ヴィクトル・ユゴー 「パン」 Victor Hugo « Pan » フランス・ロマン主義の神 2/2

Isis allaitant Harpocrate

パン(Pan)の語源となるギリシア語は、「全て」を意味する。
そのパンが、キリスト教の神(Dieu)の行為を最初に明かす。
そこには、キリスト教と古代ギリシアの神々を崇める異教とを融合する諸教混合主義(syncrétisme)を見てとることができる。

C’est Dieu qui remplit tout. Le monde, c’est son temple ;
Œuvre vivante, où tout l’écoute et le contemple.
Tout lui parle et le chante. Il est seul, il est un.
Dans sa création tout est joie et sourire.
L’étoile qui regarde et la fleur qui respire,
Tout est flamme ou parfum !

神が全てを満たした。世界は神の神殿。
生命を持つ作品。そこでは、全てが神の声を聞き、姿を見つめる。
全てが神に話しかけ、神を歌う。神は一人、神は唯一の存在。
神の創造において、全ては喜びであり、微笑み。
見つめる星、息づく花、
全ては炎、あるいは香り!

(朗読は、2分10秒から)

Tout(全て)という言葉が6行の詩節の中の至る所にちりばめられ、「全体性」という意味を際立たせると同時に、子音 [ t ]の反復(アリテラシオン)と母音 [ ou ]の反復(アソンアンス)によって詩句の音楽性を生み出している。

La Création du monde, baptistère de Padoue.

「全て」を創造したのは、キリスト教の神(Dieu)。
フランス語で、dieuという言葉の最初が大文字にされるのは、キリスト教の神以外にはない。しかも冠詞がなく、Dieuという固有名詞とさえ言える。

神が創造した世界(monde)は、神殿(temple)であるとされ、生命を持つ作品(œuvre vivante)だと付け加えられる。
そこでは神の声が聞こえ、神の姿を見つめることができる。
存在するもの全てが神の被造物(créature)であり、神を讃える。

大空に輝く星(étoile)も、野の花(fleur)も、神殿の中のロウソクの炎(flamme)や香炉の香り(parfum)も、唯一の神(seul, un)の賛歌を歌う。

この詩節は、ボードレールの詩「コレスポンダンス(Correspondances)」と同一の思想に基づいている。
https://bohemegalante.com/2019/02/25/baudelaire-correspondances/
ボードレールもこう歌う。
「自然は神殿。生命を持つ柱が(La Nature est un temple, où de vivants piliers)」
自然という統一体(unité)の中で、「香りと色と音が応え合う(Les parfums, les couleurs et les sons se répondent.)」。

ユゴーは、全ての被造物が神の賛歌であるとした後、その全ての一つ一つを数え上げていく。
そこで名指される物の数の多さ、言い換えれば、詩句の饒舌さは、ヴィクトル・ユゴーという詩人・作家の特色である。

Enivrez-vous de tout ! enivrez-vous, poètes,
Des gazons, des ruisseaux, des feuilles inquiètes,
Du voyageur de nuit dont on entend la voix ;
De ces premières fleurs dont février s’étonne ;
Des eaux, de l’air, des prés, et du bruit monotone
Que font les chariots qui passent dans les bois.

Frères de l’aigle ! aimez la montagne sauvage !
Surtout à ces moments où vient un vent d’orage,
Un vent sonore et lourd qui grossit par degrés,
Emplit l’espace au loin de nuages et d’ombres,
Et penche sur le bord des précipices sombres,
           Les arbres effarés.

Contemplez du matin la pureté divine,
Quand la brume en flocons inonde la ravine ;
Quand le soleil, que cache à demi la forêt,
Montrant sur l’horizon sa rondeur échancrée,
Grandit comme ferait la coupole dorée
D’un palais d’orient dont on approcherait !

酔いたまえ、全てに! 酔いたまえ、詩人達よ、
芝生に、小川に、不安げな木の葉に、
夜の旅人に。声が聞こえるではないか。
2月が驚く最初の花々に、
水に、空気に、野原に、単調な音に。
それは、森の中を通り過ぎる荷車が作り出す音。

鷲の兄弟たちよ、手つかずの山を愛したまえ!
至るところ、嵐の風がやってくるこうした瞬間、
響きのいい重い風が、徐々に高まり、
多くの空間を雲と影で満たす。
そして、暗い断崖の淵に、しなだれさせる、
             怯えた木々を。

見つめるのだ、朝の神聖な純粋さを、
靄が雫となり小さな谷を浸している時の。
その時、太陽は、半ば森に隠され、
地平線の上に、えぐり取られた丸みを見せながら、
大きくなっていく。黄金の丸天井のように、
もし可能なら人々が近づいていくオリエントの宮殿の。

最初に詩人たちに呼びかけたのと同じように、ここでも再び詩人達に対する呼びかけが行われ、歌うべき自然の姿が描き出される。

その最初に、詩人が自然を味わう時にどうすべきか、2度に渡って忠告あるいは命令が下される。

Enivrez-vous
酔いたまえ

「酔う」とは、自己と世界の区別を消滅させ、一つに溶け合い、忘我(Extase)の状態になること。

酔うことの勧めは、後にボードレールも行うことになる。
その詩の題名は、まさに「酔いたまえ(Enivrez-vous)」。
「常に酔っていなければならない。全てはそれにかかっている。それがただ一つの問題だ。」
Il faut être toujours ivre. Tout est là : c’est l’unique question. 
https://bohemegalante.com/2019/07/15/baudelaire-enivrez-vous/

パン(ユゴー)は、酔う対象を3つの詩節の中で列挙し、再び、自然の様々な様相を描き出すのだが、その前に、それら全てを一言でまとめている。

Enivrez-vous de tout.
酔いたまえ、全てに!

神の作り出した世界全体が酔う対象であり、美を生み出す。
パンの神託の神髄は、「全て(パン)」が神の賛美の対象であることにある。

Enivrez-vous du soir ! à cette heure où, dans l’ombre,
Le paysage obscur, plein de formes sans nombre,
S’efface, des chemins et des fleuves rayé ;
Quand le mont, dont la tête à l’horizon s’élève,
Semble un géant couché qui regarde et qui rêve,
                Sur son coude appuyé !

酔いたまえ、夕方に! その時間、影の中で、
暗く染まった景色が、数知れぬ形に満たされ、
消え去っていく、数々の道や大きな川で線を引かれて。
その時、山は、頂上を地平線の上に持ち上げ、
横たわる巨人のようだ。見つめ、夢を見る、
              肘をついて!

念を押すかのように、パンは再び、「酔いたまえ」と繰り返し、その対象として、夕方の景色を描き出す。

ヴィクトル・ユゴーは、素晴らしい風景画のデッサンを数多く描いており、彼の目には、次々に自然の美しい光景が浮かんできたことだろう。

Si vous avez en vous, vivantes et pressées,
Un monde intérieur d’images, de pensées,
De sentiments, d’amour, d’ardente passion,
Pour féconder ce monde, échangez-le sans cesse
Avec l’autre univers visible qui vous presse !
Mêlez toute votre âme à la création !

もしお前たちが、自己の内に、生命を持ち、次々に押し寄せる
映像や思考の詰まった内的世界を持つのであれば、
感情や、愛や、燃えたぎる情念の世界を持つのであれば、
その世界を豊穣にするため、絶えず、交換するのだ、
お前たちを外から押しつける、目に見えるもう一つの世界と!
お前の魂全体を創造物と混ぜ合わせるのだ!

パン(ユゴー)は、ここで、フランス・ロマン主義の本質を、明確に明かしている。

「全て」は、二つの世界で構成される。
一方には、人間の外に広がる、目に見える世界(univers visible)。
それは被造物(création)であり、自然(nature)と呼んでもいいだろう。
もう一方にあるのは、人間の内的な世界(monde intérieur)。心と呼んでもいいし、魂(âme)と呼んでもいい。

その二つの世界を一つにすること、外と内を融合し、別の視点から見れば、二つの世界の対応(コレスポンダンス)を作り出すこと。
自然を描くことが、魂の表現となること。
そこに、ロマン主義の本質がある。

パン(ユゴー)は、最初に、内の世界にある要素を数え上げる。
イメージ(images)、思考(pensées)、それらは、生命を持ち(vivantes)、人間の中で押し合って(pressées)いる。
感情(sentiments)、愛(amour)、情念(passion)もある。

一方、外の世界は、人間を取り囲み、人間を外から押しつける(presser)。つまり、殺到してくる。

内にも外にも、圧力をかけ、押し、プレスする(presser)力がある。
その力が、人間の内部(心、魂)に力をかければ、im-presssion(印象)を生み出す。
人間の外に押し出せば、ex-pression(表現)になる。
詩にしても、絵画にしても、表現は印象を形にしたものだのだ。

パン(ユゴー)は、最後の一節で、再び詩人を「聖なる」という形容詞を付けて呼び、芸術とは何か伝える。

Car, ô poètes saints, l’art est le son sublime,
Simple, divers, profond, mystérieux, intime,
Fugitif comme l’eau qu’un rien fait dévier,
Redit par un écho dans toute créature,
Que sous vos doigts puissants exhale la nature,
Cet immense clavier !

なぜなら、聖なる詩人達よ、芸術とは崇高な音なのだ。
シンプルで、多様性があり、深淵で、神秘的、内密。
ほんのわずかなもので流れが変わる水のように、逃げ去りやすく、
全ての被造物の中で、こだまによって繰り返され、
お前たちの力強い指の下で、自然がその音を発散する。
                その巨大な鍵盤が!

この最後の一節は、ユゴーの考える芸術とは何か、詩人の役割は何か、明確に伝えている。

芸術(art)とは音(son)である。

詩人の役割は、自然(nature)が発散する(exhaler)音を、表現することにある。
ピアニストは、ピアノの鍵盤を指で叩き、美しい調べを奏でる。
詩人は、自然という鍵盤を力強い指使いで叩き、逃げ去りやすいが、全ての被造物の中にエコーのように微かに鳴り響いている音を、言葉で表現する。

その表現は一つの決まったものではなく、シンプル(simple)だけれど、多様性(divers)がある。
外の世界と内の世界が一つになったものだからこそ、深淵で(profod)、神秘的(mystérieux)。そして、内密なもの(intime)。

そうした表現こそが崇高な(sublime)芸術であり、その実現を目指す時、詩人は聖なる(sacré)存在になる。
パンが、聖なる詩人達よと呼びかけるのは、そのためである。

Luigi Vacca, La descente d’Orphée aux enfers

1831年に発表された「パン(Pan)」は、ヴィクトル・ユゴーのロマン主義宣言だ。
彼は、自然の様々な様相を前にして夢想し、その夢想を詩として表現する。
その表現は、外の世界にある自然の声でもありながら、人間の内なる声でもある。

1846年の絵画論の中で、ボードレールは「ロマン主義とは何か」という章を立て、ロマン主義芸術を次のように定義した。

ロマン主義とは、現代芸術である、— つまり、内密さ、精神性、色彩、無限への憧れ。
Qui dit romantisme dit art moderne, – c’est-à-dire intimité, spiritualité, couleur, aspiration vers l’infini, […].

この時、ボードレールは、ユゴーのパンが1831年に定義したロマン主義と遠くないところにいる。
1846年の定義は、ヴィクトル・ユゴーがフランス・ロマン主義を体現する聖なる詩人だったことを、ボードレールが認めていることの証だろう。

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