ボードレール 「寡婦たち」 Baudelaire « Les Veuves » 1/3 韻文詩「小さな老婆たち」の散文化?

シャルル・ボードレールは、1857年に韻文詩集『悪の華(Les Fleurs du mal)』を出版する少し前から、散文詩を書き始めていた。

その詩集が風俗を乱すという理由で裁判にかけられ有罪になると、1861年に出版されることなる第2版に向けて、韻文詩をさらに付け加える準備をしながら、それと並行して散文詩も積極的に発表した。
詩人の死後に『パリの憂鬱( Le Spleen de Paris)』という題名で出版された散文詩集はその果実である。

こうしたことは、現在の視点から見ると何の驚きもない事実を列挙しただけだが、19世紀の半ばにおいては、自明のこととはいえなかった。
では、何か問題なのか?

答えは、「散文」詩。

日本文学には「韻文」詩は存在しないといってもいい。
和歌や俳句は、5/7/5(7/7)と拍の数が整えられているが、行の最後の母音を同じ音にする、つまり韻を踏むことはない。
明治時代になり、ヨーロッパの詩が移入され、「新体詩」などを通して定型詩が作られたが、押韻が大きな役割を果たすことはなかった。

それに対して、フランスでは、「詩(poème)」であることの最低条件として、音節数と韻があった。韻を踏んでいなければ、詩とは見なされなかった。
音楽性豊かで、美しいイメージを喚起する「詩的散文(prose poétique)」は認められていた。しかし、それはあくまでも「散文」であって、「詩」ではなかった。

そうした状況の中で、19世紀の前半から、一方では、詩の形式(音節数、韻など)の内部で様々な改革が試みられ、例えば、同じ音節数でもリズムを変えるなどして、多様性を図る動きが見られた。(代表はヴィクトル・ユゴー。)
他方では、形式さえ整っていれば詩といえるのか、という疑問が呈されるようにもなった。(ネルヴァルの例がある。ボードレールの後に続いた代表がランボー。)

ボードレールは、二つの動きそれぞれに対応した。
韻文詩では、形式を守った上で、形式内部の多様化とテーマの刷新を図った。
散文詩では、「散文」でも「詩」は可能であることを証明しようとした。そのために、散文詩をまとめて発表する時には、「夜の詩(Poèmes nocturnes)」とか、「小さな韻文詩(Petits poèmes en prose)」という総題を付け、詩であることを強調した。

では、散文の詩が認められていない時代に、どのようにして散文でも詩が可能であることを認めさせることができるのか?

ボードレールの考え出した手段は、韻文詩と同様のテーマを散文で取り上げることだった。「旅への誘い(L’Invitation au voyage)」はその代表例。
https://bohemegalante.com/2019/11/05/baudelaire-linvitation-au-voyage-1/
https://bohemegalante.com/2019/11/09/baudelaire-linvitation-au-voyage-2/
https://bohemegalante.com/2019/11/11/baudelaire-linvitation-au-voyage-3/

韻文詩「小さな老婆たち(Les Petites Vieilles)」と散文詩「寡婦たち(Les Veuves)」には、「旅への誘い」ほど明確な同一性はない。しかし、誰が読んでも、同一のイメージと類似した言語表現を確認することができ、ボードレールの考える散文詩がどのようなものか、私たちに理解させてくれる。


Les Veuves

Vauvenargues dit que dans les jardins publics il est des allées hantées principalement par l’ambition déçue, par les inventeurs malheureux, par les gloires avortées, par les cœurs brisés, par toutes ces âmes tumultueuses et fermées, en qui grondent encore les derniers soupirs d’un orage, et qui reculent loin du regard insolent des joyeux et des oisifs. Ces retraites ombreuses sont les rendez-vous des éclopés de la vie.

寡婦たち

ヴォーヴナルグは言った。公園の中にある小道には、多くのものが取り憑いている。報われなかった野望、不幸な発明者、途中で消え去った栄光、張り裂けた心、騒然とし閉ざされた全ての魂たち。彼らの中では未だに、嵐の最後のため息がゴロゴロと鳴っている。彼らは、不遜な眼差しの彼方に、楽しげな人々やとりわけすることのない人々を退かせる。影に覆われてひっそりとしたそれらの場所は、人生がスムーズにいかない人々の集いの場である。

ヴォーヴナルグは18世紀のモラリスト。彼は、人間の風俗、慣習、性格、生き方などについて観察し、考察の結果を機転に富んだ簡潔な文章で表現した。

彼の箴言の一つに「隠された悲惨について」がある。
その中でヴォーグナルグは、リュクサンブール公園等を例に取り、大きな散歩道とは対照的に、小さな散歩道には人生の敗残者ともいえる人々がたむろしている様子にふれ、彼らの悲惨についての考察を簡潔な文で綴っている。

ボードレールは、ヴォーヴナルグに言及することで、最初にその箴言を思い起こさせる。
それは、散文詩「寡婦たち」が箴言的な内容と表現を持ち、人間観察を行う「哲学者」的な側面と、その考察を的確な言葉で表現する「詩人」的な側面を含んでいることを、読者に伝えようとした現れだと考えられる。

ボードレールは、大きな散歩道を歩く人々、当時の市民社会を享受するブルジョワを、「楽しげな人々(joyeux)」や「暇人(oisifs)」と呼ぶ。

それに対して、日の当たらない片隅に追いやられる人々は、「人生を歩く上で足が不自由な人々(des éclopés de la vie)」。
彼らは人の目に触れないように、「隠れた場所(retraites)」にいるが、「嵐の息吹(soupirs d’un orage)」が消え去ってしまったわけではなく、眼差しには未だに「不遜さ(insolent)」が残っている。

ボードレールは、このようにヴォーヴナルグの箴言を要約した後、自らの箴言らしき言葉を書き加えていく。

C’est surtout vers ces lieux que le poète et le philosophe aiment diriger leurs avides conjectures. Il y a là une pâture certaine. Car s’il est une place qu’ils dédaignent de visiter, comme je l’insinuais tout à l’heure, c’est surtout la joie des riches. Cette turbulence dans le vide n’a rien qui les attire. Au contraire, ils se sentent irrésistiblement entraînés vers tout ce qui est faible, ruiné, contristé, orphelin.
Un œil expérimenté ne s’y trompe jamais. Dans ces traits rigides ou abattus, dans ces yeux caves et ternes, ou brillants des derniers éclairs de la lutte, dans ces rides profondes et nombreuses, dans ces démarches si lentes ou si saccadées, il déchiffre tout de suite les innombrables légendes de l’amour trompé, du dévouement méconnu, des efforts non récompensés, de la faim et du froid humblement, silencieusement supportés.

とりわけそうした場所へと、詩人と哲学者は、欲張りな推測を向けるのを好むものだ。そこには確かな牧草地がある。彼らが訪れようとしない所があるとしたら、先ほどちょっと触れたように、なんと言っても、富む者たちの喜びだ。虚無の中の動乱には、何も彼らを引きつけるものはない。逆に、彼らがどうしようもなく引き寄せられていくと感じるのは、弱く、荒れ果て、深い悲しみを感じさせ、孤児になった全てのものだ。
経験に富んだ目であれば、決して誤りはしない。硬直したり、打ちひしがれた顔つき、窪んで艶のない眼差し、あるいは、戦いの最後の光で輝く眼差し、無数の深い皺、非常にのろのろとしていたり、非常にぎくしゃくした身のこなし、そうしたものの中に、その目が素早く読み取る無数の銘がある。騙された愛の銘、誤解された献身の銘、報われなかった努力の銘、慎ましく静かに堪え忍ばれた餓えや寒さの銘。

詩人と哲学者の名前を挙げるのは、ボードレールの文学観がエドガー・ポーに従い、詩の中には必ず批評が含まれると考えることと関係している。
詩はそれ自体で自らの創造原理を表現している、というのがポーの主張であり、ボードレールもその考え方を受け継いでいた。
哲学者とは、批評あるいは創造原理を意味していると考えていいだろう。

別の視点から見ると、ボードレールの詩においては、韻文であろうと、散文であろうと、詩と哲学が一体化している。感性と知性が分かちがたく結びついているといってもいい。
ヴォーヴナルグの要約に続くモラリスト的な散文では、哲学者的な要素が強く出ていると考えられる。

ただし、あくまでも詩人の綴る散文であり、論理的な説明を連ねることはしない。
詩の対象として、「富める者の喜び(la joie des riches)」には目を向けないとするとき、その理由を論理的に展開することはせず、そんな喜びは「虚無の中の動乱(turbulence dans le vide)」だと、簡潔に表現するに留める。
つまり、ボードレールにとって、富みは虚無にすぎない。

その反対に、彼が目を向けるものとして、「弱い(faible)」「廃墟になった(ruiné)」「深く悲しませられた(contristé)」「孤児(orphelin)」という言葉を連ねる。

その上で、それらを具体的なイメージとして提示する。この部分は、どちらかと言えば詩人的な部分だといえる。
「顔つき(traits)」は、「硬直し(rigides)」しているか、「打ちひしがれている(abattus)」。
「目(yeux)」は、「落ちくぼみ(caves)」「どんよりしている(ternes)」。あるいは、「戦い(lutte)」の残り火でなにかしら「輝いて(brillants)」いる。
「皺(rides)」は、「数が多く(nombreuses)」、「深い(profondes)」。
「動き、身のこなし(démarches)」は、「ひどく遅かったり(si lentes)」、「ひどくギクシャクしていたり(si saccadées)」する。

こうした描写から何を「読み取る(déchiffrer)」のかを示すのが、モラリストとしての詩人の腕前。
例えば、以下の絵画を見て、何を読み取り、何を考えるか、という問題である。

そして、ボードレールは、読み取った結果を、絵画や彫刻の像の下に付けられた「碑銘(légendes)」のように、記していく。
「愛(amour)」「献身(dévouement)」「努力(efforts)」、そして、「餓え(faim)」と「寒さ(froid)」。

ただし、愛は「裏切られ(trompé)」、献身は「理解されず(méconnu)」、努力は「報われない(non récompensés)」。
彼らは、餓えや寒さを、「慎ましく、沈黙の中で堪える(humblement, silencieusement supportés)」しかない。


ここまでボードレールは、社会の底辺に押しやられた惨めな人々に関して、一般論を述べてきた。その部分が終わると、次に、寡婦たちに関する具体的な記述が続くことになる。

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