ロンサール 「愛しい人よ、さあ、バラを見に行こう」Ronsard « Mignonne, allons voir si la rose » 今をつかめ Carpe Diem

16世紀を代表する詩人ピエール・ド・ロンサールの詩「愛しい人よ、さあ、バラを見に行こう。」« Mignonne, allons voir si la rose »は、フランス詩の中で最も有名なものの一つ。

その恋愛詩のベースになるのは、「時間が過ぎ去り、戻ってこないこと」というテーマである。そして、過ぎゆく「今」という時を捉えよという、Carpe Diem(今をつかめ)の思想が美しく表現されている。

また、ロンサールの詩は、シャンソンでもあり、メロディーを付けて歌われた。その音楽性が言葉の意味と融合し、詩の美しさを作りだしている。まずは、古い時代のリュートにのった歌声に耳を傾けてみよう。

19世紀後半から20世紀前半の作曲家Cécile Chaminadeが作曲した曲もある。歌はカウンター・テナーのフィリップ・ジャルスキー。印象派的な感じが強くし、美しい。

フランス語の詩では音楽性がとりわけ重視される。« Mignonne, allons voir si la rose »を形作る詩句の、音、リズム、意味を、さあ見に行こう。

それぞれの詩行は8音節。
韻は、ose-ose, eil-pré-pré-eilというaabccb。aaと並ぶ平韻に、bがcを包み込む抱擁韻が続く。

第1詩節

Mignonne, allons voir si la rose
Qui ce matin avait déclose
Sa robe de pourpre au soleil,
A point perdu cette vesprée
Les plis de sa robe pourprée
Et son teint au vôtre pareil. 

愛する人よ。見に行こう。バラが、
朝は太陽に照らされて、緋色のドレスを開いていた。
でも、夕方、失わなかっただろうか、
緋色のドレスの襞も、
あなたの肌の色に似た花の色合いも。

第一詩行の最初に置かれているMignonneは、愛する人に対する呼びかけ。詩人は彼女に、パラの咲いている庭に散歩に行こうと誘いかける。
この第一詩行の音節は8音。Mignonne (2音節)、allons voir si la rose(6音節)に分かれる。
音に関して言うと、[ l ]と[ r ]が4つ含まれ、その誘いを心地いいものにしている。
そこに、[ o ]の音が3つ挟まり、リズミカルな感じを詩句に与える。
こうした音とリズムの効果で、Mignonneとla roseの対応が生み出され、女性とバラが非常に近い存在になっている。

第二詩行、avait déclose(déは否定、closeは閉じる。従って、開くの意味)と大過去で書かれ、朝にはすでに開いていることが示される。

そして、第三詩行で、décloseの目的語が示される。それは「彼女のドレス」sa robe。
ここで、バラの花を女性のドレスと言うことで、バラ=女性の同一化がさらに強化される。それが日の光に照らされ、美しく輝いく。
ここまでは、la rose qui (…)の(…)の部分で、バラの朝の様子を描いている。

第四詩節目になると、朝から夕方へと時間が移行する。
その際に、「失った」(a perdu)と複合過去形が使われ、バラがすでに何かを失ってしまったことが示されている。(ちなみに、pointは否定。ne… pointのneが省略されている。)
ただし、目的語である襞と色合いが来る前に、今夜という時間が示され、少しじらしている感じがある。
また、point – perdu – vespréeと[ p ]の音が3度反復し(allitération)、時を忙しく刻んでいる感じが出ている。
その上、[ p ]は次の行のplis – pourpréeでも反復される。

時間は否応なしに前に進んでいく。そして、美しさも時と共に失われる。そして、最後の行で、似ているpareilという言葉が置かれ、Mignonneとla roseの類似、さらに言えば、愛する人とバラの花の一体化が強調される。愛する人を美しいバラに例え、そして、朝美しいバラも夕方には花を散らしてしまう。詩人は愛する人に、その様子を見に行こうと誘うのである。

第2詩節

Las ! voyez comme en peu d’espace,
Mignonne, elle a dessus la place
Las ! las ses beautés laissé choir !
Ô vraiment marâtre Nature,
Puisqu’une telle fleur ne dure
Que du matin jusques au soir !

ああ、見ておくれ。どんな風にして、こんな短い間に、
かわいい人よ、バラが、すぐに、
ああ、ああ、美しい花々を散らせていったのか。
おお、本当に、意地悪な「自然」よ。
こんなきれいな花でも、美しさが続くのは、
朝から夕べまで。

まず、リズムに注目しよう。
第一詩行は、lasが一音節で切れ、その後7音節が続く。つまり、第一詩節の2/6音節から、1/7音節へと、リズムが変化した。

意味の面で言うと、Lasというのは古い言葉で、失望、後悔、苦しみなどを表す感嘆表現。この言葉によって、この詩の「叙情性」がはっきりと示される。この詩の訴えは、心の叫びなのだ。
その後、Voyezと二人称の命令形が用いられ、かわいい人Mignonneへの呼びかけが続く。言い換えれば、心の叫びが愛する人に向けられていることがはっきりする。
さらに、「見る」という行為によって、詩人と恋人が庭に向かい、二人で歩きながらバラを見ているという情景を推測することができる。

では、詩人は何を見て欲しいのか。
最初に訴えるのは、時間が短い(en peu d’espace)ということ。別の言い方をすると、時間はすぐに過ぎていってしまうという事実。
「時間の消失」La fuite du tempsは古代の詩のテーマの一つ。ロンサールはそのテーマを取り上げ、「すぐに」を意味する’Dessus la place’(現在の表現ではsur-le-champ)によって、時間が過ぎてくことをさらに強調する。
そんな時間の中で、バラの花(elle)もすぐに美しさを失ってしまう。
Choirは落ちる(tomber)という意味で、花が落ちる様子をイメージさせる。

最初の3行は、散文の語順にすると、「バラはその美しさを失った。」elle a (…) laissé choir ses beautés.となる。ここで、複合過去形で書かれていることに注目したい。花はもう散ってしまっているのだ。つまり、散る行為は完了している。(avoir + pp.は完了)
このことから、二人が散歩に出かけたのが、朝ではなく、夕方であることがわかってくる。詩人は恋人に、花が散ってしまったバラの姿を見るようにと言っているのである。
そして、三行目で、las, lasと二度繰り返されることで、夕方のバラを見た時の嘆きがさらに強くなる。
それは、時間の流れは決して止めることができないという嘆きに他ならない。

こうした「自然」に対して、詩人は、意地悪な(marâtre)と形容する。
朝はあれほど美しかったバラが夕方には散ってしまうというのは、何と残酷なことだろう。そんな気持ちが、意地悪な「自然」marâtre Natureという呼びかけに込められている。

この呼びかけの後、なぜ自然が意地悪か、理由を説明するのがpuisque以下の詩句(5−6)。
1−3行は、目の前にあるバラの具体的な様子を描いた詩句だった。5−6行は、それを一般化して、言葉で説明する。
そこで、une telle fleur(こうした花)という言葉で、目の前のバラだけではなく、「美しい花というものは」という表現が使われる。
その美しさが続く(durer)のは、朝から夕方まで(de … à …)だけ(ne … que)。

この一般化によって、いやおうなく時間は過ぎ去り、しかもすぐに過ぎ去り、美しさもあっという間に消え去ってしまうのが、二人で目にしたバラの花だけではなく、かわいい人Mignonne、つまり「あなた」にも当てはまるという暗示になっている。

第1詩節では、朝夕と時間の枠組みが定めされただけだった。第2詩節になると、朝か晩までという時間の幅に対して、「僅かな」という時間認識が付け加えられます。その上で、lasという感嘆表現が、時間の流れの速さに対する認識を感情的に共有するように読者にも誘いかけてくる。

花を散らしたバラの前で、詩人は愛する人をなんとか説得しようとする。それが第3詩節。

Donc, si vous me croyez, mignonne,
Tandis que votre âge fleuronne
En sa plus verte nouveauté,

Cueillez, cueillez votre jeunesse :
Comme à cette fleur la vieillesse
Fera ternir votre beauté.

だから、もし信じてくれるなら、かわいい人よ、
あなたの若さが花開き、
一番新鮮なときに、

青春を摘んでくれ。摘み取ってくれ。
目の前のこの花のように、いつか老年が
あなたの美しさを曇らせてしまうのだから。

Doncは論理的な推論の時に使われる言葉。有名なデカルトの言葉、« Je pense, donc je suis. »を思い出すと、その論理性がわかるだろう。ここからは抒情的な口調から、相手を説得する論理的な口調へと変化する。

第一詩行は1/7の音に分かれ、第2詩節と同じリズム。前の節で時間の経過の早さ、残酷さをバラの花に託して言った後、Doncと続けることで、彼の言葉が感情的ではなく、論理に基づいているという印象を強く打ち出している。

三段論法に基づくと、次のようになる。
1)朝美しいバラも、夕方には枯れてしまう。
2)バラのようなあなたの美しさも、すぐに変わってしまう。
Donc
3)青春を、今、楽しむこと。

この三段論法はしかし女性にとっては嬉しくないだろ。花は枯れ、美は失われるという方に注意が向く。そこで、愛する男としては、女性の美を賞賛する気持ちを強調する必要がある。
その前提として、第一詩節の最後に、あなたはバラのようだと言ってあった。第三詩節では、まず年齢に関して、花開くfleuronnerという動詞を用い、女性と花を言葉によって結びつける。

次の詩行で使われる緑色vertは新鮮さを連想させ、新しさnouveautéに具体性を与える。つまり、fleur(onner), vert, nouveauという言葉を連ね、Mignonneの若々しい美しさを賞賛する。このように、Mignonneの美を讃えた後で、この詩の核になる言葉が発せられる。

「あなたの若さを摘んでくれ。」
Cueillez votre jeunesse.

この言葉は、ローマ時代から続く思想Carpe Diemを、ロンサール的に言い換えたものに他ならない。
Carpe Diemとは、今日という日をつかめという意味。もともとはローマの詩人ホラティウスの詩句から来ている。
ここでは、青春をつかめという言葉は、「だから今ぼくを愛してくれ」ということ。

そして、その後、また二人の前にある花に目を向ける。それがこの花cette fleurの「この」cetteの意味。このという言葉は、萎れた花を現前化させ、詩人の言葉にリアリティを与える力を持っている。
また、「萎らせる」fera ternirと動詞が未来形に置かれていることで、今のあなたは美しいと暗示している。今美しいからこそ、将来、その美が失われる心配があるといって、今をつかむことの大切さを説得しようとするのである。

この詩は、朝と夕方、過去ー現在ー未来という時間の流れを設定し、その上で、carpe diemの思想に基づきながら、愛する人に想いを伝える、大変に美しい詩になっている。その想いとは、「あなたは美しい」、そのあなたに愛して欲しいということ。

「愛しい人よ、さあ、バラを見に行こう」は、時はすぐに過ぎ去り、戻ってはこないという時間意識に基づきながら、今をつかむことの大切さを説く哲学的な内容を持った恋愛詩である。
しかも、歌としてメロディを付けて歌われるだけはなく、朗読しても言葉の美しさを十分に感じさせてくれる。
16世紀から21世紀まで絶えず読まれ続けるのに値する、美しい詩だといえる。

この詩の素晴らしさは、パロディが存在することからもわかる。
Juliette Grecoの歌う”Si tu t’imagines”. 歌詞は「地下鉄のザジの作者レイモンド・クノー。曲は「枯葉」の作曲者ウラジミール・コジマ。