摩耶山城のことなど

摩耶山城

摩耶山城(まやさんじょう)は、1333年(元弘3年)、赤松則村(のりむら/円心)あるいはその長男・赤松範資(のりすけ)によって築かれたとされる山城。

単一の巨大な城郭ではなく、山の斜面や尾根を防御陣地として利用した「砦(とりで)」の集合体であり、本丸を中心に曲輪(二の丸・三の丸など)が連なるように配置された、小規模な塞群(さいぐん)のネットワークであったと考えられている。

本城は標高約500メートル、現在の摩耶ケーブル「虹の駅」西側の尾根一帯に位置していたとされる。

さらに、標高約270メートル付近(現在の五鬼城展望公園周辺)には、前線拠点として「上野塞(うえのさい)」が置かれていたという。
上野塞は、麓の灘方面から本城へ攻め上がる敵軍を、本城到達前に迎え撃つための防御拠点であったと考えられている。

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