ジェラール・ド・ネルヴァル 「10月の夜」ユーモアと皮肉 Gérard de Nerval « Les Nuits d’Octobre » humour et ironie 2/5

1852年10月23日に『イリュストラシオン誌』に掲載された、「10月の夜」の第2回。

当時場末だったモンマルトルから、さらにディープな場末であるパンタンへと二人は向かう。
そこにある酒場では、秘密結社の集会が行われていて、ネルヴァルはその様子を細かく語っていく。

21世紀の読者にとっては、知らないことばかりで、わからない!と思うこともたくさんあるだろう。
しかし、19世紀半ばの読者でも、モンマルトルやパンタンは普通では足を踏み入れない地区であり、へえーと思うことがたくさんあったに違いない。
私たちも、知らないことは知らないこととして、ネルヴァルの後について、怪しげな夜の町に忍び込んでみよう。

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バルザック 知られざる傑作 Honoré de Balzac, Le Chef-d’œuvre inconnu 芸術論 2/5

バルザックは、ポルビュスの「エジプトの聖女マリア」という作品について、フレノフェールが批評を加える場面を設定する。
しかし、その場面は、二人の登場人物の自然な会話というよりも、フレノフェールの口を通して、バルザック自身が芸術論を語っているような印象を与える。
こうした語り口は、小説の中に再現される現実の世界の本当らしさを壊す結果になる可能性がある。しかし、バルザックの世界ではよくそうしたことが起こる。
彼は、本当らしさの破綻を恐れることなく、自分の持つ世界観を読者に伝えようとしたのだろう。

登場人物に関して言えば、最初に登場した若者のニコラ・プッサンは、17世紀最大の画家。
ポルビュスは、ベルギー生まれで、マリー・ド・メディシスによってフランスの宮廷に招かれた画家。二人は実在の人物。
それに対して、フレノフェールはバルザックが作り出した虚構の人物。
また、ポルビュスが描いている絵画「エジプトの聖女マリア」は実在が確認されていず、虚構の作品である可能性が高い。

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バルザック 知られざる傑作 Honoré de Balzac, Le Chef-d’œuvre inconnu 芸術論 1/5 

オノレ・ド・バルザック(1799−1850)はフランスを代表する小説家。
彼は「戸籍簿と競争する」という意図の下、19世紀前半のフランス社会を描き出そうとした。
言い換えると、現実社会を小説によって「再現」し、社会の全体像を把握しようとしたといえる。

そのために、詳細な描写が行われると同時に、語り手がいたるところに顔を出し、全てを解説しようとする。語り手が饒舌なところが、バルザック小説の特色の一つになっている。

『知られざる傑作(Le Chef d’œuvre inconnu)』は、17世紀を代表する画家ニコラ・プッサンの若い時代の話。彼がポルビュス(Porbus)のアトリエを最初に訪問する所から始まり、老画家フレノフェール(Frenhofer)から絵画論(=芸術論)を学ぶ場面を中心に、物語が展開する。

Pablo Picasso, Guernica

ちなみに、ピカソはこの小説を愛読し、フレノフェールのアトリエがあったとされるパリのグラン・ゾーギュスタン通りに自分のアトリエを持ち、「ゲルニカ」を制作した。

最初に、『知られざる傑作』の冒頭(incipit)を読み、バルザックの語り口に耳を傾けてみよう。

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フロベール 「ボヴァリー夫人」 シャルルの死 3/3 Flaubert, Madame Bovary, la mort de Charles 3 / 3

ロドルフと会った翌日、シャルルは庭のブドウ棚に行き、ベンチに座る。
その時の様子を、フロベールは淡々と描写する。花が香り、虫が飛び回り、空は青い。穏やかな一日。
そんな中、シャルルはある想いに捉えられる。

Le lendemain, Charles alla s’asseoir sur le banc, dans la tonnelle. Des jours passaient par le treillis ; les feuilles de vigne dessinaient leurs ombres sur le sable, le jasmin embaumait, le ciel était bleu, des cantharides bourdonnaient autour des lis en fleur, et Charles suffoquait comme un adolescent sous les vagues effluves amoureuses qui gonflaient son cœur chagrin.

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フロベール 「ボヴァリー夫人」 シャルルの死 2/3 Flaubert, Madame Bovary, la mort de Charles 2 / 3

シャルルの心はどうしてもエンマから離れることができずにいる。医者としての仕事も手に付かず、生活費もままならなくなる。最後には、診療に向かう時の馬車を曳く馬まで売るところまできてしまう。

Un jour qu’il était allé au marché d’Argueil pour y vendre son cheval, — dernière ressource, — il rencontra Rodolphe.

ある日、彼はアルギュイユの市場に行き、馬を売ることにした。ーー それが最後の収入源だった。ーー 彼はロドルフに出会った。

ロドルフは、エンマの不倫相手。シャルルは、彼の手紙をエンマの手紙入れの中で見つけ、妻の裏切りを確信したのだった。
そのロドルフに会ったのだ。
フロベールはここで、« Il rencontra Rodolphe.»とだけ書く。これほど単純な文もなく、その単純さが出会いのインパクトの大きさを印象付ける効果を発揮する

シャルルはどんな態度を取るのだろう。

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ジェラール・ド・ネルヴァル 「10月の夜」ユーモアと皮肉 Gérard de Nerval « Les Nuits d’Octobre » humour et ironie 1/5

Nadar, Gérard de Nerval

ジェラール・ド・ネルヴァルは、しばしば、狂気と幻想の作家と言われてきた。
しかし、彼の声に耳を傾けて実際に作品を読んでみると、その場その場で話題になっていることを、面白可笑しく、時に皮肉を込めて、友だちと話すのが大好きな人間の姿が見えてくる。
ちょっと内気で、あまり大きな声ではない。やっと4,5人の友だちに聞こえるくらい。でも、調子づくと、脱線しながら、面白い話が次々に出てくる。

1852年に『イリュストラシオン』という絵入り雑誌に5回に渡って掲載された「10月の夜」は、そうしたネルヴァルの語り口をはっきりと感じさせてくれる。

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フロベール 「ボヴァリー夫人」 シャルルの死 1/3 Flaubert, Madame Bovary, la mort de Charles 1 / 3

『ボヴァリー夫人』の中で、シャルルは可哀想な役割を担わされている。
彼はどこまでも妻のエンマを愛し、彼女をいたわる夫として行動する。
それに対して、エンマはロマン主義的な空想に似つかわしくない夫シャルルを退屈だと見なし、レオンやロドルフとの不倫に走る。挙げ句の果てに、毒を飲み、死を選ぶ始末。

そんなエンマの視線を通して小説を読む読者も、シャルルを退屈で、ダサイ夫と思い込む。多くの批評家も、シャルルは平凡な町医者で、歩道のように平板な会話しかできないと言う。

しかし、『ボヴァリー夫人』の冒頭はシャルルの子供時代のエピソードから始まる。
https://bohemegalante.com/2019/06/29/flaubert-madame-bovary-incipit-1/
結末でも、シャルルの死の直前に行動に焦点が当てられている。
エンマの死で小説は終わらない。

そこでふと思う。
エンマの目を通したシャルルは平凡でさえない夫だが、本当にそんな男なのだろうか、と。

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ベルト・モリゾ 穏やかな画筆を持つ印象派の画家 

Berthe Morisot, Jour d’été

印象派の画家たちの中でも、ベルト・モリゾ(1841−1895)の描く絵画は、穏やかで、優しい。
すすり泣きを取り去ったヴェルレーヌの詩の世界という印象がする。

「夏の日」(1879)を前にして、私たちは暑苦しさをまったく感じない。それどころか、夏の日差しでさえも、柔らかく、心地良い。

Edouard Manet, Berthe Morisot au bouquet de violettes

1841年に生まれ、1895年になくなったベルト・モリゾが画家として社会で受け入れられる道は、それほどたやすいものではなかっただろう。意志の強さは人一倍だっただろう。
しかし、彼女の表情に頑なさはなく、世界を見つめる澄み切った目が印象に残る。
エドワード・マネは彼女を数多く描いている。その中の一枚「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」。
彼女の絵画の世界は、この肖像画のように、落ち着きがあり、穏やかな美に満ちている。

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