
宮沢賢治の詩――彼自身の言葉に従えば「心象スケッチ」――の魅力の一つは、言葉のリズムにある。実際に声に出して読んでみると、そのことがよくわかる。
よく知られた「けふのうちに/とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ」(「永訣の朝」)という一節では、和歌の「五・七・五・七・七」という五つの音のまとまり(句)の構造を踏まえながらも、あえてその定型を崩し、「六/四/六/五/五」という独自のリズムを刻んでいる。
最初に「けふのうちに(6)」というやや長めの言葉を置き、続いて「とほくへ(4)/いつてしまふ(6)」と運ぶ。そして最後に、「わたくしの(5)/いもうとよ(5)」と着地させることで、心地よい韻律を生み出している。

こうした詩句のリズムにとりわけ敏感だった詩人・中原中也は、『春と修羅』(大正13年〈1924年〉)が出版された当初からの数少ない愛読者だった。そして、中也がとりわけ好んだ作品が、岩手県の郷土芸能である「剣舞(けんばい)」を題材とした「原体剣舞連(はらたいけんばいれん)」である。
この作品には、中也が賢治の詩を高く評価した理由でもある「民謡の精神」が濃密に息づいている。ここで注目したいのは、その「民謡の精神」の根底にある音楽的な側面である。詩句のリズムそのものが中也の耳を心地よく打ち、彼を惚れ惚れとさせたのではないだろうか。
その魅力を体感するために、まずは朗読を聞いてみよう。意味にはあまりこだわらないようにして、言葉の響きとリズムそのものに耳を傾けることで、この詩ならではの躍動感を味わうことができる。
基本となるリズムは、七拍と七拍を一組とし、その上にさまざまなヴァリエーションが加えられていく。
題名:原体剣舞連(はらたい けんばいれん) (mental sketch modified)
「原体」は岩手県に古くからある集落の名。現在の奥州市江刺(おうしゅうし えさし)の一地区にあたる。

「剣舞」は、数人の舞手が独特の装束を身にまとい、太刀を手にして笛や太鼓などの囃子(はやし)に合わせて舞う郷土芸能。地元の岩手県では「けんばい」と呼ばれており、賢治は地方色を生かすため、一般的な「けんぶ」ではなく、あえてこのルビを付したものと考えられる。
「連」は、その舞をともに演じる一団(グループ)を意味する。
また、題名の後ろにカッコ付きで記されている「mental sketch modified」について、前半の「mental sketch」は賢治独特の用語で「心象スケッチ」を意味する。
後半の「modified」は、この作品が現実をそのまま写し取ったものではなく、作者の内面を通して「変容された」ものであることを示している。
(参考:宮沢賢治「心象スケッチ」の意味――Mental Sketch Modifiedと中原中也)
オノマトペ — 1
最初に、太鼓の音を思わせる擬音(オノマトペ)が置かれている。
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
dah は語末に h があるので、「ダ」ではなく、「ダー」と伸ばして発音すると考えていいだろう。
問題は、七つの dah と一つの sko(スコ)から成る八つの音を、どこで区切り、どのようなリズムで読むかという点。賢治は区切り方を指定していないため、読者は自由に読むことができるが、決まった読み方があるわけではない。
私は、このオノマトペを詩全体の基調となる三拍・五拍のリズムとして捉え、「ダーダーダー/ダーダースコダーダー」と区切って読むことにしている。
ここからは、オノマトペを除く全48行の詩を便宜上九つの連に分け、現代の私たちには意味がわかりにくい語句を簡単に説明しながら、この詩ならではのリズムを味わっていこう。
第一連
すでに述べたように、この詩の基本となるリズムは七拍と七拍であり、そこにさまざまなヴァリエーションが加えられている。
以下では、一まとまりごとの切れ目を「//」で示し、その中にさらに区切りがある場合は「/」で示す。また、七拍以外の拍数となる箇所については、「(3)」のように拍数を付して示すことにする。
こんや(3)/異装(いさう)の // げん月(げつ)のした (こよひ)
鶏(とり)の黒尾を // 頭巾(づきん)にかざり
片刃(かたは)の太刀(たち)を // ひらめかす(5)
原体(はらたい)村の // 舞手(おどりこ)たちよ
この便宜上第一連としたまとまりでは、原体村で行われる剣舞の舞手たちの姿が描かれている。冒頭の「こんや」が三拍を刻むことで、オノマトペの「ダーダーダー」というリズムを受け継ぎ、その勢いのまま詩が始まるようにも感じられる。
舞手たちは、頭巾に鶏の黒い尾羽を飾り、片刃の太刀を手にし、詩人の目には異様さを感じさせる装束で現れる。
夜空には、半分が欠けた弦月が昇っている。下弦か上弦かは判然としないが、その淡い月明かりを受けて、太刀の刃がきらりとひらめいていたのかもしれない。
全体が七拍のリズムを基調とするなか、「ひらめかす」だけが五拍と短く置かれている。そのため、舞手たちが振る太刀の鋭く素早い動きが、リズムそのものによって印象づけられているようにも感じられる。
。。。。。
冒頭の「こんや」が「こよひ」となっていることがある。宮沢賢治は一つの作品を何度の書き直し、本が出版された後も、変更(modify)を加えたので、『春と修羅』に関しても、出版後の本に書き込みが見つかっている。いくつかの版では、その書き込みを採用している。「こよひ」はそうした例の一つである。
以下にもそうした例が出てくるので、その都度、変更された詩句は()に入れて示すことにする。
第二連
次に、踊り手たちが「わが朋(とも)たち」と呼びかけられる。
鴇(とき)いろの(5) // はるの樹液(じゆえき)を (若やかに波だつむねを)
アルペン農の // 辛酸(しんさん)に投げ
生(せい)(2)/しののめの(5) // 草いろの火を (ふくよかにかがやく頬を)
高原(こうげん)の(5)/風と(3) // ひかりに(4)/さゝげ
菩提樹皮(まだかは)と(5) // 縄(なわ)とをまとふ
気圏(きけん)の戦士 // わが朋(とも)たちよ

ここでは五拍のリズムがたびたび現れ、オノマトペの「ダーダースコダーダー」という太鼓の響きが、踊り手たちの背後で拍子を刻んでいるように感じられる。

「鴇いろ」は、トキの羽に由来する、わずかに黄みを帯びた淡い桃色である。
「アルペン農」は賢治の造語で、岩手の厳しい自然の中で生きる農民を、アルプスの山岳農民になぞらえた表現だと考えられる。
「生しののめ」は、生命力に満ちた夜明けを意味する。「しののめ」は夜明け前の東の空を指し、そこへ「生」の字を冠することで、新しい生命の息吹が感じられる表現となっている。
「菩提樹皮(まだかは)」の「まだ」は、東北地方でシナノキや菩提樹の仲間を指す呼び名である。その丈夫な樹皮は、縄や籠、衣服などの材料として古くから利用されてきた。「なめとこ山の熊」でも、小十郎は「菩提樹(マダ)の皮でこさえたけら(蓑)」を身に着けている。
また、「気圏」とは地球を取り巻く大気の層を指す。地質学を学んだ賢治は、地層だけでなく大気圏をも心象スケッチの舞台として捉え、壮大な空間の中に人間の営みを描こうとした。
こうした表現を重ねることで、踊り手たちは、春の樹液を農民たちの苦しい生活(辛酸)に注ぎ、夜明けを思わせる草色の火を高く掲げる存在として描かれる。菩提樹皮と縄をまとった彼らは、厳しい自然の中で生きる人々を励ます「気圏の戦士」であり、その姿に向かって賢治は、親しみを込めて「わが朋たちよ」と呼びかけるのである。
ちなみに、( )内の言葉は、踊り手たちの姿を直接描くというより、その生命力に満ちた若々しさや身体の躍動感を補うものであり、詩の出版後に賢治が加えた推敲が、踊り手たちをより生き生きと描く方向へ向かっていたことを示している。
。。。

ちなみに、中原中也は、「宮沢賢治の詩」(『レツェンゾ』 1935(昭和10)年6月号)の中で、「要するに彼(宮沢賢治)の精神は、感性の新鮮に泣いたのですし、いよいよ泣かうとしたのです。つまり彼自身の成句を以つてすれば、『聖しののめ』に泣いたのです。」と書いている。
ここで、彼は「生」を「聖」と書き誤っている。しかし、この誤記は、詩句を目で写したのではなく、記憶の中で暗誦しながら書いたために生じた可能性をうかがわせる。それだけ、この詩が中也の中に深く刻み込まれていたこと、そして彼が「原体剣舞連」を愛誦していたことを示唆しているのではないだろうか。
第三連
賢治は、踊り手たちに向かって、新たな光で気圏を照らすように呼びかける。前半は七拍のリズムで淡々と進むが、後半になると再び五拍が現れ、気圏の戦士たちへの呼びかけが次第に勢いを増していく印象が生み出される。
青らみわたる // 顥気(かうき)をふかみ
楢(なら)と(3)/椈(ぶな)との // うれひをあつめ
蛇紋山地(じゃもんさんち)に // 篝(かがり)をかかげ
ひのきの髪を//うちゆすり(5)
まるめろの(5)//匂(におい)のそらに
あたらしい(5)//星雲を燃せ(8)
「ふかみ」「あつめ」「かかげ」「うちゆすり」は、いずれも気圏の戦士たちに向けられた命令形であり、その呼びかけは最後の「燃せ」という力強い言葉によって締めくくられる。
「顥気(かうき)」は、白く輝く清浄な大気を意味する。ここでは、「かうきをふかみ」という七拍のリズムによって、青く澄み渡る宇宙的な大気を、激しく踊る戦士たちが胸の奥深くまで吸い込んでいくように促している。

「蛇紋山地」は、蛇紋岩から成る山地を指す地質学の用語である。賢治は、蛇紋岩が広く分布する北上山地を念頭に置き、このように表現したものと思われる。ここでも七拍のゆったりとしたリズムが、山地の雄大な広がりを感じさせる。
「ひのきの髪」は、踊り手たちの髪飾りと、山々に立つ檜の梢とを重ね合わせた表現である。風に揺れる檜と、舞によって揺れる髪飾りとが一体となり、自然と人間とが響き合う情景が描き出されている。続く五拍の「うちゆすり」が、この髪飾りの揺れをいっそう軽快なものにしている。
そして最後に、賢治は視覚だけでなく嗅覚にも訴えかける。「まるめろ」の香りを大空に漂わせ、その空に浮かぶ星雲までも燃え立たせるようにと、踊り手たちに呼びかける。
この「星雲を燃せ」という壮大な呼びかけによって、踊り手たちの舞は村の祭礼の場を超え、賢治が気圏と呼ぶ宇宙そのものを変革する営みへと高められていくと考えてもいいだろう。
前半が七拍の安定したリズムで進むのに対し、後半では「うちゆすり」「まるめろの」「あたらしい」という五拍が繰り返し現れる。このリズムの変化によって、賢治の呼びかけは次第に熱を帯び、その高揚感が読者にも伝わってくるように感じられる。
そして、その五拍のリズムは、続くオノマトペによってさらに力強く確認される。
オノマトペ — 2
dah-dah-sko-dah-dah
「ダーダースコダーダー」というこの五拍のリズムが、七拍をベースとする詩句のなかで絶大な効果を上げていることが、ここで実際のオノマトペの響きによって証明されたと言ってもよいだろう。
私が最初のオノマトペを、「ダーダーダー / ダーダースコダーダー」と三拍・五拍で区切ったのも、この五拍の駆動力を意識してのことだった。
第四連
続く部分では、これまで「舞手(おどりこ)たち」「気圏(きけん)の戦士」「わが朋(とも)たち」と呼ばれてきた存在が、「師父(しふ)たち」と呼びかけられる。それは、今目の前で踊っている人々の中に、過去から脈々と受け継がれてきた祖先たちの姿を見ていることを示している。
そして、その祖先たちの生活がいかに「辛酸」に満ちたものであったかが、言葉の意味だけではなく、激しい拍数の変化によっても表現されている。
肌膚(きふ)を(3)/腐植(ふしょく)と(4) // 土に(3)/けづらせ(4)
筋骨は(5) / つめたい(4)// 炭酸に(5)/粗(あら)び(3)
月月(つきづき)に(5)/日光と(4) // 風とを(4)/焦慮(しょうりょ)し(4)
敬虔(けいけん)に(5) // 年を累(かさ)ねた(7)/師父(しふ)たちよ(5)

祖先を思わせる師父たちは、もはや気圏を駆け巡る戦士ではなく、大地と格闘しながら生きてきた人々として描かれている。
「腐植(ふしょく)」とは、地質学や農学で用いられる用語で、植物の葉や根などが微生物によって分解され、黒い土状になった有機物をいう。東北地方の過酷な農作業の中で、彼らの肌は砂礫を含んだ土に削られ、骨まで冷たい大地にさらされるような厳しい労働を重ねてきたのだろう。
しかも、冷害や日照り、風害に心を痛め、毎月毎年の天候を気にかけながら生きてきた。
こうした過酷な現実を語る三行では、三拍から五拍までの拍が激しく入れ替わる。「けづらせ」「粗び」「焦慮し」という言葉もまた、その不規則なリズムとともに、身体を痛めつけるような厳しさをひしひしと伝えてくる。
しかし、そのような苦難の中にあっても、師父たちは敬虔な心を失うことなく、誠実に生き続けてきた。その事実を力強く語るように、最後の一行では、五拍と五拍の間に七拍の「年を累ねた」が置かれている。前の三行の細かな拍の揺れとは対照的に、この七拍が重厚な安定感を生み出し、祖先たちの歩んできた長い歳月の重みを感じさせる。
そして、この骨太の詩句を通して、過酷な大地を生き抜いた師父たちの生命の記憶が、今まさに剣の舞を舞う若者たちの身体によみがえる。若者たちは祖先そのものではない。しかし、個々の人間は入れ替わっても、生命そのものは連続している。その生命は世代を超えて受け継がれ、それぞれの時代の姿へと「変容(modified)」しながら生き続けているのである。
そう考えると、彼らは一つの巨大な生命体が時代ごとに姿を変えて現れた存在であり、賢治のいう Mental Sketch Modified を体現したものと捉えることもできるだろう。
第五連
若者たちの姿の中に「師父たち」の生命を見いだした後、賢治は、この詩の冒頭の「こんや」を再び響かせ、意識を現在へと引き戻して踊り手たちに呼びかける。
こんや(3)銀河と // 森とのまつり (こよい)
准(じゅん)平原の // 天末線(てんまつせん)に
さらにも強く // 鼓(つづみ)を鳴らし
うす月の雲を(8)//どよませ(4)
この四行の呼びかけは、七拍を基調とした落ち着いたリズムで進み、規則正しく打ち鳴らされる鼓の響きを思わせる。そして最後に四拍の「どよませ」が置かれることで、そのリズムは一気に緊張を高め、薄月の光に白く浮かぶ雲までも揺り動かしてほしいという祈りが力強く響き渡る。

その鼓の音は、銀河だけでなく地上の森にも鳴り響く。さらに、「准平原の天末線」という表現によって、読者の視線は大地から天空へと導かれ、祭りの空間は宇宙へと広がっていく。
「准平原」は、地質学の用語で、長い年月の風化や浸食によって、なだらかな起伏をもつ地形となった丘陵地帯を指す。一方、「天末線」は、「地平線」を下敷きにしながらも、視線をさらに気圏へと導き、天空のエネルギーが大地と接する境界をイメージさせる賢治の造語である。この二つの言葉が結び付けられることで、祭りの鼓の響きは大地と天空を突き抜け、宇宙の彼方へまで届いていく。
このように、「こんや異装のげん月のした」から始まった詩は、「こんや銀河と森とのまつり」へと展開し、最後には「うす月の雲をどよませ」という祈りへと至る。そして、ここで、賢治の祈願はひとまず一区切りを迎える。
そして、そのことを明確に示すのが、次に続くオノマトペである。
(2/3に続く)