マラルメ 「エロディアード 舞台」 Mallarmé « Hérodiade Scène » 言語と自己の美的探求 2/7

マラルメは、「エロディアード」を、ミロのヴィーナスやダヴィンチのモナリザに匹敵する美を持つ作品にまで高めることを望んだ。
そのために、様々な技法をこらし、言葉の意味だけではなく、言葉の姿や音楽性も追求した。

「序曲」が原稿のままで留まったのに対して、「舞台」は『現代高踏派詩集』上で発表された。とすれば、「舞台」はマラルメの自己評価をある程度まで満たしていたと考えてもいいだろう。

「エロディアード 舞台」では、乳母(la nourrice)を示す N.、エロディアード(Hérodiade)を示す H. による対話形式、12音節の詩句が、演劇や詩の伝統の枠組みの中にあることを示している。

そうした伝統に則りながら、その中で新しい詩的言語によるシンフォニー的な作品を生み出すことが、マラルメの目指すところだった。

N.

Tu vis ! ou vois-je ici l’ombre d’une princesse ?
À mes lèvres tes doigts et leurs bagues, et cesse
De marcher dans un âge ignoré…

          N. (乳母)

生きている! それとも、私は、いずこかの姫様の影を見ているのだろうか。
私の唇には、あなたの指が、指輪が。やめてください、
いつとも分からぬ時代の中を歩くのは。。。

乳母がエロディアードの姿を見て驚く場面から、詩が開始される。
その驚きは、姫の死を前提としている。そうでなければ、生きている姿を見て、驚きの声を上げることはない。
また、姫の姿が、自分の知らない別の王女(une princese)の影、あるいは亡霊ではないかと、乳母が自問することもない。

この第1詩節によって浮かび上がる「生きている」と「影、亡霊」の対比は、「自己」とその「鏡に映った姿」の対比を暗示している。

乳母の唇に姫の指や指輪が当たるとしたら、物の実在を示していることになる。
しかし、それを信じられない乳母は、姫に向かい、歩みを止めるようにと請う。

「いつとも分からない時代(un âge ignoré)」とは何か。
亡霊は、時間とは関係なく存在し、その出現はいつの時代とも確定できない。
従って、乳母が目にしている姿が影・亡霊ではないかと思う気持ちを、いつとも分からない時代という表現によって強めていることになる。

この詩句は、ゲーテの『ファウスト』の第二部で、古代の美女ヘレナがファウストの生きる中世に出現した場面を思わせる。
ファウストは、ヘレナの影と結ばれるが、しかし影は最後には消え去ってしまう。

乳母は、エロディアードの姿を目にしながら、彼女が実在しているのか、それとも単なる影であるのか、決めかねている。

以上が、3行の詩句の意味することだが、マラルメは詩の技法を駆使して、リズムや音色の工夫をすることで、音楽的で美しい詩句を作り出す。

リズム

まず、12音節の切れ目を探ることで、詩句のリズムを見ていこう。
一般的には、12音節は6/6で区切られる。6 // 6
日本語話者にとって、5/7/5のリズムが自然に身に付いているのと同じことである。

そこで、6/6を変化させることで、独特のリズム感を生み出すことが可能になる。

Tu vis  (2) / ou vois-j(e) ici (4) // l’ombre (2) / d’une princesse (4)
À mes lèvres (4)/ tes doigts (2) //et leurs bagues (4) / et cesse (2)
De marcher (3] / dans un âg(e) // ignoré (6) …

1行目は、2/4,2/4のリズム。
フランス語では、母音と母音が重なることを嫌い、je iciは、j(e)iciと発声される。そこで、je iciは2音節とカウントされる。

2行目は、4/2,4/2のリズム。

3行目は、3/6 (3+3)のリズム。
âge ignoréは、âg(e)ignoréと見なされ、4音節とカウントされる。。
また、3行目が途中で切れているが、最後の3音は次に出てくるエロディアードのセリフとなっている。

以上を確認するだけで、均整の取れたリズムと、その多様な展開を感じることができる。

フランス語の詩では、リズムの区切れは意味の切れ目と対応していることが基本となる。
基本を崩すことで、不規則な部分の単語が強調される。

2行目の最後の単語 « cesse »は意味的には、3行目の« de marcher… »につながる。
意味的に次の行の詩句に置かれるべき単語を前の行に置くことを、コントル・ルジェ(contre-rejet)と呼ぶ。
この技法によって、« cesse »という単語を強調することができる。

3行目は、本来の切れ目である6/6を跨いで言葉がつながっている。
De marcher dans un âg(e) (6) // ignoré
こうした技法は句またぎ(enjambement)と呼ばれ、句のリズムを変えるだけではなく、不規則な部分の単語(ここでは、ignoré)を強調することになる。

(フランス詩法については、次の項目を参照。)
https://bohemegalante.com/2019/05/25/lecture-poeme-francais/3/ 


音色

フランス語の詩において、音色の重要性は、韻が不可欠であることからも理解できる。

1行目の最後は、princesse、2行目の最後はcesse。このように連続する詩句で韻を踏む形を、平韻と呼ぶ。

しかし、韻だけではなく、母音の反復(アソナンス)や子音の反復(アリテラシオン)によっても、独特の音色が奏でられる。

まず目に付くのは、子音[ v ]の反復。(アリテラシオン)
Tu Vis – Voisの反復によって、生きることと見ることが関係づけられる。
そして、lèVres(唇)で再び [ v ]が反復されることで、視覚と触覚が結びつけられる。

次に、母音[ i ]の反復。(アソナンス)
vIs – IcIと[ i ]の音が3度続き、詩の冒頭を印象的にする。
そして、最後の単語Ignoréで再び[ i ]が回帰することで、âge ignoréが強調される。

以上のことを意識すると、冒頭の6音節« Tu VIs ! ou Vois-j(e) IcI »の音色が、乳母の最初のセリフの中でどれほどの重要性を占めているか、音として感じることができる。

以下のyoutubeビデオの2分30秒のところから、詩の朗読が始まる。
それを聴くと、この詩句の美しさを耳から感じ取ることが出来る。


続くエロディアードの言葉は、乳母の最後の言葉で残された3音節を引き受けるところから始まる。

   H.                

Reculez.
Le blond torrent de mes cheveux immaculés,
Quand il baigne mon corps solitaire le glace
D’horreur, et mes cheveux que la lumière enlace
Sont immortels. Ô femme, un baiser me tûrait
Si la beauté n’était la mort…

          H.(エロディアード)  

後ろに下がってください。
私の汚れのない髪の、金色の爆流が、
私の孤独な体を浸す時、この体が凍りつくのです、
あまりの怖ろしさのために。私の髪は、光に包まれ、
不死なのです。おお、女よ、たった一度の口づけさえ、私を死に追いやるでしょう、
もしも、美が死でないとしたら。

エロディアードは、彼女に近づき、接吻をしようとした女性に向かって、近づくなと命じる。
その時、彼女はまだその女性が自分の乳母だとは気づいていない。あるいは、気づかないふりをしている。
そのために、女よ(Ô femme)と呼びかけ、彼女への命令も、下がってください(reculez)と、距離を置いた言い方である« vous »に対する要求にしている。

エロディアードの体は、美しい金髪で覆われている。
その金髪は、不滅の美、永遠の美の象徴であるが、エロディアードは、その永遠を恐れ、怖ろしさのあまり凍り付いてしまう。

その一方で、時間が全てを死に追いやる現実も恐れている。
その現実を象徴するのが、乳母の口づけ。
現実を生きる乳母に触れられれば、彼女は死んでしまうことになるだろう。

この5行の詩句が伝えるのは、美に対するマラルメの逡巡である。

過去の美であれば、女神のように不滅であった。例えば、ミロのヴィーナス。

しかし、それは過去の美であり、不死、不滅の美は現代の美ではありえない。
だからこそ、汚れのない黄金の髪で体を覆われれば、現代の美を体現するエロディアードは、恐怖で凍りつくことになる。

その一方で、乳母に代表される現在の時間を受け入れることになれば、美が死んでしまうことにもなりかねない。

このエロディアードの詩句も、リズムと音と意味の連結が素晴らしく工夫されている。

Le blond torrent / de mes // cheveux / immaculés,
Quand il baigne mon corps // solitaire / le glace
D’horreur / et mes cheveux // que la lumière enlace
Sont immortels. / Ô femme, // un baiser me tûrait
Si la beauté n’était // la mort…

最初の文の主語は« le blond torrent »であり、動詞は2行目の最後に置かれた« glace »。
Le blond torrent le glace d’horreur. 金髪の爆流が、それ(体)を恐れで凍らせる。

この基本文型に基づきながら、いくつかの言葉を際立たせるための詩的技法が用いられている。

先ず、リズムを見ておこう。

mes とcheveuxの間に6/6の切れ目があることで、cheveuxに注目がいく。
同じように、corps とsolitaireの間にも切れ目があり、solitaireに注目がいく。

また、d’horreurは前の行(le glace)の続きであり、ルジェ(rejet)という技法で強調されている。

4行目の最初の6音節は4/2のリズムで、2の部分に « Ô femme »が置かれることで、女よという言葉にアクセントが置かれている。

5行目は、6/2(後の4は次の行)で、2の部分(la mort)が強調される。

次に音色と意味の関係を見ていこう。

mes cheveuxが反復されることで、これらの詩行の中心的なテーマが「私の髪」であることが示される。

その髪に付けられた形容詞 immaculés(汚れがない)の[ im ]の音が、immortelsで反復され、汚れのなさと不死の繋がりが音によって示される。

金色を意味するblONdに含まれる[ on ]の音は、乳母がエロディアードに問いかけたキーワードである影(OMbre)と共鳴している。
そして、私の体のmONに反響する。
Ombre – blond – mon

さらに何度もこだまするのは、[ o ]の音。
乳母の最後の言葉 ignOréから始まり、tOrrent, cOrps, sOlitaire, hOrreurと反響し、最後に、女よと呼びかける際の Ô から、bEAUté、そして、mOrtに行き着く。
最終行、美に含まれるオ(eau)の音と死に包まれるオ(o)の対応は、見事としか言いようがない!

こうした巧みな音の配置は、決して偶然ではなく、マラルメが意識的に構築したものである。

Le blond torrent de me cheveux immaculésと声に出して読み、次にmon corps solitaireに出会うと、音色の効果をはっきりと感じ取ることができる。

そして、リズムで示される息継ぎと音色で示される声の調子を感じられるようになると、マラルメという詩人の息づかいや話し声が聞こえてくるようになる。

https://bohemegalante.com/2019/03/11/musee-mallarme/

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