モンテーニュ 全ては変化する 2/2 旅の思考と人生という旅の記録

モンテーニュの『エセー』は3巻107章から成る膨大な書物だが、テーマもバラバラだし、章の長さもバラバラで、一貫性があるようには思えない。
尾も頭もなく、どこで切っても、それぞれの断片が独自に存在しうるような印象を与える。(ボードレールが散文詩集『パリの憂鬱』に付した序文に記されているように。)

実際、『エセー』を先頭のページから順番に読む必要はないし、一つの章でさえ、気になる文に出会えば読書を止め、自分なりの考えや夢想にふけってもいい。
モンテーニュ自身、愛読書を横に置き、その時その時に思いついたことを書き綴ったに違いない。

そうした中で、『エセー』を貫く姿勢があるとしたら、全ては動き、変化するという認識であり、そのことは旅行に関する姿勢によっても象徴される。
「空しさについて」(III, 9)と題された章の中で、彼はこう言う。

私が旅行を計画するのは、旅先から戻ってくるためでもないし、旅をやり遂げるためでもない。動くのが気持ちがいいと感じる間、自分を動かしておこうとするだけである。

モンテーニュは、普段の生活の中でも、読書の際にも、様々な考察を書き綴る時にも、「動き」に身を任せる「旅の思考」に従っている。

旅の思考

彼は「移動」と「変化」を好み、「新しいもの」や「見知らぬもの」に興味があるために、旅に出たくなると言う。
このことは私たちにはごく自然に思われるが、実はモンテーニュが新しい時代精神を生き始めていることを示している。

モンテーニュの時代は宗教戦争のただ中にあり、最悪の時代である「鉄の時代」よりもさらに悪い時代だとさえ見なされた。
しかし、そうした中でも、火薬や羅針盤の発明があり、新大陸が発見され、「新しいもの」に価値を見出す時代精神が生まれていた。
それは、古典に価値を置き、過去を理想とする精神性に対立する、新しい価値観だった。

その時代精神に対応するかのように、モンテーニュは見慣れぬものに興味があり、旅は「有益な訓練」をする絶好の機会になると言う。

旅において、精神は絶えず活動し、見知らぬものや新しいものに気づく。これまでもしばしば言ってきたように、人生を形作るために、旅ほどいい学校はない。そこでは、常に目の前に数多くの多様な人生、意見、風習が差し出され、人間の自然な形態が絶えず変化することを味わわせてくれるのだ。

こうした考え方は、「新しいもの」に価値を置く世界観が一般化し、21世紀の現代においても続いているために、私たちにとってもごく当たり前の考えとして、理解することができる。

しかし、旅先で不快なことが起こると、自分の国の快適さと比べ、新しい事態に文句を言うことはよくある。
日本のように時間に比較的正確な国民からしたら、フランスの時間に対するルーズさにはうんざりする。フランスの時間感覚に慣れてしまうと、逆に日本はぎしぎしして、ゆとりがないように感じられる。
自分が慣れ親しんでいる習慣とは違う新しい事態をそれとして受け入れ、多様性に価値を置くことは、頭で考えるのとは違い、なかなか難しい。

そうした現実を踏まえた上で、旅先での多様性を楽しむ術をモンテーニュは次の様に説明する。

真冬に仕事でアルプスのグリゾン地方を越えなければならない人たちは、道中でひどい困難に襲われることがある。しかし、私は多くの場合は、楽しみのために旅をする。私は自分をガイドするのが、それほど下手ではない。もし右側で天気が悪ければ、左に行く。馬にうまく乗れない時には、そこに泊まる。そんな風にするものだから、家にいる時と比べて快適で居心地のよくないものは何もない。実際、余計なものは常に余計に思うし、洗練されすぎたり、沢山ありすぎると、窮屈さを感じる。もし何か見るものを残して来たら? 私はそこに戻る。というのも、それも私の歩む道なのだから。予め決まった線を引くことはない。直線も曲線も引かない。行く先に、人から言われていたものが見つからない時はどうするのか? 他の人たちの判断が私の判断と合わず、多くの場合には彼らの判断が間違っていると思ったということがよくあるので、私は自分のかけた手間を残念に思わない。人があると言ったものが、そこにないと知ったのだから。

仕事で旅行をする場合には義務がある。目的が明確なので、目的以外のことは目に入らないだろうし、問題があれば何とか解決しようとする。困難を乗り越えなければ、目的地には到達できない。

モンテーニュの旅はもっと自由なもの。辺りの状況次第で、方向も変わり、進むのを止めることもある。
先に進んだ時に、見落としていたものを思い出したら、一度引き返す。同じ道をもう一度通ったとして、それも旅の道の一部だと考える。その時、別の道を通ったとしても、それも旅の道だと考えただろう。
旅先で知り合った人に見るべきものがあると言われ、期待して見に行く。しかし、それが見つからないこともある。そんな時には、あると言われたものがないことを確認したことに満足する。

議論している相手と意見が違う時、相手の意見が間違っていることが多いという付け足しは、モンテーニュのユーモアと皮肉がちょっと顔を出した瞬間。

「予め決まった線をひくことはない。直線も曲線も引かない。」
この言葉こそ、モンテーニュの旅の極意だといえる。
この自由さが、絶えず変化する多様な事象を楽しむことを可能にするものである。

この旅の極意の中で注意したいことがある。
モンテーニュは必ずしも「新しいもの」や「見知らぬもの」に価値を置いているのではない。彼は「変化」や「動き」を楽しいと感じる気質の持ち主なのだ。
そのことは、見落としたものがあれば、道を引き返してもいいという部分にはっきりと示されている。
探しているものがなくてもいいと言うのも同じこと。何もなくても、そこまで行くことだけで楽しみを感じる。

旅において「動き」そのものを楽しむ気持ちは、以下の認識にも繋がる。

私の計画は至るところで分割できる。大きな希望に基づいているわけではない。それぞれの日がその日の旅の終わりである。

この一節は、モンテーニュ的「カルペ・ディエム(今日を掴め)」の表現といってもいい。

もし、何日かの旅行の中で、最初から最後までが全体であり、その全体を実行しなければ目的を達成したことにならないと考えたりすると、目的を達成することが目的になってしまいかねない。

それに対して、モンテーニュは、旅を分割できると考える。
いつ、どこで分割してもいい。彼が好きなのは、「動くこと」であり、そこで出会う新しいもの、見知らぬもの、常に変化する多様性なのだ。
旅の目的は、全行程を終えることで、予め描いた旅程を実行することでも、予定していた観光地に行くことでもなくなる。ある時ある場所で出会う人や物との交流、その時間を過ごすこと、それ自体に価値を見出す。

こう言ってよければ、「今を生きる」ことが、モンテーニュの「動き」なのだ。
動くことで、変化を感じ、「他」と出会う。物が変化し、多用な姿を現す。常に変わらないと思われるものも、実は常に変化している。同じ場所に留まっているとその変化を感じ難いが、動くことで別の視点が生まれ、見え方も違ってくる。
「旅ほどいい学校はない。」 
その旅とは、その時その時の変化を楽しみ、多様性を味わう旅である。予定通りに、最初から最後まで決められた日程をこなす旅ではない。

変化する言語 変化する思考

「旅の思考」は、モンテーニュの選んだ言語がフランス語であることや、彼が日々考察を続ける内容にも反映している。

『エセー』はフランス語で書かれている。
このことは、あまりにも当たり前のように聞こえるが、しかし16世紀には決して当たり前のことではなかった。

フランス語の原型が9世紀頃にラテン語から派生してからも、公式な文書はラテン語で書かれていた。
公式文書がフランス語で書かれるようになるのは、国王フランソワ1世が勅令を発布した1539年から。
1549年にはプレイアッド派の宣言である『フランス語の擁護と顕揚』が出版される。それは、フランス語がまだ劣った言語であるので、ギリシア語やラテン語のような立派な内容を表現できる言語になるように発展させようという意気込みを宣言したものだった。
神学や哲学といった学問の書物も、ラテン語で書かれ、ヨーロッパ中に広まることができた。地方語であるイタリア語やフランス語で書いたのでは広がりに欠けるし、価値ある書物と認められない状況だった。

しかも、16世紀のフランス語の書き言葉はまだしっかりと定まったものではなく、改革の途上だった。実際、現代のフランス語の知識では、フランソワ・ラブレーもモンテーニュも読むことが難しい。使われる単語も違うものが多く、構文も異なることがあり、冠詞や代名詞の使用法も一定しない。

そうした言語に関する状況を知った上で、以下の文を読むと、モンテーニュがフランス語を選択した理由と「旅の思考」の繋がりが見えてくる。

 私はこの本を、わずかな人に向け、わずかな年月の間だけ読まれるために書いている。もし素材が長く続くものだったとしたら、より安定した言語に委ねるだろう。これまで私たちの言語につきまとってきた永続的な変化を見れば、現在の形が50年後まで使われると、誰が期待するだろう。フランス語は日々私たちの手から流れ出していく。私が生きている間にも、半分くらいは変わってしまった。今は完成していると、私たちは言う。それぞれの時代に、自分たちの言語について同じことを言うものだ。だから、今ある状態が完成した状態だとは考えられない。これからも変化し、これまでと同じように形を変えていくだろう。有益で優れた書物の役割とは、言語をそれらに固定することだ。その信用が、私たちの国家の「運命」と共に進むことになる。
 そうした理由で、私は恐れることなく、私たちの言語に、個人的な問題を幾つも委ねる。それらの問題が有用であるのは今の人間に対してだけである。また、平均的な読者の知性よりももっと遠くまで見通すことができる読者であれば汲み取ることができるといった、特別な知識に関係している。

モンテーニュは『エセー』の中で何度も、本の素材は「私」自身だと繰り返している。そして、「私」も「私の生きる世界」も動きの中にあり、常に変化していると言う。

その変化は、フランス語に関しても同じことである。
1533年生まれの彼がこの一節を書いているのは50歳を過ぎた頃。その間にフランス語の半分が変わってしまったという。その感覚からすると、50年後にはモンテーニュのフランス語も読むことができないほどになってしまうかもしれない。そう考えたとしても、納得できる。

本の素材も使用する言語も変化し、恒常性がない。旅と同じで、方向性もなく、目的もなく、ただ動いている。

もし普遍的で変わることのない話題について書くのであれば、「より安定した言語」を選ぶだろうと彼は言う。その言語とはラテン語のこと。
ラテン語は古代ローマの時代から続き、キケロ、ウェルギリウス、オウィディウス、セネカ等の偉大な作家たちの言葉である。時代が下って変化したとはいえ、人文主義を代表するエラスムスやトマス・モアもラテン語を用いた。

モンテーニュがフランス語を選択したのは、彼の扱う素材(=「私」)が変わりやすく空しいものであり、彼が日々考え、書き続ける内容も、後の時代にまで読み継がれるようなものではいからだと言う。
読者も家族や知り合いだけを対象にしている。
「空しさについて」(III, 9)の冒頭では、「年老いた精神の排泄物」で、「固かったり、柔らかすぎたりし、いつでも消化不良」とまで卑下したようなことを言っていた。
そのような空しい個人的なことを素材にしているのだから、言語もラテン語ではなく、フランス語が相応しい。

では、モンテーニュは、永続性がなく、時間とともに変わってしまう題材や言語を、本当に価値がないものと見なしているのだろうか?
彼は全てが動いていると考え、新しいもの、未知なるものとの対話を楽しみにしている人間。としたら、彼が好むのは、変化するものに違いない。
そうしたものは一般論としての価値は認められないかも知れないが、しかし、何らかの価値を持つ可能性はある。そして、その価値を見出すことができる読者がいる。
「平均的な読者の知性よりももっと遠くまで見通すことができる読者」であれば、不安定なフランス語で書かれた「年老いた精神の排泄物」から、特別な知識あるいは知恵を汲み取ることができる。

こんな風にして、モンテーニュは読者を挑発し、知識を自分で汲み出すように誘う。
あなたは普通の読者より遠くまで見通す知性を持っているはずだから、あなたにとって特別な何かを見つけることができるでしょう、と。

「旅の思考」は、『エセー』が最初に出版されてからもずっと手を加えられ、モンテーニュの死に至るまで続いたことにも表れている。
一般的には、最初の版に手を加えるときには、訂正の跡を消し、新しい文を付け足す。しかし、モンテーニュは、最初の文章は残したまま、新しい文章を挿入したり、付け足したりする。
旅で言うなら、旅程を変えた時にも、その変更がわかるようにしておく。なぜなら、変更も含め、全てが旅の一部だから。

『エセー』という「私の肖像画」に関して、「語る順序は、内容の都合によっているのであり、時間的な順番に従っているのではない。」こう言った後、モンテーニュは次のように付け加える。

私の思考は常に前に進むわけではない。後戻りすることもある。私は、最初に考えたことと比べて、二番目や三番目に考えたことに対しても、用心を怠ることはない。過去に考えたことと比べ、現在の考えだからといって、用心を怠ることもない。私たちはしばしば、他人を矯正するのと同じような愚かな仕方で、自分を矯正する。私が最初にこの本を出版したのは、1580年だった。その時からかなりの時が経ち、私は年老いた。しかし、賢くなったかというと、ちっともそんなことはない。今の私としばらく前の私は、二人の人間だ。いつの自分が優れているのだろう? 私には何とも言えない。もし自分がよりよくなる方向にしか進まないとしたら、歳を取ることはいいことだろう。しかし実際には、私たちの動きは、酔っ払いのようにふらつき、眩暈に襲われ、不安定で、風に吹かれて好き勝手に揺れるイグサのようなものだ。

普通の人間は、前に下した判断と今の判断が違えば、今の判断を正しいと考える。そして、前の判断を消去して、その上に今の判断を書く。誠実であれば、前の判断は間違っていたので、変更すると明記するかもしれない。

しかし、モンテーニュは、今の判断も時間が経てば違っていると思うかもしれないという前提に立っている。その際、三番目の判断は最初の判断に戻るかも知れず、今の判断、つまり二番目の判断は間違っていたということになる。
「私の思考は常に前に進むわけではない。後戻りすることもある。」

だからこそ、たとえ矛盾することがあるとしても、自分の思考を並列させ、積み重ねていく。
(実際には、初版の記述を消去して訂正することもある。実際にすることと語ることが多少ずれることがあっても、それはそれでいいとする。それもモンテーニュだ。)
こうした姿勢は、旅をするときに、目的地に着くことだけを目的にするのではなく、動きそのものを愛することと同じだ。
誰かに名所があると言われ、そこに行く。しかし、何も見つからない。そんな時、何もないことを確認したので、それで満足する。
ある本に書かれていることを正しいと思う。そこから出発して色々考えた上で、本の内容が間違っていると判断する。その時でも、間違いを確認したことで満足する。
さらには、今下した判断が今後も正しいと思い続けるかどうかわからないので、その判断は今の判断でしかないことを自覚しておく。

モンテーニュの思考は常に「動き」の中にあり、永遠を求めてはいない。そのことが彼の精神の柔軟性の原理であり、今を生きながら今を絶対視しない思考を生み出している。

その姿勢は、自分への視線に関しても貫かれている。
一般に、私たちは自分を正しいと思い、人の間違いを正そうとする。しかし、それと同じ仕方で、自分自身を正そうとはしない。
そこで、モンテーニュは、あえて、人を正す時に愚かなやり方をすると言い、その上で、自分に対しても愚かに振る舞う可能性がある。従って、自分の過去の判断を誤りだと思い、今の判断をするとしても、それが絶対的に正しいとは信じない。

「動き」の中にいるけれど、「前に進むこと」が必ずしもいいことだとは考えない。「新しいもの」が「古いもの」の改善とは限らず、改悪の場合もある。
だからこそ、全ての動きを記録することが、「私」に対して最も忠実な「自画像」になる。


「空しさについて」の章を通して、モンテーニュの知的散策を辿ってみると、「旅の思考」が『エセー』全体の基礎となり、それ自体がモンテーニュ的「私」の姿であることがわかってくる。
その姿は常に「動き」の中にあり、風に揺れるイグサのように不安定。
「私」は、一つの目的だけを目指して突き進むのではなく、あちらこちらに寄り道することを好み、その放浪の過程の一つ一つを慈しむ。

精神の柔軟性、極端な主張に対する寛容な姿勢や中庸な態度、物事を相対的に捉える視線、そうしたモンテーニュの思想は、全てが動き変化するという認識に基づいている。
その意味では、17世紀以降の近代の時代精神を予告している。
しかし、モンテーニュの思想において特質すべき点は、「新しいもの」に価値を置く近代とは違い、変化するもの、動きを楽しむだけであり、決して「古いもの」を古いからといって否定しないことである。

モンテーニュは多様性を求めて人生を旅した作家であり、『エセー』はその紀行文なのだ。


『エセー』の翻訳は何種類か出版されているが、岩波文庫のものが入手しやすい。
原二郎訳『エセー』全6巻、岩波文庫、1965年。

ルネサンスの思想やフランス文学に関しては、以下の本を推薦できる。
S. ドレスデン、高田勇訳『ルネサンス精神史』平凡社、1983年。

モンテーニュに関しては、日本でもいくつかの興味深い書籍が出版されている。
堀田善衛『ミシェル 城館の人』全3巻、集英社文庫、2004年。

保苅 瑞穂『モンテーニュ よく生き、よく死ぬために』講談社学術文庫、2015年。

宮下志朗『モンテーニュ 人生を旅するための7章 』岩波新書)、2019年。

ロベール・オーロット、荒木昭太郎訳『モンテーニュとエセー』白水社、クセジュ文庫、1992年。

フランス語で『エセー』に挑戦したい場合には、項目を参照。
https://bohemegalante.com/2020/06/08/montaigne-au-lecteur/

https://bohemegalante.com/2020/06/19/montaigne-institution-des-enfants/