ボードレール 「酔いたまえ」 Baudelaire « Enivrez-vous » 美のエクスタシー

ボードレールの散文詩「酔いたまえ」を、イタリア生まれの俳優で歌手のセルジュ・レジアニがささやく。
こほほどセクシーな朗読が他にあるだろうか。

ボードレールはとても美しいことを書いていると言った後、レジアニは、詩人の詩句を自分の言葉のように語り始める。
しかも、最後には、詩句にはない一言を加えてしまう。あたかも自分の詩であるかのように。

ボードレールは読者に酔う(ivre)ことを勧める。何に酔うのか。何でもいい。酔うことは、時間を忘れ、我を忘れ、忘我の状態、エクスタシーに達することだ。

Enivrez-vous

Il faut être toujours ivre. Tout est là : c’est l’unique question. Pour ne pas sentir l’horrible fardeau du Temps qui brise vos épaules et vous penche vers la terre, il faut vous enivrer sans trêve. 

酔いたまえ

常に酔っていなければならない。全てはそれにかかっている。それがただ一つの問題だ。君にのしかかり、地面へ身を屈めさせる、「時間」という恐ろしい重荷を感じないためには、途切れることなく酔わないといけない。

大文字で書かれた時間(Temps)は、酔いとは反対の状態。時間は肩に重くのしかかり、人を地面の方に向ける。とすれば、酔いは重荷を取り払い、人を天に昇らせることになる。

この散文自体、「時間」に関する文は長く、重い。(l’horrible fardeux du Temps qui brise vos épaules et vous penche vers la terre.)
それに対して、酔いに関する文は、短く、軽い。

Mais de quoi ? De vin, de poésie ou de vertu, à votre guise. Mais enivrez-vous. 

では、何で酔うのか? 酒、詩、美徳、好きなものでいい。とにかく、酔いたまえ。

酔うと聞けば、誰でも酒を思い浮かべる。酒でもいい、とにかく、酔って、全てを忘れる体験をすることが必要なのだ。時間を忘れて楽しく酔う。
たとえ、それが美徳であってもいい。自分の行いに酔うことでもいい。

大切なことは、我を忘れ、甘美な恍惚感を味わうところまで、とことん酔うことだ。

Et si quelquefois, sur les marches d’un palais, sur l’herbe verte d’un fossé, dans la solitude morne de votre chambre, vous vous réveillez, l’ivresse déjà diminuée ou disparue, demandez au vent, à la vague, à l’étoile, à l’oiseau, à l’horloge, à tout ce qui fuit, à tout ce qui gémit, à tout ce qui roule, à tout ce qui chante, à tout ce qui parle, demandez quelle heure il est ; et le vent, la vague, l’étoile, l’oiseau, l’horloge, vous répondront : « Il est l’heure de s’enivrer ! Pour n’être pas les esclaves martyrisés du Temps, enivrez-vous ; enivrez-vous sans cesse ! De vin, de poésie ou de vertu, à votre guise. » 

 時に、お屋敷の階段で、窪みの緑の草の上で、部屋のどんよりとした孤独の中で、君は眼を覚ますことがあるだろう。酔いはもうかなり収まっているか、完全に消えている。そんな時には、尋ねたまえ。風に、波に、星に、鳥に、柱時計に、全ての逃げ去っていくものに、全ての転がっていくものに、全ての歌うものに、全ての話すものに、尋ねたまえ。今が何の時かと。そうすれば、風が、波が、星が、鳥が、柱時計が、応えてくれるだろう。「酔う時だ! ”時間”を耐え忍ぶ奴隷にならないために、酔いたまえ。常に酔いたまえ! 酒でも、詩でも、美徳でも、好きなものでいい。」

ボードレールは、酒でも、美徳でも、何に頼ってもいいから酔うようにと言う。
しかし、何よりも強い恍惚感で酔わせてくれるのは、ポエジーであることを彼は、詩句の力によって読者に実感させる。

この散文の詩句は、言葉の積み重ねが素晴らしい効果を上げ、読む者の心を高揚させる。
何の時かと尋ねる相手は9つ。風、波、星、鳥、柱時計、全ての逃げ去っていくもの、全ての転がっていくもの、全ての歌うもの、全ての話すもの。
このように次々に言葉が重ねられる。言葉の意味ではなく、次々の繰り出される言葉の勢いが、人を高揚させ、酔わせる力を持つ。

問いに答えてくれる相手は、一度出てきたものを反復し、風、波、星、鳥、柱時計が列挙される。この時には、単語一つで表現される5つだけで、前の列挙よりもスピード感が増す。そのため、ますます高揚感が高まり、読者はボードレールの散文に酔うことになる。

最後に再び、「酔いたまえ。」という命令が繰り返され、私たち読者は完全にボードレールの詩句に酔ってしまう。

レジアニの朗読を聞くと、風から始まる列挙の部分はスピードが早すぎて、意味が掴みにくいかもしれない。しかし、大切なことは、意味よりも言葉の勢い。そのエネルギーに身を任せると、意味という現実の世界を離れ、ポエジーの世界に上昇し、美的なエクスタシーを感じることができる。

レジアニの朗読が粋なのは、最後に«  De vin, de poésie ou de vertu »と繰り返す時、自分の言葉を付け加えるところ。« de poésie »の後ろに一つの言葉が入っている。

レジアニが入れた言葉は、愛 « d’amour »。

こんなセクシーな朗読はない。


レジアニの朗読が、フランスの朝のテレビ番組で紹介されていた。

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