ジェラール・ド・ネルヴァル 「 オーレリア」 人間の魂の詩的表現 Gérard de Nerval Aurélia 1−1

ジェラール・ド・ネルヴァルの作品は、彼の死の直後からずっとバイアスがかかって読まれ、現在でも狂気や幻想と結び付けて解釈されることが多い。

その原因として、2度か3度精神病院に入ったことがあり、最後はパリの場末の街角で首をつって死んだこともあるだろう。しかしそれ以上に、彼の代表作の一つとされる「オーレリア」が狂気の体験を語ったものであり、超自然な幻想に満ちていると見なされることに由来している。

その影響で、非常に明晰に構成されたもう一つの代表作「シルヴィ」までも、幻想的で、錯綜し、混乱した作品といった感想を抱く読者がいたりもする。

しかし、ネルヴァルは第1に作家・詩人であり、自らの体験を告白するにしても、膨大な知識を踏まえた上で、ユーモアとアイロニーを忘れることなく、読者の期待の地平を超える作品を生み出そうとした。
狂気が引き起こす幻影を描くとしたら、それは、例えばボードレールが麻薬による幻影を詩的創造の源泉としたのと同じであり、現実を超越したイメージを使い詩的作品を創造するために他ならない。

「オーレリア」と同時期に発表された「散歩と思い出」は、非現実的な次元に向かうことなく、身近な出来事と思い出を構成することで、散文による詩情を発散している。
「オーレリア」が目指すのは、自己の内面を見つめ、魂の働きをたどりながら、ポエジーを生み出すことだと考えられる。

ここでは、バイアスのかからない目で、「オーレリア」を読んでみよう。
前半は、「パリ評論」の1855年1月1日号に発表され、後半は1月26日のネルヴァルの死後、2月1日号に同じ雑誌に掲載された。

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 5/5

第29詩節に至り、神の存在に言及され、神こそが全てを統括しているような印象を与える詩句から始まる。
ちなみに、これ以降の詩節では、基本的に動詞は現在形に置かれ、過去の出来事の思い出ではなく、時間の経過とともに全てが消滅してしまうことに関する考察が展開されていく。

« Dieu nous prête un moment // les prés et les fontaines,
Les grands bois frissonnants, // les rocs profonds et sourds
Et les cieux azurés // et les lacs et les plaines,
Pour y mettre nos coeurs, // nos rêves, nos amours ;

« Puis il nous les retire. // Il souffle notre flamme ;
Il plonge dans la nuit // l’antre où nous rayonnons ;
Et dit à la vallée, // où s’imprima notre âme,
D’effacer notre trace // et d’oublier nos noms.

(朗読は、8分56秒から)

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 4/5

第19-20詩節では、かつて愛し合った思い出の地に別の恋人たちがやって来て、彼らの思い出は別の思い出に上書きされてしまうことに対する悲しみが表現される。

« Oui, / d’autres à leur tour // viendront, couples sans tache,
Puiser dans cet asile // heureux, calme, enchanté,
Tout ce que la nature // à l’amour qui se cache
Mêle de rêverie // et de solennité !

« D’autres auront nos champs, // nos sentiers, nos retraites ;
Ton bois, ma bien-aimée, // est à des inconnus.
D’autres femmes viendront, // baigneuses indiscrètes,
Troubler le flot sacré // qu’ont touché tes pieds nus !

(朗読は6分6秒から)

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 3/5

独白は、これまでの状況をオランピオ自身の言葉で語り直すところから始まる。当然、そこでは、「私(je)」が主語になる。

— « O douleur ! / j’ai voulu, // moi dont l’âme est troublée,
Savoir / si l’urne encor // conservait la liqueur,
Et voir ce qu’avait fait //cette heureuse vallée
De tout ce que j’avais // laissé / là de mon coeur !

「ああ、苦しい! 私は望んだ、魂の掻き乱されている私は、
知ることを望んだ、あの瓶がまだ水を保っているかどうか、
見ることを望んだ、あの幸福だった谷間が、
どのようしたのか、私がかつて残した私の心にかかわる全てのものを。

(朗読は2分50秒から)

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 2/5

第3詩節は単純過去の動詞(il voulut)から始まり、オランピオが次の行為を行うことが示される。
そして、その際にも、ユゴーの思想の中で大きな意味を持つ言葉が使われる。
その言葉とは、「全て(tout)」。
ユゴーの世界観の中では、超自然の存在も、人間も、動物や植物、鉱物も含め、「全て」が一つの自然を形成している。

Il voulut tout revoir, // l’étang près de la source,
La masure /où l’aumône // avait vidé leur bourse,
Le vieux frêne plié,
Les retraites d’amour // au fond des bois perdues,
L’arbre / où dans les baisers // leurs âmes confondues
Avaient tout oublié !

(朗読は55秒から)

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ヴィクトル・ユゴー オランピオの悲しみ Victor Hugo Tristesse d’Olympio ロマン主義の詩を味わう 1/5

1840年に発表されたヴィクトル・ユゴー(Victor Hugo)の詩集『光線と日陰(Les Rayons et les Ombres)』に収められた「オランピアの悲しみ(Tristesse d’Olympia)」は、ユゴーの数多い詩の中でも代表作の一つと見なされてきた。

その詩の中でユゴーは、恋愛、自然、時間の経過、思い出、憂鬱といったテーマを、彼の超絶的な詩法に基づいて織り上げられた詩句を通して美しく歌い上げる。

前半は、六行詩が8詩節続き、オランピオ(詩人=ユゴー)と自然との交感が描写される。
後半では、四行詩が30詩節からなる、オランピオの独白が綴られる。

全部で168行に及ぶ長い詩だが、1820年に発表されたラマルティーヌ(Lamartine)の「湖(Le Lac)」とこの詩を読むことで、フランスロマン主義の抒情詩がどのようなものなのか理解できるはずである。
https://bohemegalante.com/2019/03/18/lamartine-le-lac/

まず、第1詩節を読んでみよう。

Tristesse d’Olympio

Les champs n’étaient point noirs, / les cieux n’étaient pas mornes.
Non, le jour rayonnait / dans un azur sans bornes
Sur la terre étendu,/
L’air était plein d’encens / et les prés de verdures
Quand il revit ces lieux / où par tant de blessures
Son coeur s’est répandu !

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スタンダール 『赤と黒』 Stendhal Le Rouge et le Noir こうして恋心は生まれる

『赤と黒』には「1830年の年代記」という副題が付けられ、非常に明確な時代背景が描き込まれている。

ナポレオンの時代であれば、平民の出身でも、軍隊での功績次第で出世できる可能性があったかもしれない。しかし、1815年にナポレオンが完全に失脚し、ブルボン王朝が復活した後、平民が社会階層を駆け上がるためには聖職に就くしかなくなる。
題名にある「赤」は軍人を示し、「黒」は僧侶を示している。

貧しい製材屋の息子ジュリアン・ソレルは、田舎町ヴェリエールの町長レナール家の家庭教師となり、最初は「上流階級の女性をものにする」という野心を満たすために夫人を誘惑する。
しかし、その関係が発覚し、ジュリアンはレナール家を追われる。

その後、僧侶になるためにブザンソンの神学校に通い、校長であるピラール神父の保護を受けるようになる。そして、神父が神学校内部の争いのために職を追われ、ラ・モール伯爵の力添えでパリで聖職に就くようになると、ジュリアンも彼に従いパリに出、ラ・モール侯爵の秘書として働くようになる。

ラ・モール伯爵の家には、19歳になる娘マチルダがいる。彼女は我が儘に育てられ、気位が高い。夢見がちで、情熱的な恋愛に憧れている。そのために、サロンに集う若い貴族たちに満足できず、回りを退屈だと思い始めている。
そんな彼女にとって、最初、平民出身のジュリアンは単なる使用人でしかない。

そうした状況の中で、マチルダの心にほんのわずかな変化が生まれる瞬間がある。
優れた心理分析家であるスタンダールは、「恋愛の結晶化作用」の最初の一歩と言ってもいいマチルドの微妙な感情の動きを、本当に自然に描いている。

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スタンダール 『パルムの僧院』 Stendhal La Chartreuse de Parme 幸福な監獄 La Prison heureuse

『パルムの僧院(La Chartreuse de Parme)』の主人公ファブリス・デル・ドンゴ(Fabrice del Dongo)は、劇場の踊り子マリエッタをめぐり一人の男を殺してしまう。その後、逃亡先で歌姫ファウスタをめぐり再び騒ぎを起こし、結局、検察長官の陰謀によって捕らえられ、ファルネーゼ城砦に投獄される。

その監獄の中で、恋多きファブリスは、他の幸福とは比べられない至上の幸福を経験する。というのも、独房に閉じ込められる前に、監獄の長官ファビオ・コンチ将軍の娘クレリアと再会し、恋に落ちたからだった。(7年前に一度二人は会ったことがあった。)

塔の上の閉ざされた独房の窓から下を覗くと、クレリアの部屋が見える。窓辺には鳥かごが置かれて、時にはクレリアが姿を現すこともある。

そうした状況の中、スタンダールが『恋愛論』の中で「結晶化作用」と名付けた精神の活動が作動する。

ザルツブルクの塩鉱山で、うち捨てられた深い穴の中に、冬に葉の落ちた木の枝を投げ入れる。2, 3ヶ月後、それを引き抜くと、輝く結晶で覆われている。最も小さな枝、シジュウカラの身体よりも大きいとはいえない枝が、キラキラと眩しい無数のダイヤモンドで覆われている。人はもうそれが最初の枝だとは思えない。
https://bohemegalante.com/2021/10/08/stendhal-de-lamour-cristallisation/

ファルネーゼ城砦の独房の中でファブリスに起こったのは、まさに恋愛の結晶化作用であり、監獄は至上の幸福の場となる。
その様子を、スタンダールがどのように描いているのか、読み説いていこう。

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バルザック原作 グザヴィエ・ジャノリ監督 「幻滅」 紹介 ——— ジャノリ監督と主演バンジャマン・ボワザンのインタヴュー 

フランス文学を代表するバルザックの『幻滅』が、グザヴィエ・ジャノリ監督によって映画化された。その紹介と、監督グザヴィエ・ジャノリと主演バンジャマン・ボワザンのインタヴュー

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スタンダール 『恋愛論』 結晶化作用  恋愛の生理学から恋愛の美学へ

『赤と黒』で知られるスタンダールは、常に「幸福」を追求し続けた。
実際の人生の中でも、小説の中でも、自伝、旅行記、絵画や音楽に関する批評の中でも、彼は幸福の味を探し求めた。

幸福の追求において、彼が最もこだわったのは「恋愛」だった。『赤と黒』『パルムの僧院』においても、恋愛心理の分析が驚くほど緻密に行われ、説得力を持って語られている。

そうしたスタンダールの恋愛理論の中で、とりわけよく知られているのが、恋愛感情が生まれる時に発生する「結晶化作用(cristallisation)」。

「ザルツブルクの小枝」の比喩は、誰もが一度は耳にしているかもしれない。
葉の落ちた木の枝を、塩を採集していた坑道の奥深くに投げ込む。しばらくして引き出してみると、枯れ枝にキラキラと輝く結晶が付いている。
恋愛の初期には、それと同じ結晶作用が起こり、愛する対象が美しく見える。

スタンダールが1821年に出版した『恋愛論(De l’Amour)』の中で、「恋愛の結晶作用」がどのように語られているのか、フランス語で読んでみることにしよう。

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