マラルメ 海の微風 Mallarmé « Brise marine » 無(Rien)の歌

Paul Cezanne, Le golfe de Marseille, vue de l’Estaque

「海の微風(Brise marine)」は、その題名だけで、すでにとても美しい。
4音節が、2(Bri/se)/2(Marin(e))に別れ、それぞれに [ ri ]の音が入り、バランスが取れていている。

第一詩句は、« La chair est triste, hélas ! et j’ai lu tous les livres. »
12音節が6音節・6音節と真ん中で句切れ、その中で、[ l ]と[ r ]、そして母音[ e ]が何度も反復され、心地よい音の流れが出来上がる。
そこに、[ t ]と[ i ]の音が、triste / tous … livresと反復され、海辺に爽やかな風が吹き寄せる効果を生み出している。

詩句の美しい音楽性に対して、内容は、救いがないように思われる。
現実で感じるのは倦怠であり、そこから逃れて旅立ったとしても、待っているのは船の難破だけ。

また、倦怠、メランコリー、旅立ちという、ボードレール的テーマから出発しながら、マラルメは、神秘的な魅力(les charmes si mystérieux)をもった国に到達することもないし、未知(l’inconnu)や新たなもの(le nouveau)を見つけることもない。
https://bohemegalante.com/2019/11/05/baudelaire-linvitation-au-voyage-1/
https://bohemegalante.com/2019/11/01/baudelaire-le-voyage-7-fin/

マラルメは、涅槃(le néant)に出会い、虚無(Rien)を歌うしかない。
しかし、その歌には、美の反映が認められる。

Brise marine

La chair est triste, hélas ! et j’ai lu tous les livres.
Fuir ! là-bas fuir ! Je sens que des oiseaux sont ivres
D’être parmi l’écume inconnue et les cieux !
Rien, ni les vieux jardins reflétés par les yeux
Ne retiendra ce cœur qui dans la mer se trempe
Ô nuits ! ni la clarté déserte de ma lampe
Sur le vide papier que la blancheur défend
Et ni la jeune femme allaitant son enfant.

海の微風

肉体は悲しい、残念なことに! 私はあらゆる書物を読んでしまった。
逃亡だ!彼方に逃亡だ! 私は感じる、鳥たちが酔っていることを、
未知の泡と天空の間に身を置くことに!
何もない、目に映る古い庭も、
この心を引き留めるはしないだろう、心は海に浸るもの。
夜たちよ!心を引き留めはしないだろう、私のランプの不毛な光、
純白が防御する空白の紙の上の光も、
子どもに乳をやる若い女も。

最初の3行で、マラルメは、現実に倦み、彼方への旅立ちを夢見る、詩全体のテーマを提示する。

最初の行は、肉体(la chair)に象徴される物質主義的次元と、あらゆる書物(tous les livres)に代表される知的、科学的次元に対する倦怠が示される。

この世界観は、ゲーテのファウストと対応していると考えていい。
ファウストはメフィストフェレスと出会う前、現実世界に退屈し、次のように独り言を言う。

はてさて、己は哲学も、法学も医学も、あらずもがなの神学も、熱心に勉強して、底の底まで研究した。そうしてここにこうしている。気の毒な、馬鹿な己だな。(中略)
ああ、せつない、己はまだこの牢獄に蟄(ちつ)しているのか。ここは呪われた、鬱陶しい石壁の穴だ。(ゲーテ『ファウスト』森鴎外訳)

この牢獄、石壁の穴とは、地上のこと。(プラトンの「洞窟の比喩」を思わせる。)
そこに留まることは、まさに「残念なこと(hélas)」であり、倦怠(ennui)や憂鬱(mélancolie)に満たされるしかない。

そしてそこで夢見るのは、逃亡する(fuir)こと。
第2ー3詩行は、その望みを、ボードレールに模して表現する。
実際、彼方(là-bas)、酔う(ivre)、未知(inconnu)は、ボードレール的な陶酔(extase)、美(beau)の中核をなす言葉。
https://bohemegalante.com/2019/07/15/baudelaire-enivrez-vous/
https://bohemegalante.com/2019/02/20/baudelairle-confiteor-de-lartiste/
https://bohemegalante.com/2019/02/24/baudelaire-la-beaute/

詩句の表現としては、ivresがlivresと豊かな韻を踏み、退屈を代表する「書物」と彼方での恍惚を意味する「酔い」の対照が、強調されている。

もう一つの重要な単語「未知の(inconnu)」は、12音節の詩句の中の中間(6/6)の区切り(césure)の後に置かれ、それが形容する泡(l’écume)と切り離されている。
これは伝統的な詩法であり、マラルメはそうした伝統に基づきながら、「未知の(inconnu)」という単語に焦点を当て、詩的効果を出している。

こうして、最初の3行で詩全体の提示がなされる。
その後の第4ー8詩行では、現実に関する具体例が、第9ー15詩行では、旅立ちに関する夢想が語られる。

ここであえて「語る」というのは、全部で16行ある詩句が、全て二つの連続する韻(平韻;AA-BB-CC-DD)で構成されていることを踏まえている。
心の内面を表出する抒情詩では、交差韻(AB-AB)や抱擁韻(AB-BA)が多く使われる。
それに対して、叙事詩のように出来事を語る場合には、平韻(AA-BB)が用いられることが多い。
マラルメは、「海の微風」を平韻で綴ることで、抒情的な効果ではなく、心の中の出来事を語る叙事的な効果を狙ったと考えることもできるだろう。

現実に対する倦怠を歌う4行目から8行目は、否定的な表現が支配している。
Rien(何もない)、ni…ni…ni…(ない。。。ない。。。ない。。。)
一言で言えば、この世に、何(rien)も心を引き留めるものはない。
具体的に言えば、目に映る古い庭((les vieux jardins reflétés par les yeux))も、書き物机の上のランプ(ma lampe)も、子に乳を与える若い女性(la jeune femme allaitant son enfant)も、心(cœur)を引き留め(retenir)はしない。

引き留めるを意味する動詞retenirが未来形に置かれているのは、語られることが頭の中で考えていること、空想であることを示している。

庭は自然の美しさ、母は人間の愛情の象徴だと考えられる。

夜のランプは、詩人の苦しみの告白。
夜を徹して何かを書こうとしても、紙は何も書かれず(vide)、白い(la blancheur)まま。その苦しみが、ランプの光に反映し、光(la clarté)が不毛(déserte)に感じられる。

こうした中で、とりわけ注目したいのは、心のあり方。

ce cœur qui dans la mer se trempe (海に浸る心)

浸る(trempe)という動詞は直説法現在形だが、今心が海に浸っているという現在の時点の出来事を意味するのではない。
そうではなくて、時間に関係なく、心というものはいつでも海に浸っているものだという、一般的な事実を述べている。
従って、その表現から、マラルメにとって、心は常に海に浸り、海と親和性があるものだということが理解できる。

そのため、「私」は、何(rien)も心を引き留めない現実世界を離れ、船の旅に出ることを願う。

第9詩行からは、旅への想いが語られる。

Je partirai ! Steamer balançant ta mâture,
Lève l’ancre pour une exotique nature !
Un Ennui, désolé par les cruels espoirs,
Croit encore à l’adieu suprême des mouchoirs !
Et, peut-être, les mâts, invitant les orages
Sont-ils de ceux qu’un vent penche sur les naufrages
Perdus, sans mâts, sans mâts, ni fertiles îlots …
Mais, ô mon cœur, entends le chant des matelots !

私は出航する! 帆を左右に揺らすイギリスの蒸気船よ、
錨を上げ、異国の自然に向かえ!
「倦怠」は、残忍な希望に苦しめられ、
いまだハンカチの最後の別れを信じている!
そして、おそらく、マストは、嵐を招き、
一陣の風が傾けるものだ、その下には難破船、
跡形もなく、マストもなく、マストもなく、肥沃な小島もない。。。
だがしかし、おお、我が心よ、水夫たちの歌を聞け!

逃亡し、波と空の間を舞う鳥たちの恍惚を夢見る「私」は、ここでもボードレールを先導者としている。

そのことは、自然(nature)を形容する異国の(exotique)という単語によって、はっきりと示される。
その単語は、ボードレールの韻文詩「異国の香り(Parfum exotique)」の中に含まれている。

「異国の香り」に描かれる島(île)では、自然(la nautre)が独特な木々と、味のいい果実をたたえている。まさに「肥沃な小島(fertiles îlots)」なのだ。
港には、帆やマスト(mâts)が、数多く見える。
そして、私の魂の中に、船乗りたちの歌(chant des mariniers)が聞こえる。

船の出航に際して振られる別れのハンカチ(mouchoir)は、ボードレールの韻文詩「髪(La Chevelure)」や、その詩に対応する散文詩「髪の中の半球(Un Hémiphre dans une chevelure)」に見られる。

大文字で記される「倦怠(Ennui)」は、「パリの憂鬱(Spleen de Paris)」の詩人の中心的なテーマ。

このように、詩の後半は、ボードレール的表現に満ちあふれている。

しかし、そこには、香りもなければ、身体の温かさもない。恍惚(extase)をもたらすものは、何もない(rien)。

あるのは、難破(naufrage)の確信だけ。
マストは、風を含み、異国に向かうのではなく、嵐を呼び(invitant les orages)、船を沈没させる。
現実だけではなく、船の旅も、倦怠(Ennui)だけしかなく、希望(espoirs)は残酷に(cruels)裏切られる。

船が難破し、粉々に砕かれた姿は、第15詩行で詩句として描き出されている。

Perdus / sans mâts / sans mâtes // ni / fertiles îlots

12音節の一行が断片化し、2/2/2/6と分断される。
後半の6音も、 ni という一音に先導され、否定的な表現となる。
さらに、「マストがない(sans mâts, sans mâts)」と二度繰り返されることで、船のマストがばらばらに吹き飛んだ様子が、意味的にも、形態的にも示される。

こうして、マラルメは、イギリスの蒸気船に向かって、異国の地に出港するようにと叫んでみたものの、行く先には難破しかないという予感の漂った詩句を続ける。
ボードレールとは違い、現実も旅も、虚無(néant)なのだ。
「海の微風」の詩人には、酔い(ivre)も、恍惚(extase)もない。何もない(rien)。

しかし、と彼は、「私の心」に向かってこう命じる。
「水夫たちの歌を聞け!(entends le chant des matelots ! )」

心とは海に浸っているもの。異国の香りを発散している。
船乗りたちは、異国の自然を求めて、永遠の旅をする者たち。

「私」は、夜、ランプに照らされながら、白い紙の上にペンを走らせる。
たとえどんなにその作業が苦しく、不毛だとしても、その虚無に想いを寄せ、詩句を生み出そうとする。
その作業が船出であり、「私」も船乗りの一人なのだ。

とすれば、「船乗りたちの歌」とは、「海の微風」という16行の詩そのもののことだろう。
その音楽は耳に心地よく、海に浸る心を酔わせてくれる。

航海の海に嵐が吹き荒れているにもかかわらず、題名が「海の微風(Brise marine)」となっているのは、その酔い心地と美しさのためだろう。

虚無(rien)の詩が、美の反映となっていることを、「海の微風」自体が証明しているのだ。

そして、その虚無は、1899年に出版された『ステファン・マラルメ詩集』の巻頭を飾る、途轍もなく美しい詩「乾杯」へと続くことになる。

Rien, cette écume, vierge vers
無、この泡、手つかずの詩句

https://bohemegalante.com/2019/02/07/mallarmesalut/



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