼろげな(vague)という形容詞を付ける。

そうした共感覚の世界では、一つ一つの感覚が相互に入り組み、混乱し、ぼんやりとした印象を与える。
ボードレールは、「コレスポンダンス」の中で、自然という神殿を歩くときに聞こえる音を、混乱した言葉(de confuses paroles)と捉えている。
https://bohemegalante.com/2019/02/25/baudelaire-correspondances/
その言葉が、ここでは、「故郷の甘い言葉」と呼ばれる。

Pieter de Hoch, Family portrait in an opulent interior

この夢の部屋は、魂の故郷であり、起源の地。全く知らない新しい場所ではなく、すでに知っているという印象を与える。

その印象をボードレールは、天井、鏡、オリエントの輝きで具体化する。
この時に彼が思い描いているのは、中近東ではなく、アジア・オリエント貿易の入り口であるオランダだと考えられている。

Johannes Vermeer, Vue de Delft

第3詩節では、部屋の外に目をやり、運河のある風景が描き出される。

  Vois sur ces canaux
  Dormir ces vaisseaux
Dont l’humeur est vagabonde ;
  C’est pour assouvir
  Ton moindre désir
Qu’ils viennent du bout du monde.
  – Les soleils couchants
  Revêtent les champs,
Les canaux, la ville entière,
  D’hyacinthe et d’or ;
  Le monde s’endort
Dans une chaude lumière.

Là, tout n’est qu’ordre et beauté,
Luxe, calme et volupté.

  見ておくれ、この運河で、
  何艘もの船が眠るのを、
放浪が好きなのに。
  満足させるためなんだ、
  お前のほんのちょっとした欲望を、
だから、世界の果てから船がやって来る。
  ーー沈む太陽が
  覆っていく、野原や、
運河や町全体を、
  黄金色とヒヤシンスの色で。
  世界が眠り始める
暖かい光の中で。

彼方では、全てが整然とし、美しい、
豪華で、静か、そして官能的。

「見ておくれ。」という呼びかけは、リアルな風景を目に浮かび上がらせる効果がある。(文体論では、Hypotyposeと呼ばれる手法。)

Jan van de Cappelle, A Calm

運河に浮かぶ船も、風景全体も、全てがまどろみ始める。
そこに見える船は、愛する女性のほんのわずかな望みさえもすぐに叶えてくれるために、世界の果てからやって来たのだ。

その時、夕日が景色全体を穏やかな光で包み込んで行く。
その光で覆われる野原(les champs)、運河(les canaux)、町全体(la ville entière)は、2音節、3音節、4音節と増加し、光によって徐々に覆われていく様子を音の数の増加によって表現している。

さらに、太陽の黄金の光(d’or)と眠る(s’endort)が韻を踏み、全体(entière)と光(lumière)の韻によって囲まれる。
その抱擁韻(rimes embrassées)は、光が世界全体を覆い、全てが眠りにつくことを、見事に表現している。

読者も、呼びかけられた女性と同様に、この詩句の音楽性と絵画性によってまどろみ、美の世界へと誘われる。
その美の世界とは、リフレインで表現される世界に他ならない。
Là, tout n’est qu’ordre et beauté,
Luxe, calme et volupté.


アンリ・マティスは、この最後の詩句を題名にした1枚の絵画を描いた。

Henri Matisse, Luxe, Calme, Volupté

アンリ・デュパルクが、1870年にはすでにこの詩に曲を付けた。

現代では、レオ・フェレの歌がよく知られている。

しかし、他にもいろいろな曲が付けられている。

このように、「旅への誘い」はインスピレーションの源泉となり、多くの作品を生み出したのだった。

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