フランス語 はじめの一歩

(3)異文化へのアプローチ。

21世紀に入り、自動翻訳の技術だけではなく、スマートフォンなどの進歩も著しい。そうした中で、日本における外国語学習の意義も変化していくに違いない。

現在の英語教育では、コミュニケーション言語としての英語力の養成にアクセントが置かれ、その傾向はますます強まっている。
しかし、AI(人工知能)の進歩によって、コンピュータによる翻訳はかなりのレベルに達するところまできている。

昨年の「日本経済新聞」には「AI翻訳「人間超え」へ 技術が急発展 」という記事があった。

語学の勉強をしなくても世界の人々と意思疎通できる時代がやってきた。人工知能(AI)を用いた「ニューラル機械翻訳(NMT)」技術が猛烈な勢いで発展しているからだ。言葉の壁は大幅に低くなった。翻訳業界は再編が始まった。街中では自動翻訳機が急増中で、観光業界や店舗、運輸、病院などに普及し始めた。将来的には自動翻訳機が1人に1台、普及する可能性も出てきた。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49000580W9A820C1000000/

「AINowメルマガ」には、「7つの事例が語るAI翻訳の実態ーAI技術が翻訳どう変えたか」という記事があり、AI翻訳の実際も示されている。
https://ainow.ai/2019/08/08/174502/
この記事の中では、無料で使える2つのサイトが紹介されている。
Google翻訳 https://translate.google.com/?hl=ja
LINE翻訳 https://linepc.jp/line_app/line-30.html

通訳に関しては、Iphoneの音声言語Siriに「翻訳機能」が追加された。
https://bitwave.showcase-tv.com/siri-translate/
この機能を使えば、日本語でSiriに話しかければ、英語の音声に変えてくれる。
Iphoneが人間の通訳の代わりになる時代がほぼ来ているのだ。

このように、コミュニケーション言語であれば、人間よりもAIの方が素早く、簡潔に、安価に翻訳、通訳をする時代が到来しようとしている。

そうした中で、莫大な時間、労力、経費のかかる外国語学習に取り組むとしたら、どのようなメリットがあるのだろう。

コミュニケーションに使う言葉、役に立つ実用的な言語は、非常に単純な図式に基づいて考えられている。
話し手が自分の意図を言葉で聞き手に伝え、聞き手は言葉から意図を理解する。

話し手 → 言葉(意図) → 聞き手

言葉は意図を伝えることが最大の役割であり、誤解のないこと、つまり、話し手の意図がどのような聞き手にもクリアーに伝わることが求められる。
そこでは、話し手も聞き手も非人称的存在であり、誰が誰とコミュニケーションしているのかは問題にならない。

こうしたコミュニケーション言語と対極にあるのが、文学言語だと言える。

書き手、例えば、夏目漱石と森鴎外では、同じ日本語でありながら、文体はまったく違う。作家の個性が文学の要である。

読者に関しても同じことで、一人一人の読者が自分なりの解釈をし、文学作品から得る滋養も人によって違っている。
そのことは、翻訳を比較するとよくわかる。

秋の日の/ヰ゛オロンの/ためいきの/身にしみて/ひたぶるに/うら悲し。(上田敏)

秋風の/ヴィオロンの節/ながき啜泣/もの憂き哀しみに/わが魂を痛ましむ。(掘口大學)

秋のヴィオロンが いつまでもすすりあげてる 身のおきどころのないさびしい僕には、ひしひしこたえるよ。(金子光晴)

ヴェルレーヌの一つの詩« Chanson d’automne »に対して、訳者によって別の理解が示され、別の言葉で翻訳されてる。

ベルレーヌの詩句は、このように書かれている。

Les sanglots longs / Des violons / De l’automne / Blessent mon cœur / D’une langueur / Monotone.

https://bohemegalante.com/2019/09/30/verlaine-chanson-dautomne/

このフランス語の詩句の音色やリズムは、翻訳では決して味わうことができない。
一人一人の読者によって、ヴェルレーヌのフランス語の詩句から読み取ることにも、感じ取ることにも、違いがある。3つの翻訳の違いはそのことをはっきりと示している。どれが正解というのではなく、それぞれの訳者が、個人として受け取ったことを、自分の言葉で表現しているのだ。

言葉のやり取りのベースに一人一人の人間がいて、異なった人格が意味を持つ世界、それが文学言語の世界だといえる。
その意味で、AI翻訳の対極にある。

私たちが多くのエネルギーを費やして外国語を学ぶ意義は、従って、AIの発達によって失われるものではない。

AIの翻訳・通訳は便利であり、コミュニケーションの道具として非常に有益なものである。
しかし、そこで展開するのは、母語の世界である。日本語で話し、AIが英語の部分を担い、相手の言葉も日本語で伝えてくれる。

それに対して、自分が外国語を話し、読み、理解することは、「わたし」という個人に深くかかわっている。
そのために、外国語を通して直接的に異文化に接することは「わたし」に直接影響を及ぼし、母語の世界だけでは得られない感受性や思考を養ってくれる。

文化(culture)という言葉の語源は「耕す(cultiver)」という言葉。
畑を耕せば、作物が実る。
人間を耕せば、教養(culture)が養われる。

外国語の習得は、異文化に接することで母語とは違う感性や思考を身につけ、多文化を自分の中で共生させることにつながる。
その意識を持つことが、21世紀において、外国語学習へのモチベーションを維持し、高めていく秘訣になるだろう。

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