ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 1/5

1840年に発表されたヴィクトル・ユゴー(Victor Hugo)の詩集『光線と日陰(Les Rayons et les Ombres)』に収められた「オランピアの悲しみ(Tristesse d’Olympia)」は、ユゴーの数多い詩の中でも代表作の一つと見なされてきた。

その詩の中でユゴーは、恋愛、自然、時間の経過、思い出、憂鬱といったテーマを、彼の超絶的な詩法に基づいて織り上げられた詩句を通して美しく歌い上げる。

前半は、六行詩が8詩節続き、オランピオ(詩人=ユゴー)と自然との交感が描写される。
後半では、四行詩が30詩節からなる、オランピオの独白が綴られる。

全部で168行に及ぶ長い詩だが、1820年に発表されたラマルティーヌ(Lamartine)の「湖(Le Lac)」とこの詩を読むことで、フランスロマン主義の抒情詩がどのようなものなのか理解できるはずである。
https://bohemegalante.com/2019/03/18/lamartine-le-lac/

まず、第1詩節を読んでみよう。

Tristesse d’Olympio

Les champs n’étaient point noirs, / les cieux n’étaient pas mornes.
Non, le jour rayonnait / dans un azur sans bornes
Sur la terre étendu,/
L’air était plein d’encens / et les prés de verdures
Quand il revit ces lieux / où par tant de blessures
Son coeur s’est répandu !

オランピオの悲しみ

野は暗くなかった。空はどんよりとしていなかった。
いや、光が輝いていた、限りない青空に、
大地の上に広がる。
大気には芳香が満ちていた、草原には緑が満ちていた、
彼がその地を再び見た時。そこでは、数多くの傷を通し、
彼の心が流れ出したのだった !

詩人ユゴーは、韻文詩の伝統に則りながら、その内部で変革を行った。

フランス語韻文の最も根本的な要素は、以下の三つに絞られる。
1)一行の詩句の音節数。12、10、8等、基本は偶数。
2)韻を踏むこと。
3)母音衝突を避けること。
https://bohemegalante.com/2019/05/25/lecture-poeme-francais/

それ以外に重要なことは、詩句のリズムと意味が対応すること。
例えば、12音節の詩句の場合、基本は、6/6の音節数に区切られるが、その区切れが詩句の意味と対応することが基本となる。
「オレンピオの悲しみ」の最初の3行で、実際に確認してみよう。

Les champs n’étaient point noirs (6), // les cieux n’étaient pas mornes (6)
野は暗くなかった。//空はどんよりしていなかった。

Non, / le jour rayonnait (6 : 1+5) // dans un azur sans bornes (6)
いや、/ 光が輝いていた、//限りない青空に、

Sur la terre étendu (6).
大地の上に広がった

6/6, 6(1+5)/6, 6. という音の塊と、言葉の意味が対応していることが、この例からわかる。
そして、2行目では、前半の6を1/5と分断し、全体を1/5//6とすることで、リズムを変えてる。

古典主義の韻文にはそうしたヴァリエーションはそれほど数が多くなく、ロマン主義の時代、とりわけヴィクトル・ユゴーが、6/6のリズムが続く単調さに変化を加え、リズム感溢れる詩句を作り出すことに大きな貢献をしたのだった。


ユゴーがどれほど自由に詩句を操ることができたのかh、以下の詩句を見ると一目で了解できる。
まず、全てが3音節の詩句でできている詩 « Le pas d’armes du roi Jean ».

Çà, qu’on selle, 
Écuyer, 
Mon fidèle 
Destrier. 
Mon cœur ploie 
Sous la joie, 
Quand je broie 
L’étrier. 

こうした3音節8行の詩節が、32続く!
https://fr.wikisource.org/wiki/Odes_et_Ballades/Le_Pas_d’armes_du_roi_Jean

« Les Dijinns »では、2音節の詩句、3音節の詩句と徐々に数が増しながら10音節の詩句まで続き、その後は8,7と下り、最後にはまた2音節に戻る。
意味を考えるのではなく、ただ詩句の並びを見るだけで、目が回りそうになる。驚くべきユゴーの技巧!

Murs, ville, 
Et port. 
Asile 
De mort, 
Mer grise 
Où brise 
La brise, 
Tout dort.

Dans la plaine 
Naît un bruit. 
C’est l’haleine 
De la nuit. 
Elle brame 
Comme une âme 
Qu’une flamme 
Toujours suit !

La voix plus haute 
Semble un grelot.
D’un nain qui saute 
C’est le galop. 
Il fuit, s’élance, 
Puis en cadence 
Sur un pied danse 
Au bout d’un flot.

La rumeur approche. 
L’écho la redit. 
C’est comme la cloche 
D’un couvent maudit ; 
Comme un bruit de foule, 
Qui tonne et qui roule, 
Et tantôt s’écroule, 
Et tantôt grandit.

Dieu ! la voix sépulcrale 
Des Djinns !… Quel bruit ils font ! 
Fuyons sous la spirale 
De l’escalier profond. 
Déjà s’éteint ma lampe, 
Et l’ombre de la rampe, 
Qui le long du mur rampe, 
Monte jusqu’au plafond.

C’est l’essaim des Djinns qui passe. 
Et tourbillonne en sifflant ! 
Les ifs, que leur vol fracasse, 
Craquent comme un pin brûlant. 
Leur troupeau, lourd et rapide, 
Volant dans l’espace vide, 
Semble un nuage livide 
Qui porte un éclair au flanc.

Ils sont tout près ! — Tenons fermée 
Cette salle, où nous les narguons. 
Quel bruit dehors ! Hideuse armée
De vampires et de dragons ! 
La poutre du toit descellée 
Ploie ainsi qu’une herbe mouillée, 
Et la vieille porte rouillée 
Tremble, à déraciner ses gonds !

Cris de l’enfer ! voix qui hurle et qui pleure ! 
L’horrible essaim, poussé par l’aquilon, 
Sans doute, ô ciel ! s’abat sur ma demeure. 
Le mur fléchit sous le noir bataillon. 
La maison crie et chancelle penchée, 
Et l’on dirait que, du sol arrachée, 
Ainsi qu’il chasse une feuille séchée, 
Le vent la roule avec leur tourbillon !

Prophète ! si ta main me sauve 
De ces impurs démons des soirs, 
J’irai prosterner mon front chauve 
Devant tes sacrés encensoirs ! 
Fais que sur ces portes fidèles 
Meure leur souffle d’étincelles,
Et qu’en vain l’ongle de leurs ailes 
Grince et crie à ces vitraux noirs !

Ils sont passés ! — Leur cohorte 
S’envole, et fuit, et leurs pieds 
Cessent de battre ma porte 
De leurs coups multipliés. 
L’air est plein d’un bruit de chaînes,
Et dans les forêts prochaines 
Frissonnent tous les grands chênes,
Sous leur vol de feu pliés !

De leurs ailes lointaines 
Le battement décroît, 
Si confus dans les plaines, 
Si faible, que l’on croit
Ouïr la sauterelle 
Crier d’une voix grêle, 
Ou pétiller la grêle 
Sur le plomb d’un vieux toit.

D’étranges syllabes 
Nous viennent encor ; 
Ainsi, des arabes 
Quand sonne le cor, 
Un chant sur la grève 
Par instants s’élève,  
Et l’enfant qui rêve 
Fait des rêves d’or.

Les Djinns funèbres, 
Fils du trépas, 
Dans les ténèbres 
Pressent leurs pas ; 
Leur essaim gronde : 
Ainsi, profonde, 
Murmure une onde 
Qu’on ne voit pas.

Ce bruit vague 
Qui s’endort, 
C’est la vague 
Sur le bord ; 
C’est la plainte, 
Presque éteinte, 
D’une sainte 
Pour un mort.

On doute 
La nuit…
J’écoute : — 
Tout fuit,
Tout passe ; 
L’espace 
Efface 
Le bruit.

https://fr.wikisource.org/wiki/Les_Orientales/Les_Djinns

この詩句の並びを見るだけで、ヴィクトル・ユゴーがどれほどの才能に恵まれ、フランス語の詩句を自由に操り、古典主義の規則を内部から変革していったかが理解できるだろう。


「オランピオの悲しみ」に戻ると、第1詩節ではリズムと意味の関係はほぼ規則的で、安定した枠組みを形作っている。
そして、その中で、まずは自然の描写が、過去の光景として描かれる。

最初は「半過去形」が用いられる。
Les champs n‘étaient point noirs,
les cieux n’étaient pas mornes.
Non, le jour rayonnait (…)
L’air était plein d’encens
et les prés (étaient pleins) de verdures

この半過去形は、「野原(champs)」、「空(cieux)」、「日差し(jour)」、「空気(air)」、「草原(prés)」がどのような状態だったかを示し、暗い影はなく、光輝き、よい香りがしていたことが語られる。

次ぎに、いきなり「彼(il)」が登場し、その情景を見たのが初めてではなく、以前に見た光景を「再び見た(il revit)」ことが伝えられる。
その時に使われる動詞の時制は「単純過去」。
彼が再び見たという「行為」があり、その時、目の前の情景がどのようなものだったのかが、半過去形で描写されたきたことがわかる。

彼が再び見た「その場所(ces lieux)」には、« où »という関係代名詞(副詞)によって導かれる一節が付け加えられるのだが、その文では動詞が「複合過去」になっている。
par tant de blessures / Son coeur s’est répandu !

単純過去と複合過去の違いは、原則的に次のように考えられる。
単純過去は、語り手と切り離された過去の時間帯に属する行為を表す。
複合過去は、語り手の属する時間帯において完了した行為を表す。

そこで、彼(オランピオ)の心が傷つき、心が流れ出したのは、現在と地続きの時点だということがわかる。
もしse répandreを単純過去にして、« son cœur se répandit »とすると、語られている時点でのオランピオとは関係のない時点の出来事になる。
他方、複合過去で記されることで、心の痛みが今に影響を与えていることになる。

動詞の時制による微妙な意味の違いは、日本語に翻訳してしまうと伝えることが非常に難しい。逆に言えば、フランス語で読む意義は、言葉の微妙なニュアンスをつかむことができることにある。

内容的にもう一つ重要な点は、オランピオの見つめる自然の光景に彼の心が「流れ、広まった(s’est répandu)」こと。
それは、彼の心が自然と溶け合うことにもなり、その自然について語ることは、オランピオの内面を語ることにもなる。それは、ジャン・ジャック・ルソー以来の、自然と人間の内面の一体化体験を思わせる。
https://bohemegalante.com/2019/04/21/rousseau-reveries-extase/

このように、ユゴーは、半過去、単純過去、複合過去を使い分けることで、自然の情景、オランピオの行為、その行為が自然に対してもたらす結果を巧みに読者に伝えている。


第2詩節でも自然の描写が続けられる。

L’automne souriait ;//  les coteaux vers la plaine
Penchaient leurs bois charmants // qui jaunissaient à peine ;
Le ciel était doré ;
Et les oiseaux, / tournés // vers celui que tout nomme,
Disant peut-être à Dieu // quelque chose de l’homme,
Chantaient leur chant sacré !

秋が微笑んでいた。丘が、平地に向かい、
魅力的な木々を傾けていた。まだほどんど黄色く染まっていない木々を。
空は黄金だった。
鳥たちは、振り返った、すべてのものが、
たぶん神に話しかけながら、人間のなんらかのものと名付ける者の方に、
そして、神聖な歌を歌っていた !

ここでは全ての動詞が半過去で活用され、過去の状態が描かれている。

その中で、「秋(l’automne)」は「微笑んだ(souriait)」、「丘(les coteaux)」は「傾けた(penchaient)」、というように、非人称の事物に動作を意味する動詞が使われ、詩人が自然に生命を与えていることが感じられる。
穏やかな秋の風景。木々の葉はまだ黄色く染まっていないが、空は金色に輝いている。

そこで、鳥たちは「神聖な歌(chant sacré)」を歌っていた。
美しい自然の中で歌う鳥たちから、神を連想し、神聖な感じを受けるのは、汎神論(パンテイスム)的であるが、日本的な感性であれば、ごく当たり前に感じることでもあるだろう。

ただし、鳥たちが振り向いた先にいる人間あるいは存在は、非常に遠回しに名指される。
まず、« Et les oiseaux, / tournés // vers celui que tout nomme »という詩句の中で、「振り向く(tournés)」という言葉に焦点が当てられていることに注目したい。
6/6の音節の中で« tournés »は前の6音に入るが、意味的には後ろの6音と関係する。そのずれのために、« tournés »に焦点が当たることになる。
そのことは、鳥たちが振り返る相手にも注目が注がれるための詩的技巧である。

その相手は、« celui que tout nomme (…) quelque chose de l’homme ».
「全て(tout)」が、「人間のなんらかのもの(quelque chose de l’homme)」と「名付ける(nomme)」者。
しかも、そうする時には、「たぶん神に話しかけながら(Disant peut-être à Dieu)」、だという。

言葉の上ではこのように理解できるが、ではその者が誰か、あるいは何かと問われると、現状では明確な答えはないと言わざるをえない。
そこで、謎は謎として、次ぎに読み進んでいくことにしよう。(続く)

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