中原中也 一つのメルヘン 生=美の原型

中原中也の詩は抒情的で、読者をうっとりとさせてくれる。しかし、彼を実際に知っていた人たちの証言では、とにかく人にからみ、みんなに厭な思いをさせたらしい。

有名なのは、太宰治と一緒に飲んでいる時のこと。中也が太宰に言う。
「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって。全体、おめえは何の花が好きだい?」
太宰は、今にも泣き出しそうな声で、「モ、モ、ノ、ハ、ナ」と応え、悲しい薄笑いを浮かべる。
「チエッ、だからおめえは。」と中原は言い、その後、乱闘が始まった。
(檀一雄『小説 太宰治』より)

ある作家は、中原を直接知らない読者は幸せだと言った。彼を知っていたら、詩を読んでも、彼の厭な姿が思い浮かんできてしまう、と。

私たちは普通、人柄が文章に反映すると考えがちだ。「文は人なり。」と言われれば、容易に納得する。
しかし、「からみ」体質の中也の筆から、「一つのメルヘン」のような清浄で静謐な詩が生まれる。
詩人の中で、何が起こっているのだろう?

     一つのメルヘン

秋の夜(よ)は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射しているのでありました。

陽といっても、まるで硅石(けいせき)か何かのようで、
非常な個体(こたい)の粉末のようで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもいるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでいてくっきりとした
影を落としているのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄(いままで)流れてもいなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れているのでありました……

4行詩が2つ続けられ、次に3行詩が2つ続く、ソネット形式。
最初の8行が提示部。次の3行詩で展開があり、2番目の3行詩が終結部。フランスのソネットの原則に適合し、内容的にも非常に整っている。

描かれるのは、世界の始まり。今まさに生命が動き始める。
その世界は、「淡く、それでいてくっきりとし」、「さらさら、さらさら」という擬音語で特徴付けられる。
そこには、濁りも、淀みも、べとつきもない。心地よく乾燥し、軽々としている。

中也が「メルヘン」と呼ぶこの世界は、相手にしつこく絡みつき、友人たちをうんざりさせる人間が生きる世界とは正反対であり、どうしてそんな男からこんな美しい詩句が出てくるのか、謎でしかない。

中原中也は、「芸術論覚え書」の中で、こんな風に書いている。

「これが手だ」と、「手」といふ名辞を口にする前に感じてゐる手、その手が深く感じられてゐればよい。

目に見える何かを「手」と言葉にする、、つまり「手」と意識してしまうと、それ以前に感じていたはずの何かが失われてしまう。
言葉を習得する以前の乳児であればその感覚を感じているはずだが、言葉を習得するやいなや、手を「手」としか見なさなくなる。手が概念化され、生の感覚が失われる。

生命の豊かさそのものとは、必竟小児が手と知らずして己が手を見て興ずるが如きものであり、つまり物が物それだけで面白いから面白い状態に見られる所のもの(後略)。

中也は、そうした状態を「名辞以前の世界」と呼ぶ。
彼にその世界を教えたのは、ランボーだった。

中也が死の直前に出版した、ランボーの詩の翻訳集のあとがきに、彼はこう書いている。

云換れば、ランボオの洞見したものは、結局「生の原型」といふべきもので、謂はば凡ゆる風俗凡ゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、忘れられもしないが又表現することも出来ない、恰も在るには在るが行き道の分らなくなつた宝島の如きものである。(「ランボオ詩集」野田書房、昭和12(1937)年9月)

「 ‘ 手 ’といふ名辞を口にする前に感じてゐる手」、その手の感覚が「生の原型」であり、それを取り戻すことは「宝島」に行き着くようなもの。
そして、そこに「美」がある。

中原と同時期にランボーを読み、生涯において決定的な影響を受けた小林秀雄は、「美を求める心」の中で、こんな風に書いている。

言葉は眼の邪魔になるものです。例えば、諸君が野原を歩いていて一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。見ると、それは菫の花だとわかる。何だ、菫の花か、と思った瞬間に、諸君はもう花の形も色も見るのを止めるのでしょう。諸君は心の中でお喋りをしたのです。菫の花という言葉が、諸君の心のうちに這入ってくれば、諸君はもう眼を閉じるのです。それほど、黙って物を見るという事は難しいことです。菫の花だと解る事は、花の姿や色の美しい感じを言葉で置き換えてしまうということです。言葉の邪魔の入らぬ花の美しい感じを、そのまま、持ち続け、花を黙って見続けていれば、花は諸君に、かつて見た事もなかった様な美しさを、それこそ限りなく明かすでしょう。

小林はここで、「名辞以前の世界」が「美」そのものであることを明かしている。

こうして、美の在処がわかってくると、詩人の困難がどこにあるのか理解できる。
詩人は、言葉を使い、「言葉の邪魔の入らぬ花の美しい感じ」を表現しなければならないのだ。

詩人・中原中也にとって、「生の原型」は「宿命」であり、そこで感じる「美」を言葉によって表現することは、必然的にしなければならないことだった。

美とは、宿命である。而も、宿命であると分れば、人力で、幾分美を人為的に保存し増大せしめることが出来る(後略)。
芸術家は名辞以前の世界に呼吸してゐればよいとして、(中略)名辞以前の世界で彼独特の心的作業が営まれつつあるその濃度に比例して、やがて生ずる作品は客観的存在物たるを得る。

「人力で、幾分美を人為的に保存し増大」した結果、「客観的存在物」=作品が作り出される。
「どのようにして」という詩学は示されないが、「名辞以前の世界」で感じる「 ‘ 手 ’といふ名辞を口にする前に感じてゐる手」を言葉によって感じさせることができると、中也は確信している。

「一つのメルヘン」は、まさに、その確信を証明する作品である。


メルヘンの季節は「秋」。時は「夜」。舞台は「はるかの彼方」にある「小石ばかりの河原」。

その河原は、中也の人生に即してみると、故郷山口を流れる古敷(よしき)川をモデルにしているのかもしれない。

古敷川は「水無川」とも呼ばれていた。実際、中也の弟・中原思朗によると、「毎年、7月ごろから翌年4月ごろまで、古敷大橋付近を中心に、前後五百メートルくらい流水をみない。(中略)水のない乾いた河床には、小石や砂礫があらわに見え」たという。

メルヘンの展開する場所がとても写生的でリアルなのは、中也の記憶の中にある鮮明な場所であることに起因しているのかもしれない。

その一方で、夜に陽が射すという現象は、幻想的な雰囲気を生み出す。
その陽は、人間の眼によって知覚される物理的な光ではなく、心によって捉えられる非物質的な光だろう。
そして、心はその光を、波動ではなく、「個体の粉末」のように感じる。色彩は白。「珪石」のようだ。
(ちなみに、「固体」ではなく、「個体」としているのは、意図的なのか、不注意なのか?)

詩の前半を構成する8行の詩句が描き出すのは、水のない川の河原に陽が射している様子でしかない。その世界が軽やかで、混じりけ一つないほど澄んでいると感じられるとしたら、その印象は「さらさら」という擬音語によって生み出されている。
その音は、第1連と第2連で反復される。しかも、ヴァリエーションを付けて。

それに陽は、さらさらと / さらさらと射しているのでありました。
さればこそ、さらさらと / かすかな音を立ててもいるのでした。

リアルでありながら、しかもファンタジーを強く感じさせるこの光景は、清らかで、汚れがない。
小林秀雄なら、「黙って見続けていれば、かつて見た事もなかった様な美しさを、それこそ限りなく明かすでしょう。」と言うに違いない世界。

こうして8行の詩句によって美の世界が構成されると、次の3行詩によって、生命の動きが生み出される。

姿を現すのは、一匹の「蝶」。
漢字を見ればわかるように、植物の「葉」のようでもあり、「虫」でもある。
その小さな命が、小石の上にとまると、影が見える。
「さらさら」の世界に落ちる影は「淡い」。けれども、「くっきり」している。
決して暗くはなく、重々しくもない。

だからこそ、次の場面で、蝶は消え去り、見えなくなる。
一箇所に留まることはなく、ひらひらと軽やかに飛んで行ったのだろう。
メルヘンに出てくる生物はこの蝶だけであり、動きは蝶が小石にとまり、次に見えなくなることだけに限られている。ほとんど何も起こらない中、その動きは決定的な重要性を持つ。

蝶の動きが生命の動きを開始する合図となり、水無川に水が流れ始める。
今生まれようとする清浄な世界を生み出す動き。その動きは、ほとんど気づかれないほどに微かで、穏やかさに満ちている。

生命の動きそのもの、「生の原型」を表現する水の流れは、陽光と同じ擬音語で表現される。

水は / さらさらとさらさらと流れているのでありました……

「はるか彼方」の世界では、陽がさらさらと射し、水がさらさらと流れる。
陽が珪石のように白い「個体の粉末」なら、水もまた白く小さな粉末にちがいない。その世界は淡く、しかも、くっきりとしている。
現実にはありえないこの世界こそが、中原中也にとっての「言辞以前の世界」であり、乳児が言葉を覚える前に生きている世界、言葉の邪魔が入らない美の世界だ。

そして、詩人は、その世界を言葉によって表現する。
詩人の試みは、決して世界の再現ではない。言葉の力によって「物が物それだけで面白いから面白い状態に見られる」ようにすること。
別の言葉で言えば、美を感じられるように働く言葉の構築物。
それが「一つのメルヘン」であり、小林秀雄はこのソネットを、中原の「最も美しい遺品」と呼んだ。


水のなかった川に水がさらさらと流れ始める光景は、中原中也の「生の原型」であり、「宝島」。詩人の中にこれほど静謐で美しい世界が潜んでいた。
彼は、その世界を常に感じていた。それを感じることが、彼の「宿命」だった。

だからこそ、現実の中也は、全く正反対の行動で、人々をうんざりさせ、それ以上に自分自身を疎ましい存在と見なしていたのではないだろうか。
彼の中には「一つのメルヘン」の世界がある。さららさした静謐で澄み切った宝島。そして、彼の行動規範の本質は、その世界に根ざしていた。

現実の生活では、それに反する振る舞いをしてしまうことがある。すると、行動規範が、悪しき中也を責める。責められると、現実の彼は、ますます邪悪な振る舞いをしてしまう。
「全体、おめえは何の花が好きだい?」と問いかけ、どんな答えが戻ってきてもいちゃもんをつけ、喧嘩をし始める。悪循環だ。

もしかすると、そうした性格は、病院を営む中原家の長男として生まれ、小さな時は神童と呼ばれながら、結局は落第を重ね、一家の期待に応えられない自分に対する苛立ちから来ているのかもしれない。
その期待は、家族だけではなく、実は中也自身の奥底に潜み、彼の哀しみをより深くしたのだろう。期待が規範となることで、ますます規範とは反する方向に向かう。

その動きは、「一つのメルヘン」の世界が規範になる時と同じだ。現実生活では、天の邪鬼が常に顔を出してくる。

その一方で、詩の言葉を紡ぐときには、概念化される以前の生の感覚、手を手と呼ぶ以前の感覚を生み出すことができる。

これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いている
(中略)
ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云う(中原中也「帰郷」)

何をしてきたかわからない現実の生活。その「はるかの彼方」にある中原中也の戻る場所、「生の原型」、それが「一つのメルヘン」の世界に他ならない。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中