ラ・フォンテーヌ 狼と小羊 La Fontaine  Le Loup et l’Agneau 長いものには巻かれろ?

ラ・フォンテーヌの「狼と小羊」の冒頭の一句 « La raison du plus fort est toujours la meilleure.»(最も強いものの理屈が常に最もいいもの。)は、フランス語の諺として定着している。

日本の諺では、「長いものには巻かれろ」と言われることが多いが、「勝てば官軍、負ければ賊軍」、「弱肉強食」等とも対応する。
相撲界であれば、「無理へんにげんこつ」。
会社などでは、上司に「黒いものを白」と言われたら、「白」と言わないといけない等々。
間違っていることでも、自分よりも強かったり、上の立場にいる人間の言うことには従わないといけないということは、誰もが経験する。

17世紀であれば、狼はルイ14世で、子羊は宮廷人と考えると、私たちにはわかりやすいかもしれない。(ただし、ラ・フォンテーヌは、すぐに王に対する批判だとわかる寓話を書くようなそれほど単純な作家ではない。)

そうした状況の中で、ラ・フォンテーヌは、とても面白い試みをする。
一般的に寓話の教訓は、物語の最後に置かれる。
それに対して、「狼と小羊」では、寓話の最初に教訓を明記した。

Le Loup et l’Agneau

La raison du plus fort est toujours la meilleure :
            Nous l’allons montrer tout à l’heure.

狼と子羊

最も強いものの理屈が、常に最もいいものだ。
これからそのことを証明することにする。

それほど、この教訓は絶対的なものという意味だろうか。
それとも、何か繊細な仕組みがほどこされているだろうか。

Un Agneau se désaltérait
            Dans le courant d’une onde pure.
Un Loup survient à jeun, qui cherchait aventure,
       Et que la faim en ces lieux attirait.
Qui te rend si hardi de troubler mon breuvage ?
            Dit cet animal plein de rage :
Tu seras châtié de ta témérité.

一匹の小ヒツジが、喉の渇きを癒した、
綺麗な水の流れの中で。
一匹の狼が、お腹をすかせて突然姿を現す。偶然の出来事を求め、
空腹のために、この場所に引き寄せられたのだった。
誰がお前をそんなに大胆にし、俺の飲み物を濁らせるんだ?
と、その動物が怒りに燃えて言う。
お前は向こう見ずな行為の罰を受けることになるぞ。

子羊が喉の渇きを癒す(se désalterait)行為と、狼が偶然の出来事を求め(cherchait aventure)、空腹(la faim)が、その場所(ces lieux)に狼を導いてきた(attirait)という行為は、どちらも半過去形で描かれている。
つまり、何か出来事が起こる際の状況が説明されている。

それに対して、狼が突然現れる(survient)は、現在形。
その行動が、読者の目の前で起こったような、生き生きとした印象を与える。読者は、自分の前にいきなり狼が現れたような印象を受け、はっとする。

その狼が、子羊を脅し、綺麗な水(onde pure)の流れを濁らせた(troubler)と非難する。
その際、川の流れは、狼にとってはすでに自分の飲み物(mon breuvage)であり、子羊が水を飲んだのは、向こう見ずな行動(témérité)だと決めつけている。
そのために罰を受ける(tu seras chatié)と言う時には、未来形が用いられ、すでに狼が罰を下すことを決めていることがわかる。

その狼の脅しに対して、子羊は次のように反論する。

Sire, répond l’Agneau, que Votre Majesté
            Ne se mette pas en colère ;
            Mais plutôt qu’elle considère
            Que je me vas (注) désaltérant
                         Dans le courant,
            Plus de vingt pas au-dessous d’Elle ;
Et que par conséquent, en aucune façon,
            Je ne puis troubler sa boisson.

(注)allerの活用は、je vais. しかし、宮廷では、je vasとあえて言った。je vaisと活用するのは、田舎の言葉、あるいはパリの民衆の言葉であると見なされ、宮廷では使用が許されなかった。

お殿様、と子羊が応える。陛下が
お怒りになりませんように。
むしろ、ご理解ください、
私が渇きを癒した
水の流れは、
陛下がいらっしゃるところよりも20歩以上に下にあります。
ですから、どのようにしても、
陛下のお飲み物を濁らせることはできないのです。

初対面でありながら、狼は子羊を最初からお前(tu)と呼び、目下の扱いだった。
他方、子羊は、狼があたかも王であるかのように接し、陛下(Votre Majesté)という、王に対する呼称を使って話をする。
そして、へりくだった様子で、しかし論理立てて自分の考えを伝える。

最初にすることは、怒りを収めてもらうこと。
17世紀の宮廷では、王様に話しかける時、Vous(You)という二人称は恐れ多いことで、三人称を使った。
ここでも、子羊は、三人称を用い、お怒りにならないで下さい(Que votre Majesté ne se mette pas en colère)とお願いをする。(Que+接続法)

その後、水を飲んだことは認めるが、狼よりも下流にいるので、狼の飲む水を濁すことはできないと、自らの理由(raison)を伝える。
しかも、川の流れは殿下の飲み物(sa boisson)であるということは認め、狼の主張を受け入れていることも示す。

このように、この寓話を読む誰もが、子羊の言い分(raison)は正しいとはっきりとわかるように、ラ・フォンテーヌは書いている。
とすれば、寓話の教訓« La raison du plus fort est toujours la meilleure. »は、正しいのだろうか。
それを正しいとするためには、狼の理屈が説得力を持つものでなければならない。

Tu la troubles, reprit cette bête cruelle,
Et je sais que de moi tu médis l’an passé.
Comment l’aurais-je fait si je n’étais pas né ?
       Reprit l’Agneau ; je tête encor ma mère
            Si ce n’est toi, c’est donc ton frère.
       Je n’en ai point. C’est donc quelqu’un des tiens:
            Car vous ne m’épargnez guère,
            Vous, vos Bergers et vos Chiens.
On me l’a dit : il faut que je me venge.”

お前は濁らせている、と残忍な野獣が言う。
わしは知っているぞ、去年、お前はわしを悪く言ったではないか。
どうして私にそんなことができましょう、まだ生まれていませんでした、
と子羊。私は今もまだ母の乳を吸っているところです。
もしお前でなければ、お前の兄だ。
兄はいません。だったらお前の家族の誰かだ。
なぜというに、わしに対して情け容赦ないではないか、
お前たちも、羊飼いも、犬たちも。
わしに言ったものがいる。復讐しなければならない、と。

狼は、20歩下流にいる子羊が、川の水を乱すことができないことはわかっている。そこで話をずらすし、去年、子羊が自分の悪口を言ったという、別の話をし始める。

この時、注意したいことは、ラ・フォンテーヌが狼を指すのに、野獣(bête)という言葉を使い、しかも、残酷な(cruelle)という形容詞を付加していることである。
そのようにして、ラ・フォンテーヌは、一番強いもの(le plus fort)を残酷であり、野獣だと、非難する立場を明らかにする。

一方、子羊は、野獣の「昨年(l’an passé)」という言葉を捉え、その時にはまだ生まれていなかった(je n’étais pas né)と言い、そのことを証明するために、今でもまだ母親のお乳を吸っている(je tête encore ma mère)と主張する。
子羊の主張は論理的で、理に適っている。

理屈で言えば、狼は勝つことができない。では、どうするのか。
子羊を非難できないと分かったので、子羊の兄を引き合いに出す。
そして、兄がいないと再び論理的に反論されると、今度は、家族や、羊飼いや、牧羊犬を持ち出す。
その時、お前たちは私に対して情け容赦ない(vous ne m’épargnez pas)と言う。どういうことだろう。
最初に考えられるのは、狼の悪口を言うこと。しかし、それと同時に、羊の群を守り、狩りをさせない、そのために狼は飢えている、ということも含んでいるだろう。
そして、結局、子羊が水を濁らせたから罰を下すというのは口実で、本当は、復讐する(je me venge)のだと、自らの動機を明かすことになる。

Louis XIV et Nicolas Fouquet

ここで一つ注意したいことは、狼に対して「陛下(Sa Mejesté)」と呼びかけ、あたかも王様に話している言葉遣いを使いながら、ここで閣下を「残酷な野獣(la cruelle bête)」と名指していること。
「狼と子羊」のいろいろな解説では、王はルイ14世であり、子羊は、ラ・フォンテーヌが使えていたニコラ・フーケのことであるかのように説明していることがある。
大蔵卿だったフーケは、権力を持ちすぎたためにルイ14世から妬まれ、1661年にヴォー・ル・ヴィコント城をお披露目の直後、失脚させられたと言われている。従って、この寓話は、いかにもそうした歴史を反映しているように読むことができる。

Château vaux-le-vicomte

しかし、ルイ14世紀の宮廷で、それほど露骨な批判をすれば、ラ・フォンテーヌの身に危険が及ぶことはわかりきっている。ルイ14世が読んで、狼は自分のことだと思わない仕掛けが必要になるのだ。
その仕掛けが、羊飼いや犬たち。ルイ14世ならば、絶対的な力を持ち、王の上に立つ者はいない。それに対して、この狼は、羊を襲いたくでも、羊飼いたちがいるために自由に行動できない。
しかも、ルイ14世であれば、こんなつまらない理由をつけて子羊を食べる必要などない。としたら、王は狼のこうした姿を見て自分だと思うだろうか。
もちろん、そうは思わないだろう。そして、つまらない領主とか貴族を揶揄した話だと考えたに違いない。

これまでの物語を通して、狼の理屈(raison)は理屈とさえいえないものであり、それがもっともよいもの(la meilleure)でもない。
対照的に、子羊は理路整然とし、言葉一つ一つが合理的である。
ラ・フォンテーヌは、二匹の動物をこのように対比させることで、何を伝えようとしているのだろう。

伝統的な寓話の作者たちは、イソップも含め、「長いものには巻かれろ。」を教訓としている。権力者に対抗しても無駄であり、頭を低くして嵐をやり過ごすのが知恵というものだ。

ラ・フォンテーヌがもしそうした教訓を考えていたとしたら、冒頭の一行は、寓話の最後に置いたのではないだろうか。
教訓を最初に置いたことは、読者に「考えること(penser)」を促しているのではないだろうか。つまり、この教訓が本当に生きる知恵なのかどうか疑うこと。
デカルト的に言えば、冒頭の一行は疑うべき(douter)オピニオン(opinions)なのではないか?
https://bohemegalante.com/2020/05/14/descartes-discours-de-la-methode-2/

読者が考える機会を与えるために、ラ・フォンテーヌは最後に教訓を付け、作者として真実を伝える、ということはしない。
その代わり、狼と子羊の物語に一つの結末を与える。

 Là-dessus, au fond des forêts
            Le loup l’emporte et puis le mange,
            Sans autre forme de procès.

そう言うと、森の奥に、
狼は子羊を運び、食べてしまった。
どんな形の裁判もなしで。

この結末は、まさに「弱肉強食」。
狼が子羊を食べてしまうことで、寓話は終わる。

しかし、ラ・フォンテーヌは、最後に一言付け加える。
その行為は、裁判なしで行われた、と。

世の中は不条理に満ちている。
理屈が通らなくても、力が強ければ、理不尽なことができてしまうことがある。
ラ・フォンテーヌは、「狼と子羊」の中で、そうした理不尽さを浮かび上がらせている。
その上で、長いものには巻かれるべきだとも、正論を貫くべきだとも言っていない。
判断は読者に任されている。

彼は、考えること(penser)の本質である理性(raison)という言葉を取り上げ、どのような理性がもっともよいもの(la meilleure)なのか、問いかけていると考えることもできるだろう。

ラ・フォンテーヌの寓話の面白さ、楽しさは、私たち一人一人の読者が「考える」ように促されるところにある。

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