(宮沢賢治 原体剣舞連 — 詩のリズム 2/3 Ho ! Ho! Ho! 悪路王の出現 から続く)
オノマトペ — 4
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
このオノマトペは、詩の冒頭で響いた八拍のリズムとまったく同じものである。そのため、悪路王の伝説の世界から、再び目の前で展開する剣舞へと読者の意識を引き戻す役割を果たすことになると考えてもいいだろう。
第七連
ここから再び行下げがなくなり、剣舞の踊り手たちへの呼びかけが再開される。
さらにただしく // 刃(やいば)を合(あ)はせ (さらにも強く刃(やいば)を合(あ)はせ)
霹靂(へきれき)の(5) // 青火(あおび)をくだし (この行を縦線で削る)
四方(しはう)の夜(よる)の // 鬼神(きじん)をまねき
樹液(じゆえき)もふるふ // この夜(よ)さ(4)/ひとよ
赤ひたたれを // 地にひるがへし
雹雲(ひやううん)と(5) // 風とをまつれ

この六行では、七拍・七拍の規則正しいリズムが再び基調となる。その整った拍の流れは、踊り手たちが一糸乱れず太刀を合わせて舞う姿を思わせる。「刃を合はせ」という呼びかけそのものが、この規則正しいリズムによって支えられているのである。
七拍ではないのは、「霹靂(へきれき)の」と「雹雲(ひやううん)と」という二つの五拍だけである。この短いリズムの変化が、詩句の勢いに鋭いアクセントを与えている。
踊り手たちは、太刀を合わせることで天空にまで届く力を得る。そして、かつて悪路王の「蜘蛛おどり」として蔑まれたものは、激しい雷鳴とともに落ちる「霹靂」の青い火を浴び、鬼神の舞ともいうべき壮大な舞へと変貌していく。

その生命力は、周囲の木々に満ちる樹液までも震わせるほどである。だからこそ詩人は、赤い直垂(ひたたれ)をひるがえして舞う踊り手たちに向かい、寒冷地の農業にとって最大の脅威である雹(ひょう)をもたらす雲や激しい風さえも、祀り鎮めてほしいと願うのである。
悪路王をめぐる悲劇が極限まで描かれたあと、その反動であるかのように生命のエネルギーが一気に噴き上がってくる。その意味で、この場面は、地下深く封じ込められた死の世界から、新たな生命が立ち上がる瞬間を描いているとも読めるだろう。
ここで七拍・七拍の安定したリズムが再び前面に現れることも、この生命の回復を音楽的に支えているように感じられる。比喩的にいえば、それは冬から春への移り変わりを思わせる場面でもある。
オノマトペ — 5
dah-dah-dah-dahh
「ダーダーダーダー」と四拍で終わるように聞こえるこのオノマトペには、一つ不思議な点がある。最後の dahh だけ、hが一つ多く重ねられているのである。
da(ダ)にdahをつけることで「ダー」と音が伸びるとしたら、その後ろにhを加えることで、「ー」がもう少し伸びるのではないか。すると、4泊目のdahh「ダーー」は、5拍目のdahに向かう途中であることになり、太刀の踊りがまだ続くということを、リズムによって示す。私は、そんな風に読んでみたい。
実際、この余韻を受けるように詩句が続き、太刀の動きが作り出す自然現象がさらに描かれていく。
第八連
夜風(よかぜ)とどろき // ひのきはみだれ
月は射(ゐ)そそぐ // 銀の矢並(6)
打つも(3)/果(は)てるも // 火花のいのち
太刀の軋(きし)りの // 消えぬひま(5)

この四行でも、基本となる七拍・七拍のリズムは保たれている。その上で、自然現象、すなわち風、檜、月の動きを描く前半二行は六拍で締めくくられ、後半の太刀の瞬間的な動きを描く二行は五拍で終わる。
この拍の変化によって、詩句には自然な切れ目が生まれ、場面の移り変わりが音としても感じ取れる。
また、太刀の一振り一振りが「火花のいのち」とされることで、その激しさと儚さが同時に浮かび上がってくる。火花は一瞬で生まれ、一瞬で消える。そのイメージは、剣舞の一つ一つの動きを鮮やかに際立たせている。
そして、詩はいよいよ最終連へと向かう。
その最終連が始まる前に、詩の冒頭に鳴り響いたオノマトペが再び現れ、前のオノマトペ(5)の最後の dahhで余韻を残して途切れた音とリズムがよみがえる。
オノマトペ — 6
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
この基本となるオノマトペは、第六連と第七連の間にも現れた。しかし今回は、四行から成る最終連を前後から囲むように配置されている。
その意味については、最後に改めて考えてみたい。
第九連(最終連)
太刀は稲妻(いなづま) // 萓穂(かやぼ)のさやぎ
獅子の星座(せいざ)に // 散る火の雨の
消えてあとない // 天(あま)のがはら(6)
打つも(3)/果てるも // ひとつのいのち
この最終連でも、前の連と同じように、七拍・七拍のリズムが規則正しく刻まれている。例外となるのは、「天のがはら」の六拍だけである。
こうして安定したリズムが保たれる中で、剣舞はいよいよ最後の場面を迎える。


その舞の中心にあるのは、やはり太刀である。前の連では「太刀の軋り」が描かれていたが、ここでも再び太刀が詩の中心に据えられている。踊り手たちが太刀を振るたびに、地上ではススキやチガヤなどの「萓(かや)」の穂が風に揺れ、かすかな音を立てる。そして、それに呼応するかのように、天空では獅子座のあたりに火の雨が降り注ぐ。

その火が消えたあとに現れる光景を、賢治は「天のがはら」と表現したのではないだろうか。
『銀河鉄道の夜』の天の川は、透き通った青い光をたたえ、その中では無数の星々が砂のように輝いている。この詩でも、「天のがはら」だけが六拍となることで、読者の意識は一瞬そこへ引き寄せられ、宇宙の広がりがひときわ鮮やかに浮かび上がる。

そして最後の一行でも、再び太刀の動きが描かれる。
「打つ」とは太刀を振り下ろすことであり、「果てる」とは、その一連の動きがいったん終わることである。そして、その一振り一振り、その一瞬一瞬が、「ひとつのいのち」と歌われる。
こうして見ると、原体村の剣舞は、単なる郷土芸能ではない。地上に吹く風や揺れる萓の穂、天空に広がる星々までもが一つの舞の中に結び付けられ、その一つ一つの動きが生命そのものとして感じられる世界が描かれているのである。
だからこそ、この詩の最後は、「ひとつのいのち」という言葉で締めくくられる。そこには、生命は人間だけに宿るものではなく、人間と自然、そして宇宙とが響き合うところに現れるという、宮沢賢治の世界観が凝縮されているように思われる。

詩の読解とは直接関係ないのだが、中原中也が長谷川泰子(当時の名前は小林佐規子)に送った1929年6月3日付の手紙の中で、この詩の最後の一行に触れていることを紹介しておきたい。
打つも果てるも火花の命
中也は、この一節を暗誦していたらしい。そのことは、彼の記憶違いからもうかがえる。本来、賢治の詩では、第八連が「火花のいのち」、第九連が「ひとつのいのち」である。ところが中也は、この二つを重ね合わせるようにして、「打つも果てるも火花の命」と記しているのである。
もちろん、単なる記憶違いと見ることもできる。しかし、詩を暗誦していたからこそ、このような混同が生じたとも考えられる。その意味では、この一節は、中原中也が『原体剣舞連』をいかに愛唱していたかを物語る一つの証拠といっていいだろう。
オノマトペ — 7
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
最後に、再び基本となる「ダーダーダー/ダーダースコダーダー」のリズムが響き渡る。この反復は、どのような意味をもつのだろうか。
もちろん、これが正解だと言える解釈はない。しかし私は、冒頭のオノマトペが詩の途中で二度繰り返され、さらに最後にも回帰する構成は、原体村の剣舞が決して途切れることなく、その舞が生み出す生命の流れもまた絶えることなく続いていくことを、音とリズムによって感じさせているのではないか、と読んでみたい。
そのような円環的な構成は、詩の第一行と最終行のリズムにも表れている。
こんや(3)/異装(いさう)の // げん月(げつ)のした
(・・・)
打つも(3)/果てるも // ひとつのいのち

どちらの行も、基本となる七拍・七拍のリズムを保ちながら、冒頭に「こんや」、「打つも」と、三拍の区切りが置かれている。
さらに、詩の冒頭では、踊り手たちは「片刃の太刀をひらめかす」と描かれていた。それが最終行では、「打つも果てるも」となり、舞の中心であった太刀の動きが、再び詩の結びに置かれる。
詩は、終わっても終わらない。原体村の剣舞が代々受け継がれてきたように、「原体剣舞連」という詩もまた、最後のオノマトペに導かれて再び冒頭へと立ち返り、何度でも声に出して読まれ、そのたびに新しい生命を宿していくのである。
このように見てくると、『原体剣舞連』は、言葉の意味だけを読んでも十分には理解できない詩であることがわかってくる。
七拍と五拍の変化、オノマトペの反復、そして太刀の動きに寄り添う音の流れ。その一つ一つが、詩の意味を支えるだけではなく、それ自体が生命の躍動を表現している。
中原中也が、この作品に強く惹かれた理由も、そこにあったのではないだろうか。「原体剣舞連」は、読む詩であると同時に、耳で聴き、身体で感じる詩なのである。
だからこそ、この詩は黙読するだけではもったいない。ぜひ声に出して読んでみてほしい。そうすると、宮沢賢治が言葉ではなくリズムによって描こうとした世界が、少しずつ聞こえてくるはずである。
「原体剣舞連」の音楽性は、何人かの作曲家によって曲を付けられていることからも、伺い知ることができる。
團伊玖磨 混声合唱と打楽器とピアノのための「原体剣舞連」
渡辺浦人 交声曲「原体剣舞連」
木下牧子 混声合唱とピアノ連弾のための「原体剣舞連」
なかにしあかね 「原体剣舞連」