ボードレール 「旅への誘い」 散文詩 Baudelaire « L’invitation au voyage » en prose 2/2

Pieter Janssens Elinga, Interior with Painter, Woman Reading and Maid Sweeping

第6詩節では、室内の様子が絵画的に描きだされる。
ワルツへの招待に倣って言えば、絵画への招待。

 Sur des panneaux luisants, ou sur des cuirs dorés et d’une richesse sombre, vivent discrètement des peintures béates, calmes et profondes, comme les âmes des artistes qui les créèrent. (以下録音の続き)Les soleils couchants, qui colorent si richement la salle à manger ou le salon, sont tamisés par de belles étoffes ou par ces hautes fenêtres ouvragées que le plomb divise en nombreux compartiments. Les meubles sont vastes, curieux, bizarres, armés de serrures et de secrets comme des âmes raffinées. Les miroirs, les métaux, les étoffes, l’orfèvrerie et la faïence y jouent pour les yeux une symphonie muette et mystérieuse ; et de toutes choses, de tous les coins, des fissures des tiroirs et des plis des étoffes s’échappe un parfum singulier, un revenez-y de Sumatra, qui est comme l’âme de l’appartement.

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ボードレール 「旅への誘い」 散文詩 Baudelaire « L’invitation au voyage » en prose 1/2

韻文詩「旅への誘い」を、ボードレールはなぜ散文で書き直したのだろうか?

伝統的な考えでは、詩とは韻文で書くものと決まっていた。
韻を踏み、一行の詩句の音節数詩句の音節数が一定であることが、詩と見做される条件だった。

そして、散文は、詩との関係で言うと、韻文を書く前に構想を書き留めるものくらいに考えられていた。

そうした伝統に対して、ボードレールは、韻文で書かれた詩とほぼ同じ内容を散文にし、その散文を詩として成立せようという大胆なチャレンジに挑んだ。
言い換えると、散文詩というジャンルを新たなジャンルを確立することが目標だといえる。

散文詩「旅への誘い」を通して、散文詩とはどのようなものなのか見ていこう。

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ボードレール 「旅への誘い」 韻文詩 Baudelaire « L’invitation au voyage » en vers

「旅への誘い」は、フランス語で書かれた詩の中で、最も美しいものの一つ。
音楽性、絵画性が素晴らしく、女性に対する愛のささやきが、美に直結している。

その美は現代にも通じ、Louis Vuitton が、David Bowie を使い、L’Invitation au voyageというイメージ・ビデオを作ったことがあった。

ボードレールはこの詩を最初に韻文で書き、次に散文でも同じテーマを扱った。そのことは、詩とは韻文で書かれるものであるという、フランス詩の伝統への挑戦だった。
散文でも詩を書ける。つまり散文詩を文学のジャンルとして成立させる試みだった。

ここでは、韻文の「旅への誘い」をまず読んでみよう。

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ボードレールの美学 想像力と現前性

ボードレールは、伝統的な美(ミロのビーナス、モナリザ等)を乗り越え、新しい美について、次のような言葉で提案した。

「美は常に奇妙なもの。(Le Beau est toujours bizarre.)」

「美は常に人を驚かせるもの(Le Beau est toujours étonnant.)」

奇妙なものは人を驚かせる。しかし、そうしたものは美の基準からは外れるし、しばしば醜いもの、悪いものと見なされる。
それにもかかわらず、ボードレールは、人を驚かせるためには、今まできれいだと思われていなかったもの、つまり、醜いと思われるものを美の対象とした。

では、どのようにして、醜いものを、美しいものに変えるのか? 

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ボードレール 「旅」 Baudelaire « Le Voyage » 新しい詩への旅立ち 7/7

Odile Redon, l’Ange des Certitudes et un regard intérrogateur

「旅」の最後に、詩人は「出航しよう!」と呼びかける。つまり、彼はまだ旅立ってはいず、『悪の華』第二版(1861年)の読者である仲間たちを、新たな詩を発見する旅に誘うのである。

VIII

Ô Mort, vieux capitaine, il est temps ! levons l’ancre !
Ce pays nous ennuie, ô Mort ! Appareillons !
Si le ciel et la mer sont noirs comme de l’encre,
Nos cœurs que tu connais sont remplis de rayons !

おお、死よ、年老いた船長よ、時が来た! 錨を上げよう!
この国は退屈だ、おお死よ! 出港しよう!
空も海も真っ黒い、墨のように。
しかし、お前の知る私たちの心は、光に満たされている!

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ボードレール 「旅」 Baudelaire « Le Voyage » 新しい詩への旅立ち 6/7

第7部では、旅立つことの意義が、再び問い直される。

VII

Amer savoir, celui qu’on tire du voyage !
Le monde, monotone et petit, aujourd’hui,
Hier, demain, toujours, nous fait voir notre image :
Une oasis d’horreur dans un désert d’ennui !

苦々しい知識が、旅から引き出される!
今日、世界は、単調で、小さい。
昨日も、明日も、常に、私たちに見せるのは、私たち自身の姿。
倦怠の砂漠の中の、ぞっとするオアシス!

Salvator Dali, Autoportrait au miroir avec Gala

旅から引き出される結論は、世界が単調で小さいということ。
その世界は、現在も、過去も、未来も変わることがなく、そして、それは旅人自身の姿の反映である。

そうした辛い事実を知ることは、自己イメージを嫌悪(horreur)と倦怠(ennui)で満たすことになる。苦々しい知識(amer savoir)。

それでも旅に出なければならないのか? あるいは留まるべきなのか?

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ボードレール 「旅」 Baudelaire « Le Voyage » 新しい詩への旅立ち 5/7

第6部では、詩人の目から見た現実社会の悪が次々に列挙される。

VI
« Ô cerveaux enfantins !  
Pour ne pas oublier la chose capitale,
Nous avons vu partout, et sans l’avoir cherché,
Du haut jusques en bas de l’échelle fatale,
Le spectacle ennuyeux de l’immortel péché

                   おお、子どもたちの脳髄よ!
大切なことを忘れないようにしよう。
私たちは見た、至るところで、それを探さなかったのに、
運命の梯子の上段から下段まで通して、
不死の罪の退屈な光景を。

Albrecht Dürer, Adam et Eve (une partie)

不死の罪(l’immortel péché)とは、人類が罪を犯し続けていることを意味する。
その罪は、社会の上層から下層まで、至るところで犯されるものであり、探す必要もなく、目に飛び込んで来る。

そうした光景を詩人は退屈(ennuyeux)と形容する。
退屈(ennui)は、メランコリー(mélancolie)あるいはスプリーン(spleen)と言ってもいいだろう。
ボードレールの世界では、それらは美へと向かう出発点になる感情である。

ボードレールは、「美は常に奇妙である。」と主張したことを思いだそう。

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ボードレール 「旅」 Baudelaire « Le Voyage » 新しい詩への旅立ち 4/7

第4部では、驚くべき旅行者たちが航海で見た光景が次々に語られていく。

IV
« Nous avons vu des astres
Et des flots ; nous avons vu des sables aussi ;
Et, malgré bien des chocs et d’imprévus désastres,
Nous nous sommes souvent ennuyés, comme ici.

                「私たちは見た、星を、
波を。私たちは見た、砂も。
数多くの衝突と予見できない災難に出会ったのに、
私たちは何度も退屈した。ここでと同じように。

現実は退屈だ。だから、幻影的な国や輝く楽園を目指して旅立つ。
従って、星や波や砂に出会う素晴らしい旅であり、予期しないアクシデントがある旅だとしても、退屈する。

Gustave Courbet, Le Bord de mer à Palavas ou L’Artiste devant la mer
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ボードレール 「旅」 Baudelaire « Le Voyage » 新しい詩への旅立ち 3/7

第3部には、驚くべき旅行者と私たちという二つの系列の旅行者が現れる。その区別は、すでに旅をした人々と、これから旅を志す人間(私たち)の違いである。

III

Etonnants voyageurs ! quelles nobles histoires
Nous lisons dans vos yeux profonds comme les mers !
Montrez-nous les écrins de vos riches mémoires,
Ces bijoux merveilleux, faits d’astres et d’éthers.

驚くべき旅人たちよ! どんなに高貴な物語を、
私たちは君たちの目の中に読み取ることだろう。海のように深い目の中に!
見せてくれ、君たちの豊かな記憶の宝石箱を、
星と天空のエーテルでできた、素晴らしい宝石を。

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ボードレール 「旅」 Baudelaire « Le Voyage » 新しい詩への旅立ち 2/7

第二部では、目的のない旅が、現実と理想の狭間にあり、深淵に呑み込まれる危険を含んだものであることが示される。

II

Nous imitons, horreur ! la toupie et la boule
Dans leur valse et leurs bonds ; même dans nos sommeils
La Curiosité nous tourmente et nous roule,
Comme un Ange cruel qui fouette des soleils.

Fernand Léger, Composition à la toupie

私たちは模倣する、なんと恐ろしいことか! 独楽や鞠が
ワルツを踊り、飛び跳ねるのを。夢の中でさえ、
「好奇心」が私たちを苦しめ、転がす、
残酷な天使が、太陽たちをむち打つように。

どこといって向かう先があるわけではなく、ただ出発することだけが目的であるとき、旅はたとえ先に進むように見えても、同じ輪の中を回転しているだけになる。独楽や鞠がその場で回転し、跳ねているように。

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